支団長さんとレッカさんの試練
昼に砦へ行くと、隻眼の騎士にウッドバウムを呼びに行ってほしいと頼まれた。これまでウッドバウムには朝と夜の二回ごはんを出していたけど、今日から本人の希望で昼の一回だけになったみたいだ。
最初の頃よりは回復して、一日二度も食事を取る必要がなくなってきたのだろう。
ウッドバウムを探して、とことこと一人で外を歩いていた時だった。ふと視線を感じて振り返ると、砦の建物の陰に支団長さんの姿を発見する。
「あ、しだんちょうさん!」
こっそりとこちらを覗いているだけで、どうして声をかけてこないんだろう。
しかも支団長さんは私に見つかると、さっと踵を返して逃げていく。
「しだんちょうさん?」
逃げるものを見ると追いかけたくなるので、私もすぐに走り出す。しかし支団長さんはレッカさんと同じく足が速い。
子ギツネ相手にそんなに本気で走らなくても!
「しだんちょうさーん! まって――!?」
支団長さんだけを見て走っていたら、昨日ウッドバウムが持ち上げた木の根っこに足を取られて無様に転んでしまった。
顎から地面に着地し、思い切り打つ。痛い……。
「しだんちょうさん、しだんちょうさーん……」
ぐずぐず涙声で呼ぶ。もう追いかけるの無理だから支団長さんの方から来て。
転んだ形のまま動かない私を心配して、支団長さんはまんまと戻ってきてくれた。
「ミル、大丈夫か?」
私を抱き起こそうとして手を伸ばしたが、ハッとしてすぐに引っ込める。
私が自力で立ち上がって側に寄ろうとしても、支団長さんは避けようとした。
「ミル……駄目なんだ。分かってくれ」
支団長さんはぎゅっと眉間にしわを寄せて、絞り出すように言った。その声はかすかに震えている。
「触れないんだ」
「さわれない、って……」
どうしてなの? と悲しくなったところで、私はやっと気づいた。
「もしかして、昨日のえんしゅーのやつ?」
負けたチームは五日間私にお触り禁止という、自分で決めたルールに縛られているの?
支団長さんは深刻な顔で頷く。
「そうだ。言い出した俺が破る事はできない。……くっ」
辛そうに手で顔を覆う。もう私の事を見ている事もできない! って感じだ。
しかし真剣な支団長さんとは反対に私は安堵していた。大した事じゃなくてよかった。
「なんだ、びっくりした」
五日くらいすぐに過ぎるし、そしたらまた撫でてもらう事もできるもんね。
だけど支団長さんからすると五日というのは恐ろしく長いようで、一日目の今日からすでに限界を迎えているらしい。
「じゃあ、わたしが近くにいないほうがいいね。がんばってね、しだんちょうさん。バイバイ!」
ウッドバウムのところへ急ごうと駆け出すと、後ろから「あああ、ミル……」という悲しげな声が聞こえてきたのだった。
大丈夫かな?
その後、私はウッドバウムを誘って食堂へと向かった。食堂ではすでに隻眼の騎士が私たちのごはんを用意してくれていた。そういえばウッドバウムと一緒にごはんを食べるのは初めてだな。
「やったー! きょうはミートボールだ!」
嬉しくて、床に置かれたお皿の周りをぐるぐる回る。
しかしそこでウッドバウム用であろう隣の大きなお皿を見て、固まった。
そのお皿の上には、大きめに切られたキャベツの塊と、細めの人参が丸ごと二本乗っているだけだったのだ。
あまりに可哀想過ぎる食事メニューに戸惑って、私は隻眼の騎士を見上げた。
「え? これ、あの、ウッドバームの……ごはん、これ」
逆にウッドバウムにはミートボール、私には生のキャベツと人参を出されたら泣く自信があったので、何かの間違いだよね? とウッドバウムにも美味しいミートボールを出してもらおうとする。
しかし私が「あの、あの」と狼狽しているうちに、ウッドバウムは生のキャベツを口に入れていた。
「僕、キャベツ好きだな。ここに来てから初めて食べたけど」
「えっ」
びっくりして思わず目を丸くしてしまったけど、そうか、ウッドバウムは草食なんだった。つい自分基準で考えてしまった。
「にんじんも好きなの?」
「うん、甘くて美味しいよね」
信じられない気持ちでウッドバウムを見る。人参が好きだなんて。次からごはんに人参が出た時はウッドバウムに食べてもらおう。
バリバリシャクシャク音を立てながら食べるウッドバウムを観察していたら、物欲しそうに見えたのか、こう言われてしまった。
「ミルフィリアもキャベツと人参食べたいの? 僕はもういいから、残り全部食べていいよ」
残りっていったって、ウッドバウムはまだ一口しか食べていないのに。そんな貧乏家族のお母さんみたいな慈悲深い顔をして。
「いいよ、わたしにはミートボールがあるから」
「そんな少しじゃお腹いっぱいにならないだろう? 育ち盛りなんだから」
「だいじょうぶだよ。わたし生のキャベツのかたまりとにんじんは好きじゃないし」
「子どもが何を気を遣っているんだ。遠慮しないでいいんだよ」
「えんりょちがう」
そこまで言ってやっと本当にいらないのだと理解してくれたらしく、「じゃあ、もったいないから僕が食べちゃうね」と食事を再開したので、私も胸を撫で下ろして自分のミートボールを頬張る。
食べ終えた後は隻眼の騎士の膝に乗り、口の周りを舐めながら美味しさの余韻に浸った。満足だ。
早食いの私に対してウッドバウムはよく噛んでゆっくり食べ進めていたので、少し遅れてお皿を空にした。
と、そこで食堂がにわかに騒がしくなった。午前中に訓練でしごかれた騎士たちが、水やごはんを求めて入って来たのだ。
キックスとティーナさん、レッカさんの姿も見える。
「何を食べようかな」
涼しい顔をしてカウンターに向かうレッカさんに、キックスが顔をしかめて言った。
「よく食えるな。俺、今何か食べたら吐きそう」
「いや、よく動いたからお腹が空いて」
「すげーな……あ! ミルじゃん」
キックスが笑顔でこちらにやって来たので、私は隻眼の騎士の硬い太ももに手足を回して張りついた。今キックスに抱き上げられたら終わりだ。昼の休憩が終わるまで延々と撫で回され、毛をぐちゃぐちゃにされるに決まっている。
案の定、キックスは私の素早い行動にチッと舌打ちをした。隻眼の騎士にくっついているとキックスは手を出せないのだ。
コップに水を汲んできたキックスが隻眼の騎士とお喋りをしている間、私はそっとレッカさんの方を見た。隣にはティーナさんもいて、キックスと同じく何も食べないようだけど、レッカさんに付き合ってカウンターに並んでいる。
二人は私と目が合うと、にこっと笑う。レッカさんの肩に乗っていた妖精もこちらに気づいて、ふよよと飛んできた。
「きのうはどうだった?」
私の問いに、妖精はしょんぼりと肩――のような部分――を落とした。
「駄目だったみたいだね」
横からウッドバウムが言う。
実はレッカさんの恐怖症克服のため、昨日の夜から妖精には明るさを抑えるよう頼んでおいたのだ。
眠る時の明るさをまずは半分くらいにして、それが平気になったらまたさらに明るさを落とし、いずれは真っ暗でも平気になるよう慣れさせていく作戦だった。
四人で話して決めた事だから、レッカさんもそれは承知していてやる気を見せていた。
けれど、駄目だったみたい。
まぁ、まだ一日目だから当たり前だし、気楽にいこう。と思っていたのだが――
ごはんを食べた後、レッカさんは私とウッドバウム、ティーナさんを食堂の外へ連れ出し、床に膝をついた。
「昨夜、駄目でした。申し訳ありません。きっと大丈夫だと思ったのに」
「そんな、あやまらないで。一日じゃむりだよ」
「そうだよ、もっとのんびり行こう」
私とウッドバウムが励ますが、レッカさんは首を横に振る。
「せっかく精霊様にも妖精様にもティーナにも協力してもらっているのに、結果が出せないなんて情けないです。自分でも早く治したいと思っているのに……」
レッカさんは早く平気にならなきゃ、と自分を追い詰めてしまっているのかもしれない。真面目な性格だから、一度治すのだと決意したら全力を注いでしまうのだろう。
「レッカさん、焦らないでください」
慰めるように、ティーナさんがレッカさんの肩に手を置いた。レッカさんはもう少しゆとりを持つ事ができるかな。




