表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第4章:チカラアリ少女行(В Чикараари)
68/165

068_シミュレーション(симуляция)

 世界が遠ざかっていく! ――そんな感覚に襲われながら、クニカは虚空の中で足をばたつかせる。やがて、別世界の重力に、クニカの身体は捉えられる。


 別世界に両足で着地すると、クニカは一歩を踏み出した。眼前に広がるのは、一面の闇である。風を手でしのぎながら、クニカは前へ進む。


 突然、足がぬかるみに沈み込んだかと思えば、クニカの視界が一気に開けた。闇に慣れきっていたクニカは、おびただしい光の前に目を細める。


 日射しを受けた水たまりのような、()えた臭いをクニカは嗅ぐ。目が慣れてくるとともに、クニカはその世界が、夢で何度も訪れた”うすあかり”の世界であると気付く。


 クニカの後ろから、誰かの足音がする。振り返ってみれば、そこには少女が立っている。亜麻色の髪を肩まで垂らし、青色のシャツを着た、サンダル履きの少女。夢で出会った、青白い、鉛色の光を胸に秘めた少女が、クニカの前にいた。


 少女は左手に、長剣を握りしめている。刃に映り込むみずからの姿に、クニカの全身が震える。


「事態は変わりはじめている」


 少女の言葉に、クニカは後ずさる。


「今となっては、キミは邪魔になりつつある」


――我らの下に(くだ)るといい。


 戦捷記念競技場での、サリシュ=キントゥスの司令官の言葉を、クニカは思い出す。


「帝国と、どういう関係なの?」


 剣の先端を目で追いながら、クニカは尋ねる。


「あなたも騎士なんでしょう? なのに――」

「夢は何ものも創造しない」


 クニカの問いかけなど、少女は意に介していないようだった。


「だからこそ、キミを損なうにはおあつらえ向きの場所だ」

「来ないで……!」


 右腕を振り上げると、クニカは”天雷”をイメージする。右手に魔力が集中し、光が集められ、白い稲妻が、クニカの手の中で火花を散らした。


「それ以上近づいたら――」

「オリガの奥義(ウパニシャッド)をコピーしたか」


 天雷を前にしても、少女は動じなかった。


「いいな。退屈しない。ボクたちは偽者の神だ――」


 何を言っても無駄。クニカはそう判断し、握りしめていた稲妻を、少女に振りかぶる。白い稲妻は、鞭のようになって、少女に殺到する。


 しかし、少女は右手を伸ばすと、稲妻に腕を突き出した。


「あっ?!」


 クニカは叫ぶ。少女が手を触れた途端、天雷の光は周囲に乱反射した。目を開けたときにはもう、投げつけたはずの天雷は、少女の右手に吸い込まれ、矮小化されていた。


 少女は右腕を震わせる。小さくなったはずの天雷が、再び大きくなる。クニカは息を呑んだ。天雷に、少女は魔力を注ぎ込んでいる。


「どうした、笑えよ?」


 クニカが作り出したものよりも大きく、まばゆい天雷を、少女は右手に握りしめる。天雷の輝きが眩し過ぎるために、”うすあかり”の世界全体が、一段暗くなったかのようだった。


 逃げ出そうとしたクニカだったが、足が動かない。そのときクニカは、自分の影が、天雷に向かって、すなわち光源に伸びていることに気付いた。クニカの影は、少女の足下まで伸びている。


 少女は、自分の影を踏んでいる。――クニカがそれを悟ったのと、少女が天雷を解き放ったのは、ほぼ同時だった。天雷は、クニカの右半身をかすめ、はるか後方に穿たれる。視野の端で空間がゆがみ、静電気を帯びた水蒸気の塊が、巨大なキノコ雲を形成する。


 自然は、真空を埋め尽くさずにはいられない。風が殺到して上昇気流を形成し、中空で冷却された水蒸気が、雨となって地面に降り注ぐ。”うすあかり”の世界は、まだらに世界を照らしながら、クニカの全身を水浸しにしていく。雨に濡れる久しぶりの感覚の滑稽さと、死が間近に迫り、去っていったことの感覚とがひしめき合い、クニカはなぜか、泣きたくも、笑いたくもなった。


 何の予備動作もなく、少女は肉薄すると、長剣の先端をクニカの喉に突き立てる。


「うっ……?!」


 反射的に、クニカは顎を引く。少女はすんでのところで剣を静止させたが、勢いに呑まれ、クニカはぬかるみに尻餅をついた。


「や、やめて……!」


 剣の先端が、クニカの喉元に触れている。雫になった血液が、首からこぼれ落ちる。


「やめて……」

「さようなら」


 少女は剣を振り上げる。


 もうダメだ。――観念し、目を閉じた矢先。金属同士の触れあう音が、クニカの耳にこだました。


 身体に痛みが走るのを覚悟していたクニカは、おそるおそる目を開く。黒いローブを身にまとった女性が、みずからの長剣で、少女の長剣を受け止めている。


「ペルジェ……!」


 女性の名前を、クニカは呼ぶ。緑の長髪を持つ東の巫皇(ジリッツァ)・ペルガーリアが、少女の前に立ちはだかっていた。


「久しぶりだな。ニフリート」


 ペルガーリアが、少女に呼びかける。ニフリート――それが、この少女の名前のようだった。


「寂しいじゃないか。便りのひとつも寄越さないなんて」

「ペルジェ……!」


 少女が――ニフリートが言った。その声は、押し殺したように低かった。


「会えて嬉しいよ……!」

「偶然だな? オレも同じことを考えてた」


 よく通る男声で、ペルガーリアは言ってみせる。ペルガーリアとニフリート、二人の正面で交錯する長剣が、込められた力の余りに、小刻みに音を立てる。


「気が合うこともあるんだな? オレが何を考えてるか、当ててみろ」

「ボクは前にも増して強くなっている。キミよりも!」


 肘を折り畳むようにして、ニフリートが剣を振り上げる。剣を跳ね上げられ、ペルガーリアは後ろへ下がった。


 その隙を、ニフリートは逃さない。ペルガーリアの胸元に、ニフリートはみずからの右腕を突き立てる。


「ペルジェ!」


 クニカの目の前で、ペルガーリアが硬直する。ニフリートの右腕から闇が噴き上がり、ペルガーリアの身体を浸食する。


 ペルガーリアは逃れようとするが、ニフリートが身じろぎを許さない。ペルガーリアの背中に腕を回すと、子供をいたわるように、ニフリートはペルガーリアを抱きしめる。


 ペルガーリアの全身が、ニフリートの闇に呑まれようとする――。


 しかし、次の瞬間、ニフリートは目を見開くと、ペルガーリアの身体から飛びのいた。ペルガーリアの額から、白い光があふれ出ていることに、クニカも気付く。


「バカにするのも……いい加減にしろ……」


 ペルガーリアの声が響く。全身を呑み込もうとしていた闇に亀裂が走り、隙間から純白の光があふれ出る。次の瞬間、闇は光の前に砕け散った。何事もなかったかのように、ペルガーリアは立っている。


 ペルガーリアをにらむと、ニフリートは、再び剣を構えようとする。


(今だ……!)


 その瞬間を狙って、クニカはニフリートの剣に焦点を当てる。解き放たれた“(ドラクォン)”の魔力が、ニフリートの長剣を、たちどころにして錆に変える。ニフリートの掌中で、長剣は根元からへし折れ、ぬかるみに落ち、崩れてしまった。


「おい、二対一だぜ」


 ペルガーリアが口笛を吹いた。


「まだ始まりに過ぎない――」

「下がってろ!」


 クニカの正面に立つと、ペルガーリアが剣を振り上げる。その瞬間、ニフリートが指を鳴らした。乾いた音とともに、地平線が大きく回転し始め、クニカの視界の中で、空と陸とが渦を巻き始める。


「クニカ、起きろ!」


 ペルガーリアが叫ぶ。


 ペルガーリアの言葉を受けた途端、クニカは不意に、現実の世界で目をつぶっている、みずからの存在を実感した。”うすあかり”の世界から締め出されると同時に、クニカの意識は、チカラアリへと舞い戻る――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ