第三十四話:カイゼンと神の視点 (Kaizen and the Eye of God)
【免責事項】
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件などは、風刺を目的として創作されたものであり、実在のものとは一切関係ありません。
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PEOCの空気が、再び変わった。
絶望的なパニックから、一縷の望みに賭けるプロフェッショナルたちの戦場へ。そして今、それは、巨大なサーバーを相手に戦う、IT企業の障害対応チームのようになっていた。
「『オラクル』のメインフレームにアクセス!」
「ダメです! 7年のブランクで、OSが古すぎる!」
「なら、パッチを当てるしかない!急げ!」
サイバー軍の若い兵士たちが、コーヒーとエナジードリンクをがぶ飲みしながら、凄まじい速度でキーボードを叩いている。彼らの目は、モニターに映る緑色の文字列に、完全に釘付けだ。
俺は、その光景を、ただ呆然と眺めていることしかできなかった。
俺にできることは、何もない。俺は、会社のパソコンのOSをアップデートするのすら、面倒で情報システム部に任せきりだった男だ。
【35:10】
「……システム、起動します!」
オペレーターの一人が叫んだ。
その瞬間、PEOCのメインスクリーンが、無数のウィンドウに分割された。タイムズスクエアの、あらゆる角度からのライブ映像。赤外線サーモグラフィー。人物の顔を自動で認証していく顔認証システム。そして、放射線を検知するための、ガイガーカウンターの数値グラフ。
まさに、神の視点だった。
「よし!」ミリー議長が、檄を飛ばす。「全員、目を見開け! 爆弾を探すんだ! どんな些細な異常でもいい!報告しろ!」
だが、神の視点とは、あまりに情報量が多すぎた。
スクリーンには、何十万人という人々の顔が、次々と緑の枠で囲まれては、データベースと照合されていく。無数の車両、ゴミ箱、郵便ポスト。そのすべてが、容疑者だった。
【21:40】
「ダメだ! ガイガー反応が微弱すぎる! 爆弾には、鉛による完璧なシールドが施されているとしか思えん!」
「不審なバックパックを背負った人物を37名確認! だが、全員、ただの観光客だ!」
時間が、刻一刻と過ぎていく。
見つからない。
PEOCを支配し始めたのは、再び、絶望という名の怪物だった。
第一線で戦うプロたちの顔に、疲労と、焦りの色が、濃くなっていく。
俺は、居たたまれなかった。
会社のプロジェクトが炎上している時、一番やってはいけないのは、管理職が、何もせずに腕を組んで、現場にプレッシャーをかけることだ。
たとえ、何もできなくても。
せめて、現場と苦労を共にしている、という姿勢を見せなければならない。
俺は、近くにあったコーヒーメーカーで、大量のコーヒーを淹れ始めた。そして、それを紙コップに注ぎ、コンソールに向かう若いオペレーターたち一人ひとりに、配って回った。
「……まあ、これでも飲んで、一息つけよ」
俺は、日本の会社でいつもやっていたように、彼らの肩を叩いた。
「大変だと思うが、頼りにしてるぞ」
「……か、閣下」
若い兵士は、大統領自らが淹れたコーヒーを、震える手で受け取っていた。
俺は、再び、メインスクリーンの前に戻った。
無数のウィンドウに、無数の人々。情報の大洪水。
これだ。この感じ、覚えがある。月末の、営業報告書のチェックだ。大量のデータの中から、たった一つの、入力ミスを探し出す、あの地獄のような作業。
あの時、俺はどうやって、ミスを見つけ出した…?
そうだ。
全体を、ただ眺めるんだ。
一つ一つの数字を追うのではなく、全体の「流れ」や「違和感」を探す。
他の営業マンのグラフは全部右肩上がりなのに、一つだけ、急降下しているグラフがある。あるいは、あるべきはずの場所に、数字が、ない。
カイゼン(改善)の基本は、異常値の発見だ。
俺は、巨大なスクリーン全体を、ただ、ぼーっと眺めた。
顔、顔、顔。車、車、車。広告。ネオン。
意味のない、情報の羅列。
「……なあ」
俺は、誰にともなく、呟いた。
「……なんか、おかしくないか?」
「何がです、閣下!?」アシュリーが、食いついてきた。
「いや……」俺は、スクリーンの一角を指さした。そこには、ホットドッグを売る、数台の屋台が映っていた。「あの、ホットドッグの屋台だが……」
「ホットドッグ……? それが、何か?」
「いや、なんというか……。他の屋台は、みんな、客が行列を作っているのに……。あの、一台だけ、誰も並んでいない。おかしいだろう? タイムズスクエアの一等地だぞ。うちの会社の近所のラーメン屋だって、もっと繁盛してる」
あまりに、素朴で、場違いな指摘だった。
アシュリーも、CIA長官も、一瞬、きょとんとした顔で俺を見た。
だが、次の瞬間。
CIA長官の顔色が変わった。彼は、インカムに何かを叫ぶと、すぐさま、別のオペレーターに指示を飛ばした。
「その屋台を、拡大しろ! ニューヨーク市警に連絡! 正規の営業許可を得ている屋台か、確認しろ!急げ!」
数秒の沈黙。
そして、オペレーターが、叫んだ。
「……出ました! 市のデータベースに、該当する屋台の営業許可は、ありません! あの屋台は、そこに存在しないはずの屋台です!」
その瞬間、PEOCに、歓声と怒号が入り混じった、爆発的な声が響き渡った。
「見つけたぞ!」
「FBIのチームを突入させろ!」
ミリー議長が、俺の両肩を、万力のような力で掴んだ。
「閣下……! 我々は、ハイテクな監視システムにばかり気を取られ、最も基本的な『商売の原則』を見落としていました……。あなたは、またしても……!」
違う。俺はただ、行列のできない屋台が、不憫に思えただけなんだ。
俺の、ごく平凡な日常感覚が、またしても、世界を救うための、細い糸口をたぐり寄せてしまった。
だが、時計は、止まらない。
【08:10】
メインスクリーンに、特殊部隊(EOD)が、その不審なホットドッグ屋台に突入していく、ライブ映像が映し出された。
爆弾の解体まで、あと、8分。
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最新話は本日の11時10分更新予定です。




