第二十二話:合宿とワークショップ(Bootcamp and Workshop)
すみません、公開の順番を間違えたので文章を入れ替えて、一気に二話公開しています。
【免責事項】
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件などは、風刺を目的として創作されたものであり、実在のものとは一切関係ありません。
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ウェストバージニア州、グリーンブライアー。
アパラチア山脈の麓に佇む、全米で最も格式高いリゾートホテル。歴代大統領が愛したその場所に、今、アメリカ政治史上、最も異様な光景が広がっていた。
ポロシャツにゴルフパンツ姿の、共和党のマクレーン上院院内総務。
フリースジャケットを羽織った、民主党のシェルドン上院院内総務。
普段はテレビの討論番組で、互いを「国賊」「社会主義者」と罵り合っている宿敵同士が、気まずい沈黙の中、同じバスから降りてきたのだ。
彼らを、満面の笑みで出迎えたのは、俺だった。
胸に「PRESIDENT」と書かれた赤いポロシャツに、白い短パン。首からは、指導員が吹くようなホイッスルをぶら下げている。完璧な、研修所スタイルだ。
「やあ、諸君!よく来たな!」俺は、メガホンで叫んだ。「今日から三日間、党派やメンツは忘れて、一人の『仲間』として、友情を深めていきうじゃないか!」
集められた十数人の議会トップたちは、誰一人、声を発しない。彼らの目は、まるで拉致されてきた人質のようだった。
最初のプログラムは、会議室で行われた。
「ワークショップ:相互理解を深めるための自己紹介」
俺は、ホワイトボードにそう書くと、議員たちに向き直った。
「よし、じゃあ、隣の人とペアになってくれ。そして、相手に『自分の子供の頃の夢』と『最近ハマっている食べ物』を話した後、全員の前で、そのペアの相手を紹介する『他己紹介』をやってもらう! 制限時間は10分だ!」
日本の会社の新入社員研修では、ド定番のアイスブレークだ。
だが、70歳、80歳を超えた政治家たちにとっては、もはや拷問に近かった。
「……えー、ご紹介します」
共和党のマクレーン議員が、死んだ魚のような目で立ち上がった。
「こちらは、民主党のシェルドンさんです。彼の子供の頃の夢は、ブルックリン・ドジャースの野球選手になることだった、そうです。最近は、ベーグルにハマっている、そうです。……以上です」
会場は、凍りつくような沈黙に包まれた。
まずい。滑った。完全に滑った。俺は、慌てて場を盛り上げようと、柏手を打った。
「おー、いいね! 野球選手! 素晴らしい夢じゃないか! じゃあ、次はシェルドン君、マクレーン君の紹介を頼む!」
その夜。
夕食を兼ねた懇親会は、さらに地獄の様相を呈していた。
俺は、日本の流儀に則り、自らビール瓶を持って、敵対する民主党の議員たちのテーブルを回り、一人ひとりのグラスにビールを注いで回った。「まあまあ、固いこと言わずに」「今日は無礼講だ」と、上司の接待で培ったスキルを全開にする。
だが、彼らは、俺にお酌を返してはくれなかった。
それどころか、俺が注いだビールに、警戒して口をつけようとしない者までいる。日本の会社なら、「社長に酒を注がせるのか!」と、無礼討ちにされてもおかしくない状況だ。
「……大統領」
ついに、共和党のマクレーン議員が、堪忍袋の緒が切れた、という顔で立ち上がった。
「我々は、一体、何のためにここに集められたのですか。予算の話をするのではなかったのですか? 野球選手だの、ベーグルだの、キャンプファイヤーだの……これは、国家の運営ですぞ! 馴れ合いで解決する問題ではない!」
全員の視線が、俺に突き刺さる。
まずい。完全に、俺のやり方が裏目に出ている。彼らにとって、これは馴れ合いの「お遊戯」にしか見えていないのだ。
俺は、ビール瓶をテーブルに置いた。そして、心の底からの、佐藤拓也としての本音を、ドランプの口から語り始めた。
「……俺が、前の会社にいた時も、そうだったよ」
「…会社?」
「ああ。営業部と、開発部が、いつも喧嘩しているんだ。予算の奪い合い、責任のなすりつけ合い。互いを、まるで敵みたいに罵り合ってな。おかげで、いくつものプロジェクトが、潰れた。会社全体の業績も、下がる一方だ」
俺は、目の前の老獪な政治家たちを見渡した。
「あんたたちを見ていると、あの時の光景を思い出す。共和党(営業部)と、民主党(開発部)。互いに、相手の足を引っ張ることしか考えていない。おかげで、この『アメリカ』という会社の業績(国力)は、どんどん下がっているんじゃないのか?」
俺は、続けた。
「俺は、難しいことは分からん。だがな、同じ会社で働く人間が、いがみ合ってて、いい仕事ができるわけがないだろう。予算がないと嘆く前に、まず、やるべきことがあるんじゃないのか。それは、互いを『仲間』だと認めることだ。俺がやりたかったのは、それだけだ」
それは、大統領の演説ではなかった。
中間管理職の、悲痛な叫びだった。
シン、と静まり返った会場で、誰もが、そのあまりに拙く、あまりに素朴で、そして、あまりに誠実な言葉に、ただ聞き入っていた。
彼らは、生まれて初めて、敵対政党のリーダーから、イデオロギーでも、取引でも、脅しでもない、「魂の言葉」を聞いたのかもしれない。
その沈黙を破ったのは、民主党のシェルドン議員だった。
彼は、おもむろに立ち上がると、近くにあったビール瓶を掴み、俺の目の前に進み出た。そして、空になった俺のグラスに、ビールを、なみなみと注いだ。
「……大統領」
彼は、言った。
「野球の話の、続きでも、聞かせてもらおうか」
その夜、ウェストバージニアの山奥で、何かが、ほんの少しだけ、変わろうとしていた。
俺は、ただ、上司にお酌を返してもらえた新入社員のように、胸が熱くなるのを感じていた。
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最新話は本日の21時に更新予定です。




