第三十一話:執事の流儀 (The Butler's Way)
【免責事項】
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件などは、風刺を目的として創作されたものであり、実在のものとは一切関係ありません。
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俺は、片手に、なぜか全くこぼれていない、最高級のダージリンティーを持っていた。
もう片方の手は、恐怖で震えるアシュリー補佐官に、そっと握られていた。
そして、目の前では、ジェームズと名乗る老執事が、廊下の瓦礫を片付けながら、まるで庭の手入れでもするかのように、優雅に呟いた。
「さて、と。少々、道が散らかっておりますね。お客様をお通しするには、これではいけません」
その、お客様――廊下の闇の奥から、新たに三人の武装兵士が姿を現した。彼らは、床に転がる仲間の姿を見て、一瞬、動きを止める。そして、怒りと憎悪に満ちた目で、こちらを睨みつけた。
「ジェームズさん! 危ない!」
アシュリーが、悲鳴のような声を上げた。
だが、ジェームズは、慌てない。
彼は、近くの壁に立てかけられていた、星条旗の旗竿を、すっと手に取った。そして、先端の金色の鷲の飾りを、慈しむように撫でた。
「ホワイトハウスの備品は、大切に扱わねばなりません」
三人の兵士が、同時に発砲した。
凄まじい銃声が、廊下に響き渡る。
俺は、思わず目をつむった。もうダメだ。いくらなんでも、執事が銃には勝てないだろう。
だが、数秒後。
銃声が止み、代わりに、何か硬いものが床に転がる音がした。
俺が、恐る恐る目を開けると、そこには、信じがたい光景が広がっていた。
三人の兵士が、全員、床に倒れている。
そして、その中央に、ジェームズが、一本の旗竿を持ったまま、涼しい顔で立っていたのだ。スーツには、一筋の乱れもない。
彼は、まるで会社の業務報告でもするかのように、淡々と俺に説明した。
「閣下。まず、一人目に対しては、旗竿の先端部による、喉仏への打突。これにより、声帯と呼吸を一時的に麻痺させました」
「二人目は、旗竿の中央部を利用した、足払い。体勢を崩したところを、後頭部への追撃で、意識を断ちました」
「三人目は、少々手こずりましたが……」
彼は、手に持った星条旗を、くるりと回して見せた。
「この旗の布地部分を、相手の顔面に巻き付かせるように投擲し、視界を完全に奪いました。その後、無防備になった腹部への、柄の末端による痛烈な一撃。以上です」
完璧な、業務報告だった。
俺は、恐怖よりも、純粋な感嘆に包まれていた。
(すごい……。なんと無駄のない動き。完璧な状況判断と、圧倒的な実行能力。KPI達成率100%超えだ。彼なら、うちの会社の、どんな厄介なプロジェクトでも成功させるに違いない……)
「ジェームズさん」俺は、思わず口走っていた。「君、すごいな。うちの営業部に来ないか? きっと、トップセールスマンになれるぞ」
「もったいなきお言葉です、閣下」
ジェームズは、にこやかに微笑むと、再び俺たちの前に進み出た。
「さあ、道が拓けました。PEOC(大統領危機管理センター)まで、私が完璧にエスコートいたします。アシュリー様も、さあ、こちらへ」
俺とアシュリーは、まるでVIP客のように、その老執事の後ろをついて歩き始めた。
廊下のあちこちで、まだ銃声は聞こえる。だが、不思議と、恐怖はなかった。俺たちの前を歩く、その老紳士の背中が、どんな装甲車よりも、頼もしく見えたからだ。
やがて、俺たちは、あの分厚い鋼鉄の扉の前に、たどり着いた。
ジェームズが、扉の横のパネルに、指を数回触れる。重い音を立てて、扉が、ゆっくりと開き始めた。
扉の向こうは、眩しい光に包まれていた。
中には、ハリソン首席補佐官と、ミリー議長が、血相を変えて立っていた。彼らは、俺たちの姿を見ると、駆け寄ってきた。
「閣下! ご無事でしたか!」
「ジェームズ! やはり、君が……!」
どうやら、彼らは、この執事の本当の姿を知っていたらしい。
俺は、ようやく安全な場所に着いた、と安堵のため息をついた。
これで、あとは、専門家である彼らが、何とかしてくれるだろう。俺は、もう寝たい。
だが、俺の安息は、ハリソンの次の一言で、無慈悲に打ち砕かれた。
彼は、俺の肩を掴むと、絶望的な顔で言った。
「閣下……! 事態は、最悪です。敵は、ただのテロリストではありません」
「どういうことだ?」
「彼らは……ホワイトハウスの全機能を掌握しました。そして、たった今……」
ハリソンは、ゴクリと、唾を飲んだ。
「彼らは、『フットボール』を、奪いました」
フットボール?
アメフトのボールか? なぜ、今?
俺が、そう尋ねる前に、ミリー議長が、地の底から響くような声で、その意味を教えてくれた。
「……核の発射ボタンが入った、あのアタッシュケースのことだ」
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最新話は本日の11時10分更新予定です。




