第五十話:面談の時間 (The Meeting)
【免責事項】
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件などは、風刺を目的として創作されたものであり、実在のものとは一切関係ありません。
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「コンビニ襲撃事件」の混乱は、数十分で、なんとか収拾された。
俺は、日米両国のシークレットサービスと警察官に、まるで神輿のように担がれ、大統領専用車の後部座席に、押し込まれた。手には、飲みかけのストロング系チューハイの缶を、固く握りしめたまま。
車列は、再び、皇居へ向けて、静かに走り出した。
車内の空気は、凍りついていた。
「……閣下」ハリソン首席補佐官が、絞り出すような声で言った。「どうか、もう二度と、あのような行動は……」
「分かっている」俺は、彼を遮った。「少し、喉が渇いていただけだ。日本の『おもてなし』の心を、思い出したくてな」
隣に座るミリー議長が、何かを分析するように、深く頷いている。
(……なるほど。あれは、敵の意表を突くための、陽動。あえて予測不能な行動を取ることで、敵の監視網を混乱させ、こちらの本当の狙いを悟らせないための……)
もう、彼の勘違いに、ツッコむ気力もなかった。
『……大統領、聞こえるか』
車内のスピーカーから、レオの、忌々しげな声が響いた。彼は、PEOCから、この作戦を、技術的に支援している。
『あんたが、コンビニで、酒をかっくらってる間に、敵のサーバーの、最終防衛ラインを特定した。やはり、罠だ。皇居の地下壕は、巨大な電磁パルス(EMP)兵器の、ケージになっている』
「……EMP?」
『そこに入った瞬間、全ての電子機器は、死ぬ。俺たちとの通信も、シークレットサービスの装備も、全てな。あんたは、完全に、丸腰で、敵の巣に、入ることになる。今からでも、遅くない。作戦を、中止しろ』
レオの、冷静な、しかし、切実な警告。
だが、俺の心は、不思議と、落ち着いていた。
ストロング系チューハイのアルコールが、全身に回り、恐怖を、麻痺させているのかもしれない。
いや、違う。
これは、あれだ。
絶対に負けられない、コンペの、最終プレゼンの日だ。
緊張で、吐き気しかもよおさなかった、あの日の朝。会社の近くの神社で、手を合わせ、そして、缶コーヒーを一気飲みして、覚悟を決めた、あの瞬間に、似ている。
俺は、静かに、言った。
「……作戦は、続行だ」
『正気か!?』
「ああ。クライアントが、待っている。営業マンが、約束の時間に、遅れるわけには、いかないだろう」
俺は、後部座席に同乗している、チームのメンバーを見渡した。
ミリー議長、ハリソン首席補佐官、アシュリー補佐官、そして、俺のすぐ後ろに控える、執事のジェームズ。
「……最終確認だ」俺は、プロジェクトリーダーの顔で、言った。「今回の、面談における、各人の役割を、再確認する」
俺は、指を折った。
「ハリソン君。君は、書記だ。議事録を、一言一句、正確に取ること」
「ミリー君。君は、ボディーガードだ。俺の横に立ち、威圧感を与えることに、専念しろ。ただし、先方が、お茶を出してくれるまでは、絶対に、手を出すな」
「アシュリー君。君は、重要な、アシスタント役だ。俺の合図で、手土産(羊羹)を、スムーズに、相手に渡すこと。タイミングが、重要だぞ」
「そして、ジェームズ君……」
「はい、閣下」
「……君は、まあ、いつも通り、頼む」
それが、俺の、チームに対する、最後の、指示だった。
やがて、車列は、皇居の、ある、通用門の前で、静かに、停止した。
そこには、人っ子一人いない。ただ、古びた鉄の門が、不気味に、少しだけ、開いているだけだった。
「……ここからは」俺は、言った。「俺が、一人で行く」
「閣下、無茶です!」マクギーが、叫ぶ。
「ビジネスの、トップ会談というものは、最後は、一対一で、話すものなんだよ」
俺は、そう言うと、アシュリーが持っていた、桐の箱(羊羹)を受け取った。そして、ドアを開けた。
東京の、夜の冷気が、肌を刺す。
俺は、車を降りると、一人、その、闇に包まれた、門の中へと、歩き始めた。
振り返ると、車のヘッドライトに照らされて、ハリソンたちが、信じられないものを見るような目で、俺の背中を見つめていた。
俺は、彼らに向かって、片手を、挙げた。
そして、日本のサラリーマンが、夜、同僚と別れる時に、いつも言う、あの言葉を、呟いた。
「じゃあ。……お疲れ」
闇が、俺の姿を、飲み込んだ。
その手には、アメリカの国益でも、核のボタンでもない。
ただ、一箱の、羊羹だけを、握りしめて。
かくして、人類の運命を賭けた、世界で最も奇妙な「商談」の、火蓋が、切って落とされた。
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最新話は本日の20時10分更新予定です。




