第四十七話:顛末書と次のクライアント (The After-Action Report)
【免責事項】
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件などは、風刺を目的として創作されたものであり、実在のものとは一切関係ありません。
-----------
PEOCのメインスクリーンが、ブラックアウトしてから、10分が経過した。
その10分間は、人類の歴史上、最も長く、そして、静かな10分間だったかもしれない。
最初にその沈黙を破ったのは、レオの、乾いた笑い声だった。
「……はっ。ははは……。マジかよ……」
彼は、椅子にもたれかかり、天井を仰いだ。「……勝った、のか? 俺たち……。あの、『ライブラリアン』に……?」
「……衛星からの攻撃パターン、完全に停止しています」サイバー軍の司令官が、震える声で報告した。「世界中の通信網、正常値を回復!」
その報告が、合図だった。
PEOCは、数秒の沈黙の後、地鳴りのような、爆発的な歓声に包まれた。
誰もが、抱き合い、叫び、涙を流していた。ハリソン首席補佐官は、その場にへたり込み、ミリー議長は、軍帽を目深にかぶり、肩を震わせている。
奇跡だ。
誰もが、そう思った。
そして、その奇跡の中心にいる人物に、全員の視線が、ゆっくりと、注がれた。
俺は、演台の横で、ぐったりと床に座り込んでいた。
疲れた。
会社の忘年会で、部長の無茶振りで、三時間ぶっ通しでカラオケを歌わされた時くらい、疲れた。
「……閣下」
ミリー議長が、俺の前に進み出た。その百戦錬磨の顔は、畏怖と、尊敬と、そして、神でも見るかのような、純粋な探究心に満ちていた。
「……お見事でした。いや、お見事という言葉すら、陳腐に聞こえる。あれは、一体……? あの演説は、我々の理解を超えた、何かでした。敵の論理そのものを破壊する、情報戦の、最終兵器……」
俺は、かろうじて、顔を上げた。
そして、プロジェクトを終えた、しがない中間管理職として、残務処理に関する、最も重要な質問を、彼らに投げかけた。
「……それで」
俺は、言った。
「……この件の、顛末書は、誰が書くんだ?」
「…………てん、まつ、しょ?」
ミリー議長は、初めて聞く日本語に、眉をひそめた。
俺は、疲労困憊の頭で、必死に説明した。
「インシデント・レポートだよ。今回の事件の、発生から、解決までの経緯を、時系列でまとめた、報告書だ。原因分析と、再発防止策も、盛り込んでな。これは、次の取締役会……いや、国連総会までには、必要だろう」
俺の、あまりに現実的で、あまりに官僚的な言葉に、PEOCの歓喜の空気は、急速に冷めていった。
アシュリーが、そっと、俺に近づいてきた。
「閣下……。顛末書の作成は、私が、責任を持って……」
その時だった。
ブラックアウトしていたメインスクリーンが、再び、静かに、点灯した。
そこに映し出されたのは、チェス盤ではなかった。攻撃の予告でも、ない。
ただ、白い背景に、たった一行だけ、美しいカリグラフィーの文字が、記されていた。
『君の「誠意」、確かに、受け取った』
そして、その下には、一つの、座標が示されていた。
北緯35度41分。東経139度41分。
地球上の、ある、一点。
「……なんだ、これは?」ハリソンが、呟いた。
「……ライブラリアンからの、メッセージです」レオが、答えた。「彼らのシステムは、シャットダウンした。だが、最後に、これを、残していったんだ」
ミリー議長が、俺を振り返った。
「閣下……。これは、一体、何を意味するので? 『誠意を受け取った』……? そして、この座標は?」
全員が、俺を見ている。
俺が、この謎のメッセージの、真意を、解き明かすのを、待っている。
俺は、スクリーンに表示された、座標を、じっと見つめた。
北緯35度41分。東経139度41分。
全く、見当もつかない。
だが、俺のサラリーマンとしての、長年の経験が、この状況を、一つの、ありふれたビジネスシーンとして、結論付けた。
そうだ。
これは、あれだ。
難攻不落だと思われた、巨大クライアントとの、厳しい交渉。
何度も何度も、無茶な要求をされ、頭を下げ、徹夜で資料を作り、最後は、トップである俺が、誠意をもって、謝罪した。
そして、ついに、相手が、折れた。
俺は、深く、頷いた。
「……分かったぞ」
俺は、PEOCの全員に、告げた。
「これは、ライブラリアンからの、『面会の申し込み』だ」
「……めんかい?」
「そうだ。彼らは、俺の誠意を認めた。そして、次のビジネスについて、直接、話をしたい、と言ってきている。この座標は、次の『商談』の、場所だ」
俺は、アシュリーに、指示を出した。
「アシュリー君、すぐに、この座標の場所を特定しろ。そして、ジェームズ君」
俺は、背後に控える、老執事を、振り返った。
「……次の、出張の準備だ。今度は、『とらや』の羊羹だけじゃ、足りんかもしれんな」
PEOCの全員が、呆然と、俺を見ていた。
彼らは、まだ、気づいていない。
俺が指し示した、その座標。
北緯35度41分、東経139度41分。
そこが、日本の、皇居の、中心部であることを。
そして、俺の、世界を巻き込んだ、壮大な「勘違い」が、ついに、俺の故郷である、日本へと、向かおうとしていることを。
物語は、まだ、始まったばかりだった。
ありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマーク・評価などいただけますと幸いです。
最新話は本日の20時10分更新予定です。




