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(第一部完結!)転生したら合衆国大統領だった件について 〜平社員の常識で、世界を動かしてみた〜  作者: 御手洗弾正


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第二十話:首席補佐官は眠れない

今回は運動会(第十三話)の前日譚です。

【免責事項】

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件などは、風刺を目的として創作されたものであり、実在のものとは一切関係ありません。


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夜のホワイトハウスは、静かだった。

執務を終えたスタッフたちが去り、ウエストウイングの廊下を支配するのは、歴代の権力者たちの肖像画が放つ、声なき圧力だけだ。首席補佐官執務室の主、ウィリアム・ハリソンは、琥珀色の液体が揺れるグラスを片手に、窓の外にそびえ立つワシントン記念塔をただ黙って見つめていた。


胃薬が、もう手放せない。

頭痛薬は、もはやビタミン剤のように常用している。


この数週間で、私の白髪は倍になり、胃には穴が開き、長年連れ添った妻には「あなた、何かに取り憑かれているようだわ」と心配される始末だ。


取り憑かれている。

的を射た表現かもしれん。今、このホワイトハウスは、そしてアメリカ合衆国という国家そのものが、何かに取り憑かれている。


彼の名は、ロナルド・J・ドランプ。

私の仕える人物であり、自由世界のリーダーであり、そして、今や私の理解を完全に超えた、謎の存在だ。


私は、長年、このワシントンという名の魔窟で生きてきた。駆け引き、裏切り、ディール、スキャンダル。政治のあらゆる汚濁も、その複雑な方程式も、知り尽くしてきたつもりだった。あの大統領が選挙に勝った時も、私は彼を理解できると思っていた。彼は、予測不能な言動の裏に、常に「取引」という分かりやすい物差しを持っていたからだ。国益、支持率、そして彼自身のビジネス。彼の行動原理は、常にそのどれかに結びついていた。


だが、数週間前、あの日を境に、彼は完全に変わってしまった。


いや、「変わった」という表現は正しくない。「別物になった」としか言いようがないのだ。


イランとの危機では、軍事オプションを前に「ペンディング」を宣言し、「SWOT分析」を要求した。ガザの紛争では、世界最強の軍隊に「パンとレゴを送れ」と命じた。そして、我が国の最も重要な同盟国であるイスラエルの首相に、電話で「ワビイシ」「オトシマエ」といった、CIAのスーパーコンピューターですら解読不能な暗号を囁き、挙句の果てには、自ら現地に飛んで深々とお辞儀までしてみせた。


そして、今日。

「中東和平親善・大運動会」。


嘉手納基地で、玉入れと綱引き……。

グラスの中の氷が、カランと虚しい音を立てた。


考えられる可能性は、二つしかない。

一つ。大統領は、正気を失った。過度のストレスか、何らかの病か。とにかく、彼の精神は、もはや正常ではない。もしそうなら、私は、この国の未来のために、憲法修正第25条の発動を閣僚に働きかけるという、国家反逆罪にも等しい決断を迫られることになる。


そして、もう一つの可能性。

これが、ミリー議長が心酔しきっている説だ。つまり、


大統領は、我々凡人の理解を遥かに超えた、全く新しい次元の思考をしている。


という説。


彼の奇行はすべて、敵の思考を混乱させ、従来の外交ルールを破壊し、誰も予想しなかった結果を導き出すための、計算され尽くしたパフォーマンスなのだ、と。


馬鹿げている。


そう、思う。一人の常識人として、そう断じたい。


だが、現実に何が起きている?


イランとの軍事衝突は、回避された。

イスラエルのガザ侵攻は、止まった。

ハマスは、「対話の用意がある」などと、極めて異例の声明を出した。


狂人の戯言が、この地獄のような中東に、奇妙な静寂をもたらしている。この「結果」を、どう説明すればいい? 私の政治常識では、もはや説明がつかないのだ。


私は、自分のデスクに目を落とした。

そこには、アシュリーが先ほど置いていった、一枚のメモがある。


To Doリスト:

1. 日本国外務省に連絡。「玉入れ」用の玉とカゴの公式規格について問い合わせ。

2. 国防総省に連絡。嘉手納基地における「二人三脚」のコース設定を指示。

3. 国務省に連絡。各国首脳への招待状における、ドレスコード(ジャージ推奨)の文面を検討。


私は、グラスに残っていたバーボンを、一気に煽った。

そして、ペンを取った。リストの4番目に、新たなタスクを書き加える。


4. 胃腸科の権威、ドクター・スタンリッジの予約。


もはや、理解しようとすることを、やめるべきなのかもしれない。


狂人か、天才か。その答えを求めるのは、歴史家の仕事だ。


私の仕事は、ただ一つ。

この国が、大統領と共に、崖から飛び降りてしまわないように、手綱を握り続けること。

たとえ、その行き先が天国か地獄か、誰にも分からなかったとしても。

私は、首席補佐官なのだから。


ハリソンは、静かに受話器を取り、内線でアシュリーを呼び出した。


「……アシュリー君、夜分にすまない。日本の外務省に、もう一つ確認してくれ。『パン食い競争』のパンは、吊るすタイプと、棒の先に刺すタイプ、どちらが正式なんだ……?」

ありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマーク・評価などいただけますと幸いです。

次回は今日の21時に更新予定です。

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