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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第三部・あたらしいなかま

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砦の演習(1)

 レッカさんはどうやら暗所恐怖症らしい、という事が分かってから数日。

 私があの夜に作り出した妖精はまだ消えずに、昼間でもレッカさんの隣でふよふよと浮いていたので、毎晩新たに妖精を作り出す必要はなかった。


「ミル様、ありがとうございます。妖精様がついていてくださると、とても心強いんです」

「わたしの力がやくに立ったなら、うれしい」


 今まで作り出した妖精たちは、使命を与えていなかったからか自由過ぎたもんな。

 砦のみんなはどうしてレッカさんに妖精がくっついているのか不思議に思っていたみたいだが、「なついちゃったから」という私の適当な説明で「へー」と納得してくれた。

 みんなのそういう、あまり細かいところは気にしない性格、好きだよ。


 だけど本当に懐いている感じもある。あの夜、綺麗だって言われたのが嬉しかったみたい。

 しかしこれでレッカさんは堂々と妖精と一緒にいる事ができ、夜は疲れているのに筋トレをやり過ぎる事もなく、ぐっすり眠れるようになったらしかった。

 それに夜の警備の時も一定時間ごとにスクワットをしなくても落ち着いて仕事に打ち込めると言っていた。

 北の砦に来る前もずっとそんな事をしていたのだとしたら、筋力もつくよね。

 レッカさんの剣の打ち込みの強さは、もちろん普段の訓練の成果であるんだろうけど、暗所恐怖症を和らげるためにしていた筋トレによる影響も多少はあるんだろう。


 妖精の光は全てを明るく照らすほど強いわけではないので、レッカさんにはこの調子で薄明かりに慣れてもらいつつ、いずれは妖精なしでも平気になったらいいな、と私は考えていた。


 そして今日、レッカさんもしっかり睡眠を取って体調万全の中、砦で模擬演習が行われる事になった。

 どうやら砦を守るチームと攻めるチームに分かれて戦うみたい。


「せきがんのきし! おはよう」

「もう昼近いが、おはよう、ミル」 


 昨日聞いていた演習開始時刻に住処から移動してきて、隻眼の騎士に抱き上げられたところで周りを見回した。

 騎士たちはみんな砦の正面で整列していたのだが、全員いつにもまして凶悪な顔をしていた。

 機嫌が悪いわけではなく、むしろ逆で、模擬演習にわくわくしているせいで好戦的な表情になっているみたい。みんな知り合いだけど、どこの山賊かな? と考えてしまうくらいには恐ろしい顔だ。


 とりあえず獣じみた表情の騎士たちから視線を外し、普段通り楽しげなキックスと、ちょっと緊張気味のティーナさんや妖精を肩に乗せているレッカさん、そして涼しい顔をしている支団長さん辺りを順番に見て、ここは山賊のアジトではなく北の砦だと再確認する。


 私が来た時には、支団長さんはみんなの前に立って、今回の演習のルールを説明している最中だった。過去に同じような演習を何度かやっているみたいだけど、前回からは間が空いているし、北の砦に来たばかりのレッカさんもいるから、おさらいだろう。


 一緒に説明を聞いていると、隻眼の騎士のチームは砦に攻めてきた敵の役で、それを支団長さんのチームが防衛するという設定らしいと分かった。


 実は北の砦には、砦を守る頑丈な塀はなく、敵の侵入を防ぐ堀もないのだ。そしてそれはどうも、雪の多いこの地域の気候を考えての事みたいだった。

 高い塀を作ると影ができ、そこだけ雪がいつまで経っても融けないし、融けたとしても水が外に流れ出しにくくなる。

 そうすれば敷地内は水浸しになり、また、それが凍りつけば歩くのさえ危険になる。私は四つ足で安定しているし頭の位置も低いからいいけど、人間は転んだだけで死んじゃう事もあるから。

 そして堀がないのは、雪が多く積もると境目が分かりにくくなって落ちる危険性があるせいみたい。


 今まで敵軍が攻めてきたとかそういう歴史はほとんどなく、国境に面しているにしては比較的安全な地だとされている事もあって、ここで仕事をする騎士たちの冬の安全を優先したのではないだろうか。

 結果、北の砦は私が簡単に侵入できるような鉄柵に囲まれているだけだけど、その分砦の中は入り組んでいて迷いやすく、通路や廊下も狭くて戦いにくくなっている。


 しかしそれはこちらの騎士たちにとっても戦いにくいという事になるので、時々こうやって砦に攻め込まれた時の事を想定して、模擬演習をするらしい。

 支団長さんはみんなに聞こえるように声を張り上げて言った。


「今回は勝ち負けの判定を変えた。我々防衛側は最上階の俺の執務室にミルを隠すが、攻撃側はその部屋の扉を開ける事ができれば勝ちだ。そして防衛側はミルを奪われずに守りきれれば勝ちとなる」


 戦利品がないよりは、たとえそれが子ギツネでもあった方が士気が上がるようで、みんなは「うぉぉ!」と声を上げて盛り上がっている。騎士服を着ているのに、山賊がお宝を前にして興奮しているようにしか見えないな。


 ちなみに私は昨日、すでにこの事は聞いていたので立派に戦利品の役目を果たす所存である。

 私にとって危険な事は何もなくて、ただ部屋の中でゆっくりしていればいいだけなのだ。

 攻撃チームがやってきたとしても、支団長さんが説明したように扉を開けた時点で勝ちになるから、私のいる空間で戦いが繰り広げられる事もない。

 支団長さんはさらに騎士たちの真剣さを引き出そうと言った。


「そして負けたチームは、五日間ミルとの接触は禁止だ」


 言いながら、自分の言葉にぞっとしている。


「ええー!」


 騎士たちからも一斉にブーイングが起こる。全然知らない人が見たら、ふざけた演習をしていると思うかもしれない。だけどみんなの顔は真剣だ。

 支団長さんは氷の仮面をつけて、冷たく目を細める。


「何の文句がある。接触禁止が嫌なら勝てばいい。それだけだ」

「うぉーッ! 絶対勝つッ!」


 あちこちで雄叫びが上がる。レッカさんも空気にのまれたのか、片手を掲げてみんなと一緒に叫んでいた。いいのか悪いのか、段々と北の砦の雰囲気に染まってきたな。


「演習開始は十五分後だ。それまで、それぞれの司令官に従って準備をしろ」


 支団長さんがそう言うと、みんなは鼻息荒く移動を開始した。

 一方、支団長さんはつかつかとこちらに歩いてくると、隻眼の騎士に両手を差し出す。


「ミルを」


 短く言って、隻眼の騎士を見た。

 隻眼の騎士もほんの一秒支団長さんを見返してから、私を手渡す。そうして頭を撫でると、


「後でな。必ず奪いに行く」


 と言い残して砦の外へと出て行ったのだった。

 隻眼の騎士のチームは柵の外から攻撃を開始するようだ。


「せきがんのきし、かっこいいね」


 上を見上げて支団長さんに同意を求める。


「俺にそれを訊くのか?」


 支団長さんは困った顔をしてから続けた。


「悔しいが、そうだな。だが今日は俺がグレイルを阻止する」


 そう宣言して、支団長さんは私を抱っこしたまま砦の建物の中へ入っていく。


「そういえばウッドバウムは? 外にいたらあぶないよ」

「大丈夫だ。すでに執務室に移動してもらっている」

「ならよかった」


 そして支団長さんの言う通り、広い執務室に入るとウッドバウムは絨毯の上に座っていた。


「やあ、ミル。今日は演習だってね。誰も大きな怪我をしないといいけど」

「うん、ほんと」


 支団長さんは私を窓際の机の上に置くと、ウッドバウムにもその場から動かないように指示をする。


「この部屋は安全だが、扉の近くには行かないように。勢いよく開けられるかもしれないからな」

「わかった。気をつけてね」

「ああ」


 支団長さんは淡く笑って、私のおでこにキスをした。

 そうして、「俺は扉の前にいるから」と言って廊下へ出て行く。

 その後姿を見ながら、支団長さんがキスしたところ、昨日コワモテ軍団のグレゴリオにも熱いキスをされたんだけどな、と私は考えたのだった。

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