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(第一部完結!)転生したら合衆国大統領だった件について 〜平社員の常識で、世界を動かしてみた〜  作者: 御手洗弾正


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第五話:あんパンと正義の味方

【免責事項】

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件などは、風刺を目的として創作されたものであり、実在のものとは一切関係ありません。


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イラン問題を「ケバブで解決する」という俺の画期的な提案は、意外なことに、その斬新さからか、あるいは単に俺が怖かったのか、ひとまず国務省の検討課題となった。ひとまず、だ。つまり、事実上の「ペンディング」である。


どうやら俺は、この世界最強の国家のトップとして、なんとかやっていけそうだ、とすら思い始めていた。重要なのは、決断しないこと。責任を取らないこと。会議を紛糾させ、煙に巻くことだ。日本の会社で嫌というほど見てきた、あの「何もしない」ことで出世していく部長たちのように。


だが、俺が日本の平和ボケした頭でホワイトハウスの主として過ごすことを、世界は許してくれなかった。


「……以上が、ガザ地区における現状です」


シチュエーション・ルームの空気は、数日前のイラン問題の時とは比べ物にならないほど重かった。ミリー議長の顔には疲労が滲み、アシュリー補佐官は唇を固く結んでいる。スクリーンに映し出されているのは、瓦礫と化した市街地、泣き叫ぶ子供たち、そして憎悪に満ちた目で銃を構える兵士たちの姿。中東の火薬庫は、再び爆発寸前だった。


イスラエルとパレスチナ。ハマスとイスラエル国防軍。報復の連鎖。何千人もの民間人の死。

日本のニュースで、まるで遠い国の歴史の一場面のように見ていた光景が、今、俺の「決断」を必要とする現実として目の前に突きつけられていた。


「国務省は、同盟国イスラエルへの全面的な支持を再確認し、ハマスをテロ組織として改めて強く非難する声明を出すべきだと進言しています」と、国務長官。

「国防総省は、ペルシャ湾に展開する第5艦隊の一部を東地中海へ移動させ、イスラエルへの軍事支援を強化するオプションを準備しています」と、ミリー議長。

「CIAの分析では、これ以上の軍事行動は、中東全域のアラブ諸国を刺激し、より大規模な紛争に発展するリスクが70%以上あるとのことです」と、CIA長官。


支持か、圧力か。介入か、静観か。

全員が俺を見ている。アメリカ大統領として、この血塗られた歴史の天秤に、新たな重りを乗せることを期待している。


だが、俺の頭の中は、佐藤拓也の感情で満たされていた。

怖い。ただ、怖い。

スクリーンの中の、砂埃にまみれた少女の顔が、東京に住む姪の顔と重なって見えた。やめてくれ。どうして、こんなことが起きるんだ。どうして、殺し合うんだ。


俺は日本人だ。良くも悪くも、戦後70年以上、平和を享受してきた国の人間だ。俺たちの国では、政治家が他国への武力行使を示唆するだけで、国中が大騒ぎになる。憲法9条がどうとか、専守防衛がどうとか。俺自身はノンポリだが、それでも「戦争はダメだ、絶対」という空気だけは、呼吸するように吸い込んで生きてきた。


俺の口から、「軍事支援の強化」だの「テロ組織への非難」だのという言葉が出てくるはずがなかった。


どうする。どうすれば、この最悪の状況を止められる?

責任回避じゃない。先延ばしでもない。今、俺の心の中にあるのは、純粋な恐怖と、そして、目の前の悲劇に対する生理的な嫌悪感だけだ。


俺は、日本の会社で経験した、最も悲惨な状況を思い出していた。二つの部署が、プロジェクトの失敗を互いのせいになすりつけ、罵り合い、フロアの真ん中で掴み合いの喧嘩を始めた、あの地獄のような光景。あの時、新人の俺はどうした? 怖くて、何もできなかった。だが、あの時、颯爽と現れて場を収めたのは、定年間近の、あの温厚な総務部長だった。彼は、一体何をした……?


そうだ。彼は、怒鳴り合う両者の前に、大量の缶コーヒーとあんパンを並べたんだ。

「まあ、腹が減っては戦はできん、だろ? とりあえず、これでも食って、少し休め」って。


俺は、顔を上げた。

「……ミリー議長」

「はっ、閣下」

「貴官に頼みたいことがある」

「何なりと」

「米軍が保有する、全ての輸送機をリストアップしろ。C-5でもC-17でも、使えるものは全てだ」


ミリーの顔に、緊張が走った。「……それは、大規模な空挺部隊の展開をご検討、ということでしょうか」


「違う」俺は、首を横に振った。「兵士は一人も送らん。武器も、弾薬も、一発たりとも送らん」

俺は、スクリーンの中の、瓦礫の山を指さした。


「俺が送りたいのは、パンだ」

「……は?」

「パン。水。医薬品。テント。毛布。ミルク。それから、子供のためのおもちゃだ。レゴがいい。あれは想像力を育むからな」


シチュエーション・ルームが、昨日以上の沈黙に包まれた。全員が、俺が正気を失ったと思っただろう。


「閣下……」ハリソン首席補佐官が、恐る恐る口を開いた。「それは…人道支援、ということでしょうか。しかし、それは国連やNGOの役割であり……」


「規模が違う!」俺は、思わず立ち上がって叫んでいた。それは、ドランプの声というより、佐藤拓也の魂の叫びだった。「国連がやるような、ちまちました支援じゃない! 世界が度肝を抜くような、圧倒的な物量だ! ガザの空が、支援物資のパラシュートで埋め尽くされるくらいにな!」


俺は、ミリー議長に向き直った。

「ミリー議長。これは、大統領命令だ。いいか、これは戦争じゃない。『史上最大の災害救助オペレーション』だと思え。君たちは、その道のプロのはずだ。日本の自衛隊が、震災の時に炊き出しや風呂を提供して、国民から感謝されていたぞ。米軍にだって、できるはずだ!」


「しかし、イスラエルとハマスが……」


「両方に、同じ量を送るんだよ!」

俺は、叫んだ。

「イスラエルの、ロケット弾で怯えている市民にも。ガザの、空爆で家を失った市民にも。平等にだ。そして、こう伝えるんだ。『アメリカは、もうお前たちの喧嘩の仲裁はしない。どちらの味方もしない。だが、人間として、お前たちが飢えるのも、凍えるのも、見過ごすことはできない』と。喧嘩がしたければ、腹一杯になって、暖かい毛布にくるまってから、思う存分やればいい!」


それは、外交でも、軍事でもない。

あまりに単純で、幼稚で、理想論だけの、解決策とは呼べない提案だった。

だが、それは、血と憎悪の連鎖に疲れ果てた世界で、誰も口にできなかった言葉だったのかもしれない。


ミリー議長は、何か言いたそうに口を開き、そして、閉じた。彼は長い間、厳しい顔で俺を凝視していたが、やがて、その口元にかすかな、本当にごくかすかな笑みが浮かんだように見えた。


「……前代未聞、ですな」

彼は、深く、長い息をついた。

「ですが……『クレイジー』すぎて、あるいは、うまくいくかもしれません」


俺は、自分が何をしでかしたのか、よく分かっていなかった。

ただ、スクリーンの中の少女が、少しだけ笑ったような気がした。

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