第四十六話:世界で最も長いお詫び (The Longest Apology)
※すみません!うっかり予約を忘れて公開が遅れてしまいました。ごめんなさい。
【免責事項】
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件などは、風刺を目的として創作されたものであり、実在のものとは一切関係ありません。
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PEOCのタイマーが、ゼロになった。
その瞬間、レオが、最後のエンターキーを叩いた。
「……やったぞ! 全世界の衛星通信を、ジャックした! 今、地球上で、全てのスクリーンに映っているのは、あんたの顔だけだ、大統領!」
俺は、ゴクリと、唾を飲んだ。
演台の前の、冷たいカメラのレンズが、まるで巨大な昆虫の複眼のように、俺を睨みつけている。その向こうに、80億の人間が、息を飲んで、俺の言葉を待っている。
ライブラリアンの攻撃が、もう始まっているのかもしれない。
今、この瞬間にも、世界のデジタル文明が、音を立てて、崩れ始めているのかもしれない。
だが、俺の心は、不思議と、静かだった。
腹を、括った。
俺は、もはや大統領ではない。
俺は、株式会社「地球」の、代表取締役、佐藤拓也だ。
そして、これから、人類史上、最悪のシステム障害に関する、お詫び会見を、執り行う。
俺は、マイクの前に立つと、まず、カメラに向かって、90度の、深々としたお辞儀をした。
PEOCのスタッフたちが、息を飲む気配がした。
「……あー、皆様」
俺は、いつもの、会社の朝礼の口調で、語りかけた。
「この度は、我々人類が、長年にわたり運営してまいりました、『デジタル文明』というシステムにおきまして、極めて深刻な、セキュリティ上の脆弱性が発見されました件につきまして、全世界のユーザーの皆様に、多大なるご迷惑と、ご心配をおかけしておりますことを、現責任者の一人として、深く、深く、お詫び申し上げます。誠に、申し訳ございません」
二度目の、深いお辞儀。
ミリー議長が、隣のハリソンに「おい、彼は、一体、誰に謝っているんだ…?」と囁いているのが聞こえた。
俺は、構わずに続けた。
「今回のシステム障害は、外部の専門家チーム……『ライブラリアン』と名乗る皆様からの、極めて高度な、セキュリティ監査によって、発覚いたしました。彼らのご指摘がなければ、我々は、この重大な欠陥に、気づくことすらなかったでしょう。その点においては、彼らに、感謝の意を表する次第です」
「……なっ!?」ミリーが、声を漏らす。「敵を、称賛しているのか!?」
「現在、原因究明のための、タスクフォースを立ち上げ、鋭意、調査を進めております。中間報告といたしましては、今回の脆弱性は、特定の国家や企業の責任というよりは、我々人類全体の、あまりに急激なシステム拡大と、セキュリティ意識の欠如に、その根本原因があったのではないかと、考えております」
俺は、カメラを、まっすぐに見つめた。
「これは、誰か一人のせいではありません。我々、全員の、問題です」
「つきましては、今後の再発防止策として、全世界の専門家と、ユーザーの皆様からのご意見を広く募り、より堅牢で、より安全な、新しいシステムの再構築を、目指していく所存です。……本日は、誠に、申し訳ありませんでした」
俺は、最後の言葉と共に、この日、一番、深く、長い、お辞儀をした。
それは、アメリカ大統領の演説ではなかった。
ヒーローの、勝利宣言でもなかった。
ただひたすらに、不祥事を起こした会社の社長が、株主や顧客に向けて行う、あの、謝罪会見そのものだった。
その時だった。
「……おい、見ろ!」
レオが、スクリーンを指さして、叫んだ。
彼が監視していた、ライブラリアンの攻撃プログラムの進行を示すグラフ。それは、放送開始と同時に、凄まじい勢いで上昇していたが、なぜか、急に、その勢いが止まり、不規則な、意味不明な振動を始めたのだ。
「……どうなっている?」
「分からん! だが、奴らのアルゴリズムが、バグを起こしている! まるで、消化不良を起こしたみたいに…!」
レオの言う通りだった。
ライブラリアンが開発した、完璧な論理で構築された「言語破壊プログラム」。それは、デジタル世界に存在する、あらゆる「情報」を、効率的に、破壊するために作られていた。
だが、その完璧なプログラムは、今、生まれて初めて、「情報」ではない、何かを受信していた。
それは、論理では、解析不可能な、人間の「感情」の塊。
「申し訳ない」という、後悔。
「ご心配をおかけした」という、共感。
「全員の問題だ」という、連帯。
そして、その全てを体現する、「お辞儀」という、非言語の、深い意味を持つ、儀式。
完璧な論理は、完璧な非論理の前に、ただ、混乱していた。
それは、AIに「この文は嘘である」と語りかけるような、根源的な矛盾。
奴らのアルゴ-リズムは、俺の「謝罪」を、どう処理していいか、分からなかったのだ。
やがて。
PEOCのメインスクリーンに、ライブラリアンから、最後のメッセージが、表示された。
『……理解不能』
『……ERROR: PARADOX DETECTED』
『SYSTEM …… SHUTDOWN』
そして、スクリーンは、静かに、暗転した。
PEOCを、信じられないような、静寂が包んだ。
攻撃は、止まった。
アシュリーが、震える声で、呟いた。
「……わ、私たちが、勝った……の?」
俺は、汗だくのまま、演台にもたれかかっていた。
勝った? 負けた?
そんなことは、どうでもよかった。
(……ああ、終わった。なんとか、クレーム対応、終わった……。もう、帰って、いいよな……?)
一人のサラリーマンの、世界で最も長いお詫びが、静かに、幕を下ろした。
彼は、まだ知らない。
自分の、このあまりに誠実な「謝罪」が、敵であるはずの「ライブラリアン」の心に、予想もしていなかった、小さな変化の種を、植え付けてしまったということを。
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最新話は本日の11時10分更新予定です。




