第十四話:招待状(インビテーション)
【免責事項】
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件などは、風刺を目的として創作されたものであり、実在のものとは一切関係ありません。
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その招待状は、世界中の主要な首都に、ほぼ同時に届けられた。
分厚い和紙のような質感のカードに、金色の箔押しでアメリカ合衆国の国章が輝き、格調高いカリグラフィーでこう記されていた。
「来る11月、日本国沖縄県嘉手納空軍基地において、歴史的な『中東和平親善・大運動会』を開催する運びとなりました。つきましては、貴殿におかれましても、チームの一員としてご参加賜りたく、謹んでご案内申し上げます。 敬具
アメリカ合衆国大統領 ロナルド・J・ドランプ
追伸:当日は動きやすい服装(ジャージ推奨)でお越しください」
フランス大統領府。
エマニュエル・マクロン大統領は、招待状を手に、側近に真顔で尋ねた。「…これは、何かの暗号か? 『ジャージ』とは、特定の過激派組織の隠語だったりしないかね?」
ドイツ首相官邸。
オラフ・ショルツ首相は、眉間の皺を深くして、ただ一言、呟いた。「…分からん。全く分からん」
そして、エルサレム。
ベンジャミン・アリエル首相は、モサド長官と二人、執務室で頭を抱えていた。
「運動会……だと?」
「はっ」モサド長官は、深刻な顔で頷いた。「CIA内部の情報提供者によれば、これは『KADENA OLYMPIA』と名付けられた、極秘の心理作戦とのことです」
「それで、我々にどうしろと? アッバス議長と手を繋いで、二人三脚で走れとでも言うのか!」アリエルは、激昂した。
「おそらく、それに近い何かでしょう」モサド長官は、冷静に分析する。「これは、ドランプ大統領による、究極の『踏み絵』です。もし、我々がこの招待を『馬鹿げている』と拒否すれば、世界はこう非難するでしょう。『イスラエルは、アメリカが用意した平和の祭典を、自ら蹴った』と。我々は、ハマスと同じ、対話を望まない強硬派だと見なされます」
「では、参加しろと?」
「参加するしか、道はありません。そして、全ての競技で勝利するのです。二人三脚では、アッバス議長の歩幅を完全に支配し、我々の主導権を見せつける。綱引きでは、アラブ連合を圧倒的な力で引きずり倒し、我が国の国力を誇示する。これは、運動会の皮を被った、代理戦争なのです、首相」
「……狂っている」アリエルは、呻いた。「世界が、狂ってしまった……」
一方、ガザ地区の地下トンネル。
ハマスの指導者イスマイル・ハリーリとムハンマド・サイフもまた、第三国経由で届けられた、運動会への招待状(の写し)を前に、同じ結論に達していた。
「やはり、罠だ」サイフは、断言した。「これは、我々を白日の下に引きずり出し、世界の前で晒し者にするための、巧妙な罠に違いない」
「だが、サイフよ」ハリーリが言う。「我々がこれを拒否すれば、我々は『平和を望まないテロリスト』の烙印を押されることになる。世界から届き始めた支援も、止まるかもしれん」
「……行くしかない、ということか」
「そうだ。そして、競技ではイスラエルを打ち負かし、我々の不屈の闘志を世界に示すのだ。特に綱引きは重要だ。あれは、我々の民衆の抵抗の歴史そのものを象徴する……」
かくして、奇妙なことが起こった。
数日後、ホワイトハウスの記者会見で、大統領報道官は、世界が驚愕するニュースを発表した。
「イスラエルのアリエル首相、並びにパレスチナ自治政府のアッバス議長は、ドランプ大統領の招待を受諾し、『KADENA OLYMPIA』への参加を、正式に表明しました。サウジアラビア、UAE、エジプト、ヨルダン、そしてイランも、オブザーバーとして参加する意向です」
記者たちが、騒然となる。
誰もが、耳を疑った。あの、何十年も殺し合ってきた中東の指導者たちが、沖縄の米軍基地で、運動会をやる?
そのニュースが、時差を超えて、日本の永田町、首相官邸にも届いた。
テレビの速報を見ていた日本の首相は、口に含んだ緑茶を盛大に噴き出した。
「……き、君ぃ!」首相は、隣にいた官房長官の肩を掴んで揺さぶった。「これは、どういうことかね! アメリカ大統領が、沖縄で、運動会を!? なぜ、私は何も聞いていないんだ!?」
「そ、それが……」官房長官は、滝のような汗を流しながら答えた。「たった今、アメリカ大使館から連絡が……。『会場の設営と、赤組・白組のハチマキのご用意を、お願いしたい』と……」
日本の、そして世界の運命を乗せた、史上最も奇妙な祭典の準備が、今、始まった。
佐藤拓也は、まだ知らない。日本の運動会には「PTA(保護者)参加競技」という、最も面倒な慣習があることを。そして、この運動会において、日本の首相がその「PTA会長」の役割を担うことになるということを。
*次回は本日21時配信予定です。




