第六話:黒猫(クロネコ)とラストワンマイル
【免責事項】
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件などは、風刺を目的として創作されたものであり、実在のものとは一切関係ありません。
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「オペレーション・デイリーブレッド」の発令から24時間。ホワイトハウスのシチュエーション・ルームは、米軍の総力を結集した巨大な作戦司令室と化していた。
「……以上が、第一波の投下計画です」ミリー議長が、スクリーンに映し出されたガザ地区の詳細な地図を指して説明していた。「C-17輸送機20機が、グアムのアンダーセン空軍基地を離陸。地中海上空で空中給油を受け、48時間後に目標エリアに到達。GPS誘導の投下システム『JPADS』を使用し、高精度での物資投下を実行します」
俺は、その計画を聞きながら、満足げに頷いていた。我ながら、良い作戦じゃないか。これぞ、世界最強の軍隊による人道支援だ。
だが、ミリー議長は、厳しい顔で続けた。
「……しかし、閣下。解決すべき、重大なリスクが一つあります」
「リスク?」
「はい。いくらJPADSの精度が高いとはいえ、ここは密集した市街地です。天候の急変や、予測不能な上昇気流が発生した場合、数トンの重量を持つ支援物資パレットが、目標地点から外れて落下する可能性があります。その落下地点に、もし市民がいれば……」
ミリーは、言葉を区切った。だが、その意味は痛いほど分かった。
良かれと思って投下した「パンの塊」が、下で待ち受ける人々を踏み潰す(クラッシュ・ダウン)というリスク。俺の作戦は、無辜の市民を殺す可能性を、ゼロにできないでいた。
血の気が引くのが分かった。
まただ。また、俺のせいで、誰かが死ぬかもしれない。
「何とかしろ!」俺は、思わず叫んだ。「絶対に、一人もだ! この作戦で、一人も死なせてはならん!」
「ですが閣下、物理的に不可能です」と、作戦担当の将軍が答える。「リスクをゼロにするには、一軒一軒、ドアの前に物資を置くしか…」
一軒一軒、ドアの前に。
その言葉が、俺の頭の中で稲妻のように閃いた。
そうだ。日本では、当たり前じゃないか。どんな荷物も、安全に、確実に、時間通りに、玄関先まで届ける。あの、世界に誇るシステムがあるじゃないか。
俺は、アシュリー補佐官に向き直った。
「アシュリー、日本の『クロネコヤマト』を知っているか?」
「くろねこ……? 黒い猫、でありますか?」
「そうだ。彼らは、荷物を絶対に壊さない。時間通りに届ける。顧客満足度(CS)の塊だ。彼らのロゴを思い出せ。母猫が、子猫を優しく運ぶ姿だ。我々がやるべきは、あの精神だ!」
俺は、再びミリー議長に向き合った。
「ミリー議長、計画を根本から変更する」
「はっ?」
「大型輸送機による、無差別な一括投下は中止だ。そんな乱暴なやり方は、クロネコの精神に反する」
「では、どうやって物資を…?」
「ドローンだ」
「……ドローン?」
「そうだ。殺傷用のプレデターではない。もっと小さいやつだ。アマゾンが使っているような、配達用のドローンだ。それらを、数千機、いや、数万機用意しろ!」
俺の脳内には、日本の宅配業者が、いかにして複雑な物流網をコントロールしているかの知識が渦巻いていた。
「いいか、これは物流の問題だ! サプライチェーン・マネジメントだ! 我々が攻略すべきは、『ラストワンマイル』だ! 一つの巨大な爆弾を落とすのではなく、数万の小さな『親切』を、一軒一軒に届けるんだ!」
俺の「宅配の論理」は、しかし、ミリー議長の軍人としての頭脳で、全く異なる形に変換されていた。
彼の目は、数日前、俺が「運動会」を提案した時と同じ、畏怖と興奮の色に輝き始めていた。
「……なるほど」ミリーは、唸った。「数万機の、小型ドローン……」
彼は、隣にいたサイバー軍の司令官に、小声で尋ねた。
「……司令官。もし、敵性空域に、数万機の小型ドローンが同時に侵入したら、敵の防空レーダーはどうなる?」
「……完全に飽和します」司令官は、即答した。「どれが偵察機で、どれが攻撃機で、どれが無害なドローンなのか、識別は不可能です。レーダー網は、事実上、無力化されるでしょう」
ミリーは、俺を仰ぎ見た。
「閣下……。あなたは、人道支援の衣を被せて、敵の防空システムを完全に無力化する、前代未聞の『ドローン・スウォーム(群れ)作戦』を、ご提案なさっているのですか……? しかも、一発の銃弾も撃たずに……? そして、その過程で収集される飛行ルートや電波妨害のデータは、今後の作戦に、計り知れない価値を……」
違う。違うんだミリー。俺はただ、クロネコヤマトのように、荷物を安全に届けたいだけなんだ。
だが、もはや誰も俺の真意を理解しようとはしなかった。
俺の、ごく当たり前の安全配慮は、米軍の最新ドクトリンである「非対称戦」と「サイバー戦」を融合させた、神がかった作戦として解釈されてしまった。
アシュリーが、震える声で報告する。
「閣下、ただちに、国内の全ドローンメーカーと、アマゾン、グーグル、ウォルマートの物流部門に、国家安全保障法に基づく緊急協力要請を発令します。コードネームは……」
彼女は、俺の顔を窺った。
「……『オペレーション・ブラックキャット』で、よろしいでしょうか?」
俺は、力なく頷いた。
もう、何でもよかった。
こうして、一人のサラリーマンの安全第一主義は、世界最先端の軍事作戦へと変貌を遂げ、数万匹の「黒猫」が、中東の空を舞う準備を始めたのだった。




