第五十九話:稟議と定時退社 (The Approval Document and Leaving on Time)
【免責事項】
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件などは、風刺を目的として創作されたものであり、実在のものとは一切関係ありません。
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「ドランプ大改革」と名付けられた、アメリカ政府の、日本企業化計画は、驚くべき速度で、実行に移された。
ホワイトハウスのウエストウィングは、巨大な日本のオフィスへと、その姿を変えた。
各部署の扉は、常に解放され、風通しの良い職場環境が、推奨された。オーバル・オフィスの一角には、なぜか、巨大な円卓が置かれ、「フリーアドレス・ワーキングスペース」と名付けられた。
そして、何よりも、ホワイトハウスの仕事の、進め方が、根本から、変わった。
【国務省、アジア政策担当課】
「……よし、できたぞ」
一人の、若手官僚が、安堵のため息をついた。
彼の前には、一枚の、電子書類がある。
【稟議書No.2025-A74】
【件名:南シナ海における、偵察飛行の、定例ルートの、一部変更に関する件】
彼は、その稟議書を、承認ルートの、最初の人物である、課長補佐のメールボックスに、送信した。
ここから、彼の稟議書の、長い旅が、始まる。
課長補佐 → 課長 → 部長 → 局長 → 国務次官 → 国務長官。
そして、それが、国防総省に回り、
担当官 → 課長 → …… → 統合参謀本部議長。
さらに、CIA、NSA、財務省……。
全ての「ハンコ」(電子サイン)が揃い、最終的に、大統領の元へ届くのは、おそらく、3ヶ月後だ。
偵察飛行ルートの変更という、ほんの些細な意思決定が、今や、壮大な、官僚主義の旅を、必要とするようになったのだ。
【PEOC(大統領危機管理センター)】
「……だから、なぜ、この稟議書が、俺のところに回ってくるんだ!」
ミリー議長は、机を叩いて、怒鳴っていた。
彼の目の前には、農務省から回ってきた、「来年度の、トウモロコシの、推奨作付面積に関する、考察」という稟議書が、置かれていた。
「知るか、そんなこと! 俺は、軍人だぞ!」
だが、稟議書の承認ルートには、確かに、「安全保障上の観点からの、食料自給率に関する、助言を求める」と、書かれていた。
彼は、舌打ちをすると、忌々しげに、「承認」のボタンを、クリックした。
【経営企画室】
「司書」の女性は、彼女のオフィスで、静かに、紅茶を飲んでいた。
彼女の目の前のモニターには、ホワイトハウス内を、蜘蛛の巣のように飛び交う、無数の稟議書の、流れが、可視化されていた。
誰が、どこで、承認を、滞らせているのか。
どの部署と、どの部署が、対立しているのか。
彼女は、もはや、何もしない。ただ、この、完璧な、官僚主義システムが、巨大な組織の、全ての情報を、吸い上げ、彼女の元へ、届けてくれるのを、待っているだけだ。
彼女は、今や、この国家という、巨大な機械の、真の、管理者だった。
【オーバル・オフィス】
そして、俺は。
「……ふむ」
俺は、ジェームズが淹れてくれたコーヒーを片手に、アシュリーが持ってきた、数枚の稟議書に、目を通していた。
【件名:ホワイトハウスの、来客用ティーカップの、新規購入に関する件】
【件名:閣僚専用トイレの、ウォシュレットの、最新機種への、交換に関する件】
全ての、関係部署の、サインが、揃っている。完璧だ。
俺は、満足げに頷くと、デスクに置かれた、大統領専用の、巨大な、承認スタンプを、手に取った。
それは、ジェームズが、俺の「ハンコ」へのこだわりを汲んで、特別に作らせたものだ。
俺は、それを、力強く、書類に、叩きつけた。
ドン!
「よし、承認だ」
「ありがとうございます、閣下」
それが、その日の、俺の、全ての、仕事だった。
俺は、壁の時計を見た。
午後5時。定時だ。
「よし。じゃあ、俺は、これで、お先に失礼する」
俺は、上着を羽織ると、立ち上がった。
「何か、緊急の用件があれば、稟議書を、回しておいてくれ。明日、朝一で、ハンコを押すから」
「……はい、閣下。お疲れ様でした」
アシュリーは、完璧な、日本のOLのような、お辞儀で、俺を、見送った。
俺は、鼻歌交じりで、執務室を、後にした。
最高だ。
これこそが、俺が、夢見た、理想の、サラリーマンライフだ。
責任は、ない。仕事は、ない。定時で、帰れる。
そして、給料は、世界最高額。
完璧な、日々。
俺は、この幸せが、永遠に続くものだと、信じていた。
その頃。
ロシア、クレムリン。
大統領執務室では、ヴィクトル・イワノフ大統領が、諜報機関からの、緊急報告を、読んでいた。
「……ホワイトハウスは、現在、意思決定システムが、完全に、麻痺状態。偵察飛行ルートの変更にすら、3ヶ月を要する、と……」
彼は、不気味に、微笑んだ。
「……面白い。実に、面白い。狂王の、次なる一手は、『沈黙』か。ならば、こちらから、少し、盤上を、動かしてやろうではないか」
彼は、部下に、短く、命じた。
「……ウクライナ国境に、部隊を、集結させろ。24時間以内にな」
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最新話は本日の11時10分更新予定です。




