第六十九話:三方よし (A Win-Win-Win Situation)
【免責事項】
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件などは、風刺を目的として創作されたものであり、実在のものとは一切関係ありません。
----------
【残り8時間】
PEOCは、静かだった。
俺が、ロシア海軍の艦長ミハイル・ヴォルコフに、
「ミサイルの着弾点を、海の上に、ズラさないか?」
という、前代未聞の、提案を、投げかけてから、
数分が、経過していた。
ホットラインの向こうの、沈黙。
それは、ヴォルコフ艦長の、魂の、葛藤の、重さだった。
『……なぜ』
やがて、スピーカーから、かろうじて、絞り出すような、声が、聞こえた。
『……なぜ、そこまでする?
我々は、敵同士だろう?』
俺は、答えた。
日本の、どの会社の、応接室にも、
飾られていそうな、あの、言葉で。
「……ヴォルコフ君。
ビジネスの、基本はな、
『三方よし』だ」
『……さんぽう、よし……?』
「ああ。
『売り手よし、買い手よし、世間よし』。
自分だけが、儲けるのでもない。
相手だけが、儲けるのでもない。
そして、その取引が、
社会全体の、利益に、繋がる。
それこそが、本当の、良い商いだ」
俺は、続けた。
「君は、上司の命令を、守れる。
我々は、ヨーロッパの平和を、守れる。
そして、君の娘さんは、未来を、手に入れる。
……どうだろうか?
これ以上の、『三方よし』は、ないと、思うがな」
電話の向こうで、ヴォルコフが、息を飲む音が、聞こえた。
彼の、軍人としての、硬い、殻が、
ミシリ、と、音を立てて、
ひび割れていくのが、分かった。
『……だが』彼は、言った。
『……もし、私が、君の提案を、飲んだとして。
イワノフ大統領は、必ず、気づくだろう。
そして、その時、私の娘の、命は……』
「ああ、その件だが」
俺は、言った。
「その心配は、もう、ない」
『……何?』
「君と、話している間に、
少し、『根回し』をしておいた」
俺は、背後に控える、執事のジェームズに、目配せをした。
ジェームズは、静かに、頷くと、
PEOCの、メインスクリーンに、
一つの、ライブ映像を、映し出した。
それは、モスクワ郊外にある、
一軒の、病院の、一室だった。
ベッドには、小さな、女の子が、眠っている。
アンナ・ヴォルコフ。
艦長の、娘だ。
そして、その、ベッドの脇に、
立っていたのは、信じがたい、人物だった。
黒いスーツに、身を包んだ、
アメリカの、海兵隊員たちだ。
『……なっ!?』
ヴォルコフが、絶句した。
「ジェームズ君の、チームがな」俺は、説明した。
「ロシア国内の、協力者の、手引きで、
昨夜のうちに、その病院を、『訪問』させてもらった。
君の娘さんは、今、我々の、保護の下にいる。
最高の、医療チームと、
そして、最強の、護衛と、共にな」
『……貴様!』
「勘違いするな」俺は、言った。
「これは、脅しではない。
『福利厚生』だ」
『……ふく、り……?』
「そうだ。
君が、もし、我々の、提案を受け入れ、
この、困難なプロジェクトを、
成功に、導いてくれたなら。
それは、君が、我が社の、
パートナーになる、ということに、他ならない」
「ならば、我が社は、
パートナーの、家族の、幸せも、
全力で、サポートする。
当たり前の、ことだろう?
最高の、医療保険と、
最高の、警備保障を、
提供するのはな」
それは、究極の、選択だった。
イワノフの、恐怖支配に、従うか。
それとも、アメリカの、手厚い、福利厚生を、選ぶか。
『…………』
長い、長い、沈黙。
そして、ついに。
『……了解、した』
スピーカーから、聞こえてきたのは、
もはや、軍人の声ではなかった。
ただの、一人の、父親の、声だった。
『……着弾点の、修正座標を、送ってくれ』
その瞬間、PEOCは、
静かな、しかし、爆発的な、歓声に、包まれた。
俺は、椅子に、深く、もたれかかった。
疲れた。
俺の、人生で、最も、困難な、
クレーム対応が、終わった。
だが、俺は、知っていた。
本当の、最後の、仕事が、
まだ、残っていることを。
俺は、レオに、命じた。
「レオ君。
イワノフに、繋げ。
最後の、『最終報告』を、
クライアントに、してやらなければ、ならんだろう」
ありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマーク・評価などいただけますと幸いです。
最新話は本日の20時10分更新予定です。




