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【完結】私の夫を盗ったの誰ですか?  作者: 優月アカネ@重版御礼


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6 最終話

 もろもろの準備を整え終えたのは、それから半月ほど経ってからだった。

 秋も近づいて肌寒い小雨が降る日曜の昼、わたしは復讐を決行することにした。

 聡太の園のことで相談があると健一郎に伝え、時間をとってもらっていた。


「で、改まって話ってなに? 聡太のことは綾乃に任せているから賛成も反対もないんだけど。って、あれ? 聡太は?」

「お友達のママに預かってもらってる。ちょっと込み入った話になりそうだから」

「そうなの? 俺、面倒なことはわかんないよ。あっ、十二時までには終わらして。ゲームのイベントが始まるから」


 頭の後ろで腕を組み、まるで危機感のない健一郎。

 そろそろ時間だけどと思いながらインターホンに目を向けると、ちょうどチャイムが鳴った。


「来たみたい。出てくるね」

「え? 誰か来るの?」


 その人を連れてリビングに戻ると、健一郎の顔が固まった。


「聡太のことで相談があるとお伝えして、担任の大竹先生に来ていただいたの」

「お邪魔いたします。ひよこ組担任の大竹で……す……」


 先生の方も、健一郎の顔を見るなり声が小さくなっていく。


「あら? どうしたの健一郎。担任の先生なんだから、挨拶して」

「あっ……。どうもこんにちは。高嶋健一郎です」


 声を上ずらせながら名乗ると、健一郎はがばっとわたしの方を向いた。


「聡太の園って、保育園じゃないの?」

「保育園から幼稚園に転園したのよ。わたし、保育園なんて一度も言ってない」

「うわぁ、そうだったのかよ。……まじか……」

「どうして? 別に、どっちでも健一郎には関係ないでしょう」


 聡太がどこの園に転園するかとか、何組になるとか、まるで興味を持たなかったのはあなたでしょう。

 その時点で気がついて行動を改めていたならば、こうならずに済んだかもしれないのにね。

 目を泳がせる健一郎と先生は愉快であり同じくらい不愉快だった。


「じゃあ、あとは綾乃と先生で……」

「だめよ。あなたにも関係ある話なんだから」


 逃げようとする健一郎を椅子に戻し、その隣には先生に座ってもらう。

 さあ、いよいよだ。


「……子供の相談というのは建前です。単刀直入にお訊ねしますが、あなたたちは不倫をしていますよね」


 単刀直入に切り込むと、健一郎が真っ赤な顔で唾を飛ばす。


「おいおい、何言ってるんだ。今日が初対面だぞ」

「そうですよ高嶋さん。どこか体調が悪いなら、日を改めましょう」


 あら。

 先生までしらを切るつもりなのね。

 そちらの方針はよくわかりました。


「しらばっくれないで」


 不倫を知るきっかけになったスクショを提示すると、健一郎の顔色が変わる。


「おい、勝手にスマホを見たのか」

「あなたのスマホだとは言ってないけど。聞く手間が省けたわ」


 墓穴を掘った健一郎は、フーッと鼻から大きく息を吐いて頭を抱えた。


「……メッセージの相手の名前は”Kちゃん”となっていますけど、わたしのイニシャルにKなんて入ってません」


 先生が冷静な声で言う。


「そうよね。それでわたしも遠回りしてしまった」


 Kはイニシャルではなかった。


「大竹先生。あなたのフルネームは大竹一花。――おおたけいちか。苗字と名前の間に”K”があります」

「――!」

「あるいは”教師”のKって可能性もあるかしら?」

「……」

「不倫相手はKをイニシャルに含む保護者だと思いこんでしまった。まさか担任の先生が保護者の夫に手を出すなんて、下劣すぎて想像も及ばなかったわ」

「――ッ」


 一花は悔しそうに唇を噛んだ。


「……そんなのこじつけです。私にもプライドがあります。あまりにも暴言をおっしゃるのであれば、退園していただくことになりますよ」

「証拠がこれだけだと思った? あなたたちが腕を組んでホテルから出てくる動画もあるのだけど」


 香澄に協力してもらいながら集めた動画や写真を見せると、二人の顔は真っ青になった。

 動画にはばっちりと顔が映っている。言い逃れはできないはずだ。


「健一郎、大竹先生。どういうことか説明してもらえますか?」


 黙りこくる健一郎に対して、一花はきっとわたしを睨みつけた。


「奥さんとはうまくいってないと聞きました。近い内に離婚するつもりだって。健一郎さんを解放してください」

「解放? まるでわたしが離婚を拒否しているような言い方ね」


 鼻で笑うと、一花は目を見開いて気色ばむ。


「実際にそうなんでしょう。彼は私を選んだんですから、しがみつくなんてもっともないですよ」

「健一郎から離婚という言葉が出たことは一度もないけど」

「強がっても意味ないですよ。そういう性格だから健一郎さんも愛想を尽かしたことがわからないんですか?」

「まあまあ落ち着いて。ねっ。一回落ち着こう」


 健一郎がおろおろとして一花に水の入ったコップを差し出した。

 わたしには一度も飲み物をついでくれたことなんてなかったのに、ずいぶん優しいのね。


「……もういいわ。わたしに謝罪して、行動を改めるつもりはないということね?」

「健一郎さんと離婚してください」


 一花は質問に答えず同じ言葉を繰り返した。

 健一郎はテーブルの木目を見つめて黙りこくっている。この修羅場が早く終わらないかなと、時間が過ぎるのを待っているように見えた。

 この男は、家族のことも、不倫のことも、どこまでも他人事なのだ。

 一度は心から愛した男性だったのに。どうしてこうなってしまったのだろうと虚しい気持ちになる。


「……わかりました。反省していないのなら、わたしにも考えがあるわ。――伯父さんたち、入ってきて」


 部屋の外に呼びかけると、寝室で待機してもらっていた人物二人が入ってきた。

 顔を上げた健一郎と一花の顔が盛大に引きつった。


「神崎社長!?」

「園長先生!」


 健一郎は椅子から立ち上がると、バッタのようにペコペコと頭を下げた。


「ほら綾乃、はやくお茶を出せ。うちの一番の取引先の神崎社長だ。どうしてこんなところに」

「茶はいらないよ。くつろぎに来たわけじゃないからね」


 伯父と園長はわたしの隣に腰を下ろす。

 健一郎と一花は、まったく状況が呑み込めていないようだった。


「綾乃……神崎社長と知り合いなのか?」

「以前、あなたに言ったことがあるはずよ。神崎未来教育開発グループに知り合いがいるって」

「それは確かに聞いたけど、友達か誰かかと……」

「綾乃は僕の弟の娘だ。子供のいない僕によく懐いてくれた、可愛い姪だよ」


 伯父さんが目を細めてわたしを見る。

 昔からよくかわいがってくれた優しい伯父さん。

 良質な知育玩具を通して教育現場の役に立ちたいと志すようになったのは、伯父さんの影響が大きい。


「卒業後はうちの会社に入らないかと誘ったのに、コネみたいで嫌だと言われてしまってね。僕は綾乃の根性を買っていただけなのに、ふられてしまって残念だった。だから今回、綾乃が頼ってきてくれて嬉しかったよ」

「あの……。園長先生は、どういう……」


 一花が声を震わせながら訊ねると、園長は怒りを押し殺した声で一言だけ発した。


「うちの園の母体は、神崎グループの子会社です」


 園長は当然雇われだ。言うまでもなく一花もである。

 伯父さんはテーブルに肘をついて顎の下で手を組むと、健一郎と一花をかわるがわる眺めた。


「隣の部屋で全て話しは聞かせてもらったよ。君たち二人は、うちの姪をずいぶんと馬鹿にしてくれたみたいだね?」

「あっ。いやっ、それはその」

「健一郎くんの会社は、うちが筆頭株主だった気がするけど、気のせいだったかな」


 健一郎の喉がひゅっと鳴る。額にはいつの間にか脂汗が滲んでいた。


「神崎グループからの援助がなくなったら園は潰れるわ。大竹先生、とんでもないことをしてくれたみたいね」


 さすがの一花も顔を真っ青にして呼吸が浅くなっている。

 健一郎が立ち上がり、勢いよく床に頭を擦り付けた。


「すみませんでした! なんでもします! なんでもしますからお許しくださいっ!」


 すべてをかなぐり捨てた、渾身の土下座だった。


「一時の気の迷いだったんです! これからは一生綾乃だけです!」「産後、綾乃が聡太につきっきりで! 俺と過ごす時間が全然なくなってしまって……っ」


 一連の言葉に片眉を上げたのは一花だった。


「はっ!? どういうことなの健一郎さんっ!」

「一花は黙っててくれ! 今はそれどころじゃないっ」

「聞き捨てならないわ! わたしだけを愛してるって言ったじゃない!」


 言い合い始めた二人に、伯父さんがゆったりと口を開く。


「時間は作るものだよ、健一郎くん」

「社長……」

「綾乃の父から聞いたよ。復職したかったけど、実質ワンオペの状況では無理だと。スーパーのパートなら社割でいろいろ安く買えて家も助かるから、しばらくは自分の人生を夫と子供に捧げようと思う、って」

「うちの会社でパートはどうだと誘ったけど、やはり断られてね。そんな綾乃が唯一頼ってきたことが、不倫のことだったなんて。僕の失望がわかるかね」


 健一郎はうなだれて床を見つめると、ぐっと唇と拳に力を込めた。


「綾乃、どうしたい? 伯父として力になるよ」

「夫とは離婚します。この女とどうなろうが構わないけど、正直気分は良くないわね。――後のことは伯父さんに任せてもいい?」

「もちろん。今まで苦労したね。少し休んだほうがいい」

「ありがとう、伯父さん」


 わたしが椅子から立ち上がると、健一郎の身体がびくりと跳ねた。


「どこに行くんだ綾乃」

「もう荷物はまとめてあるの。……さようなら」

「ここに俺を置いていくのか」


 健一郎が足元に取りすがる。


「待ってくれ綾乃! 俺が悪かったって言ってるだろ!」

「もう決めたの。邪魔だから、どいてくれる」


 構わず玄関に進む。健一郎はまだわめいていた。


「聡太を父親のいない子にするつもりか!」「おまえが働きたいなら、俺が主夫になったっていいから!」

「ねえ、ずっと騙していたの健一郎さん!? 最悪なんだけどっ。私の人生どうしてくれるのよ!」


 外に出て玄関を閉じると、声は聞こえなくなった。

 ――ようやくすべて終わった。

 ドアを背にして空を見上げる。

 雨は上がっていた。


 ◇


 香澄のマンションに聡太を迎えに行くと、三人で和やかにままごと遊びをしていた。英恵ちゃんがネイリスト役で、聡太がお客さん役をやっているようだ。


「終わったのね」


 こそっとした香澄の問いかけに頷く。


「うん。聡太を見ててくれてありがとう」

「英恵、聡太くんと結婚すると言ってるわ。玉の輿よ、喜びなさい」

「うちの将来は安泰ね」


 冗談交じりに笑い合う。

 なんだか重かった身体が軽くなった気がした。


「で、これからどうするの?」

「今までと変わらずに生活していくわ。悪いのはあの二人だもの。わたしが何かを変える必要はない」


 独身時代の貯金があるから、向こう数年の生活には困らない。

 その間に正社員の仕事を見つけて、一つ一つ立て直していくつもりだ。聡太のためならば、コネと言われようが伯父の会社にお世話になることだっていとわない。

 パートをしているスーパーからも正社員の話をもらっているから、そう遠くないうちに生活の基盤は整うだろう。


「この近くにアパートを借りたわ。窓から隣の壁しか見えない、いまいちな物件だけど」


 香澄の言葉を借りた冗談を言うと、彼女はパチっとウインクをしていたずらっぽく笑った。


「あら、悪くないじゃない。見えなくてもいいものが、世の中にはたくさんあるもの」

「ふふっ。まったくだわ」


 大きな窓の向こうには、大きな虹がかかっていた。

 明日は今日よりもいい一日になる。

 そんな予感がした。


(了)


お読みいただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
連載お疲れさまでした。 これからはそれぞれを退職に追いこんで同じ業界に不倫の話を通してから慰謝料養育費を一括で払ってもらってもっと生活をぎちぎちにしてあげましょう(邪悪な笑み 「お前は金の亡者だ」と…
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