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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第三部・あたらしいなかま

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真夜中の部屋(1)

 夜も更けてくると、みんなはそれぞれのタイミングで談話室から引き上げて行った。


「それで、ミルはどうするんだ?」

「わたし? わたしは今日はティーナさんとレッカさんのへやに泊まるの」

「ティーナたちの部屋に? そうか……」


 私がそう説明すると、隻眼の騎士は残念そうな顔をしながら「おやすみ」と言い残して、とぼとぼ去って行く。

 今度、隻眼の騎士の部屋にも泊まってあげなくちゃ。

 一方、支団長さんはティーナさんに無言でじっと圧力をかけていた。

 ティーナさんは必死で言い訳をする。


「ち、違うんです! 泊まってもらうのには理由があって! 決して抜け駆けするつもりじゃ……」


 目を細くして何か言いたげな支団長さんをやんわりと談話室から追い出すと、ティーナさんは冷や汗を拭って胸を撫で下ろした。大変だなぁ。


「ミル様たちを部屋に泊めるの、禁止されているのか?」


 支団長さんの様子をどう捉えたのか、レッカさんがティーナさんに尋ねた。レッカさんはまだ氷の仮面をつけた支団長さんしか見た事はないようで、もう一つの顔に気づいていないみたい。


「いいえ、そういうわけではないんです」

「そうか、ならいいが」


 クガルグは迎えに来たヒルグパパに回収されてすでに住処に戻ったので、私はウッドバウムと一緒にレッカさんとティーナさんの部屋へ向かう。

 ウッドバウムは遠慮していたけど、せっかくだからとティーナさんが誘ったのだ。

 ティーナさんはすでにレッカさんにも私たちが泊まる事を伝えて許可を取っていたようで――いびきをかいていないか、寝言がうるさくないかの検証のために、とは説明しなかっただろうけど――レッカさんも快く私やウッドバウムを部屋に案内してくれた。


 そして部屋に着くと、レッカさんは鍵を開けてまず私とウッドバウムを中に入れてくれる。

 手狭な部屋には隻眼の騎士の部屋にあるような文机はなく、ベッドも二段ベッドだった。

 レッカさんとティーナさんはもうお風呂に入っていたのだが、談話室にいる時は普通のシャツとズボンを身に着けていたので、今やっと寝間着に着替える。

 騎士のみんなは着替えが早いので、レッカさんとティーナさんも一瞬で着替え終えていた。一応男性であるウッドバウムは、床に敷いてもらった毛布の感触を蹄で確かめていて全く女性陣の着替えに気づいていない。


「毛布って柔らかいね」


 満足そうに毛布の上に腰を下ろし、ウッドバウムが言う。


「気に入っていただけてよかったです」

「それじゃあ、さっそくですけど、時間も時間ですし寝ましょうか」

「そうだな。ミル様やウッドバウム様に夜更かしをさせてはよくない。十分睡眠を取ってもらわないと」

「はい。ウッドバウムさん、レッカさん、おやすみなさい」


 ティーナさんは私を抱えて、ベッドの梯子を登った。しかしそこで目に映った光景に、私は思わず悲鳴を上げそうになる。

 ティーナさんのベッドには、枕元にたくさんのぬいぐるみが置いてあったのだ。


 普通のぬいぐるみなら「可愛い!」とはしゃぐところだけど、犬なのか猫なのか、それとも虫なのか、宇宙人か半魚人か……ぱっと見ただけでは、ぬいぐるみたちの正体は分からない。ただ奇妙なものとして私の脳はぬいぐるみを処理をしていく。

 奇抜な色使いからも正体を推測する事はできないし、形だって信用できない。三角の耳と尖った鼻があったとしてもキツネだと判断できないところが、ティーナさん製ぬいぐるみの難しいところだから。

 私が戦々恐々としてぬいぐるみを見ていると、ティーナさんは嬉しそうに言った。


「どれか気に入ったものがあった? どれでも持って行ってね」

「え」


 ここで「いらない」と断れるほど気は強くないので、私はデザインがなるべく目に優しいぬいぐるみを選んで口に咥えた。

 大きさは私の頭くらいで、潰れたおまんじゅうみたいな形をしている。

 これはスライムをモデルにしたのかな?


「小鳥のぬいぐるみね! 気に入ってもらえて嬉しいわ!」


 小鳥だったか。

 私はティーナさんの枕の隣にそのぬいぐるみを置くと、そこに顎を乗せて眠る体勢を取った。高さもちょうどよく、顎置きとしては優秀だ。

 だけどレッカさんが一人部屋を望んでいる理由が、このちょっと不気味なぬいぐるみたちである可能性も私の中で浮上してきている。


「レッカさん、私はいつでも灯りを消してもらっても大丈夫です」

「ああ……じゃあ、消すぞ」


 部屋に戻った時に灯した燭台のろうそくの火をレッカさんが消し、サイドテーブルに置いたようだった。梯子を登る時に危なくないように、いつもティーナさんが上がってからレッカさんが消してあげているみたい。

 灯りが消えると、当たり前だが部屋は真っ暗になった。今夜は月が出てないのか、長方形の窓からは淡い月明かりさえ入ってこない。


「おやすみ、ミルちゃん」


 ティーナさんの言葉に、くんと鼻を鳴らして答える。おやすみなさい。





 部屋が暗くなった後、私は普通にぐっすりと眠ってしまった。せめてティーナさんが眠るのを待って、しばらく様子を見てあげないとと思っていたのに。

 真夜中にふと目を覚まし、自分を反省する。


 一方、ティーナさんも深い眠りについているようで、私が伸びをしても起きる様子はなかった。それに今のところいびきなんてかいていないし、歯ぎしりも、寝言も言っていない。

 私は枕元に立ったまま、仰向きで寝ているティーナさんの顔を覗き込んだ。間近でじいっと観察するが、すごく静かな寝息が聞こえてくるだけだ。


(あれ?)


 と、そこで部屋の異変に気づく。何故か明るいのだ。

 壁にもゆらゆらと揺れる蝋燭の灯りが映っている。

 そして耳を澄ましてみれば、レッカさんの呼吸音と、床板が軋む音がほんの僅かに聞こえてきた。

 一体夜中に何をしているんだろうかと、私はベッドの柵から顔を覗かせて真下を見る。


(ええ!?)


 するとそこでは、なんとレッカさんが床の上で腕立て伏せをしていた。

 頭の方には蝋燭を三本立てている。一本は燭台に刺しており、あとの二本は床に蝋を垂らしてその上に置いているようだ。

 腕立て伏せとはいえ、あまりにひっそりとやっているのでウッドバウムも起きていない。

 だけど何もこんな夜中にやらなくてもいいのに、と思いつつ、小声で声をかける。


「レッカさん。……レッカさん」


 私の声に、レッカさんは体を起こしてこちらを仰ぎ見た。


「ミル様……。申し訳ありません。起こしてしまいましたか?」

「ううん、おひるねしたせいだと思う」


 レッカさんが立ち上がったのでベッドの柵から顔を引っ込めようとしたが、柵は私の頭蓋骨にジャストフィットしていたため、すんなりとは抜けてくれない。突っ込んだ時はわりと簡単に入ったんだけどな。

 足を踏ん張って、後ろにぐいぐいと引っ張る。いたたた……。


「ミ、ミル様」


 レッカさんがおろおろと手を彷徨わせる。

 ほっぺのお肉を柵にぎゅむっと押されながら、なんとか顔を抜く事ができた。


「大丈夫ですか?」


 レッカさんは手を伸ばして私を抱くと、蝋燭の前に移動して、私の頬毛が抜けていないか確認する。


「あつい……」

「あ、そうか、火が苦手なんですね。すみません」


 私を膝に乗せてあぐらをかいたまま、くるりと体を反転させ、レッカさんは私と蝋燭の間の壁になってくれた。


「どうしてこんな時間にうでたてふせなんてやってるの?」

「……なかなか眠れなかったので」


 眠れなかったので体を鍛えていたの? すごいな。本当に女版鉄人ではないか。

 でもそんな事をしていたら、明日に疲れが残っちゃうよ。休むときは休まなくちゃ。


「ねむれなくても、ベッドで体を休めたほうがいいよ」


 横になっているだけでいいのだ。筋トレなんてしてても目が冴える一方だと思う。


「レッカさんは、きしだから、体だいじでしょ?」


 明日非番だっていうのならともかく、普通に朝早くから仕事のはずだし。

 レッカさんの脚の上から下り、鼻でつんつんと体を押すと、大人しくベッドへ移動してくれた。


「はい、仰る通りです……」


 と言いながら。

 私はレッカさんが毛布を被ったのを確認してから、蝋燭の火を順番に吹き消していく。キツネの口だとなかなか難しいけど、なんとか三つとも消したらまた部屋は真っ暗になった。

 自分じゃ梯子を上がれないので、レッカさんのベッドにお邪魔しようかウッドバウムの隣で寝ようかと迷っていると、もう腕立て伏せはしていないというのに、レッカさんの呼吸の音がやけに大きく聞こえてきた。

 息を吸って吐くペースは早く、緊張しているみたいに震えている。


「レッカさん? どうしたの?」

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