第四節
目的の竜族がいる廃城が立つ小山へと辿り着いた彼女たちは、螺旋状に上がる坂を徒歩で歩き進めていた。
「ネネ、疲れてない?おんぶしてあげようか?」
「え?えぇっと、まだ歩き始めたばかりですし・・・大丈夫、ですよ?」
ズイッと顔を近づけてそう尋ねるラメの端正な顔立ちに動揺しながらも、なんとか自分の意志を伝えた彼女にさらに顔を近づけようとラメが一歩踏み出すと・・・
「んっ・・・!」
「ぁたっ・・・!?」
それを遮るように間に滑り込んでラメの顔を押し退けたトウカは、振り返って彼女に抱き着くとその胸に頬擦りする。
「だっ、大丈夫ですか!?――ひゃっ・・・トウカ、くすぐったいよ・・・わわっ」
首筋に当たるトウカの銀髪のくすぐったさで笑みをこぼす彼女、それを羨ましそうに見つめるラメとそんな彼女たちを見つめる男たちの中で、遂にオードが我慢の限界に達したのか声をあげる。
「何しに来たんだ、テメェらっ!!」
「オード、うるさい」
しかしそれはラメの一言に一蹴され、オードは青筋を立てながら握った拳を震わせる。
「てっ、テメェ・・・!」
「「あ、兄貴!おさえてくだせぇ!」」
さすがにいざこざを起こすのはマズいと考えた取り巻き二人に押さえられて怒りを一旦引っ込めたオードは、深く息を吐いてから肩を怒らせながら大股で歩き出す。
「あ、とりあえず歩こっか?トウカ。あの、ラメさんも」
「そうね、いい加減にしないとオードがもっとうるさくなるものね」
彼女の言葉にトウカは頷きで返してから手を握って指を絡め、ラメも素直に従って彼女の歩幅に合わせるようにして歩き出した。
螺旋状の坂道をひたすら歩くこと数十分、ようやく廃城の入り口へと辿り着いた彼女は荒くなった息を整えるために深呼吸する。
「廃城だってのに放つ圧が異常だな、竜族がいるだけでこんな変わるもんなのかよ」
オードが確認するように口にした呟きに、さすがのラメもからかうことはせずに頷いてから口を開く。
「それが竜族というものよ、そこに存在するだけで他者を威圧する・・・ネネは平気?何ともない?」
「すぅ、はぁー・・・えっ、あ!はい、何ともないですよ?」
深呼吸していた彼女は突然声をかけられたことに驚いたがすぐに返事をする、その姿に嘘はないと見定めたラメはホッと安堵の息を吐く。
「マジか・・・この竜族の圧を受けてるにも関わらず、ケロッとしてやがる・・・!」
彼女が本当に何でもないように振る舞っている姿に戦慄を覚えるオードと取り巻きたち、さらにはラメのパーティメンバーであるオクトとクラーも関心を持ったように視線を向ける。
「? えっと・・・?」
視線を向けられている本人は、視線の意図がわからずに疑問符を浮かべていた。
「あっ、そういえばラメさん。一つ聞いてもいいですか?」
遠慮がちに袖を引っ張ってそう尋ねてきた彼女の姿に胸をときめかせながらも、表面上は平静を装って言葉を返す。
「えぇ、いいわよ。何なら一つと言わずに何でも聞いて、私の知ってることなら全て答えるわ!ちなみに私のスリーサイズは・・・」
「ん?」
「・・・それで、聞きたいことって何かしら?」
少し気持ちが昂ってしまったラメの言葉に首を傾げたトウカが声を漏らす、彼女には気付けなかったが凄まじい圧を受けたラメは内心で滝のような冷や汗を流しながら問い掛ける。
「えっと、さっき言ってましたよね?竜族はそこに存在するだけで他者を威圧するって、じゃあトウカも同じなんですか?私には分かりませんけど、皆さんはトウカがりゅっ―――」
「はい、ストップ。その続きはこっちで話しましょう」
彼女の唇に人差し指を当てて言葉を遮ったラメは、男性陣とは少し離れた位置まで彼女とトウカを移動させる。
「? 何してんだ、アイツら?」
「兄貴、ここは黙って見守るのが漢っすよ」
「そうっす、そうっす」
そんな彼女たちに気付いたオードが疑問の声を漏らすが、取り巻き二人が声をかけたことで納得した様子で廃城の入り口へと歩き出した。
オクトとクラーも特に呼び止めたりはせず、微笑ましげな視線を送るだけだった。
離れた位置へと移動した彼女はなぜ移動したのかわからずに首を傾げる、そんな彼女の疑問に答えるべくラメは口を開く。
「まず初めに、トウカが竜族だと気付いているのは私だけよ。彼らは誰一人として気付いていない、そもそも初めて会った時に気付いていたらもっと騒ぎになってるわ」
「そうなん、ですか?」
ラメの言葉に不思議そうに問い返す彼女の小首を傾げる仕草に、ラメは内心で歓喜の叫びを上げながらも表面上は冷静な頷きを返す。
「えぇ・・・っといっても私も深くは知らないんだけど、どうやら竜族が人型を保っている間は圧は霧散するみたいね。でもこの廃城に現れた竜族は本来の姿だから、こうして意図せずして圧を放っているというわけ」
「なるほど・・・あっ、でもギルドの受付をしているルースナさんはトウカが竜族だって気付いてましたよ?」
彼女の疑問に、ラメは微笑みを浮かべながら口を開く。
「あの子は普通の人間とは違う亜人種で獣人だもの。その呼び名の通り、獣としての本能がその娘の存在に警鐘を鳴らしたんでしょうね・・・あとは、貴女のギルドカードに記されていることを読んだからってことも考えられるけど」
最後に付け足された言葉にたしかにと気恥ずかしそうに頬を朱に染めて照れ笑いを浮かべる彼女、その姿にラメは抱き締めたい衝動を必死に抑えながら辛うじて笑みを返す。
「(可愛すぎるわね、この娘・・・何ていうか保護欲?っていうのかしら?こう、守ってあげたいと自然に思えるのよね。はぁー、本当に)・・・食べちゃいたいわね、性的にっ「うおぉっ!!?」――あら?」
「? あれ今、あれ・・・?」
突然聞こえてきた男の叫び声にラメは思考を打ち切って声がした方へと振り返り、彼女はラメが口にした言葉に疑問符を浮かべながらも同じ方向へと視線を向ける。
するとそこでは廃城を囲むようにそびえ立つ塀に取り付けられた城門の前で、尻餅をついて手を振っているオードの姿があった。
「うるさいわよ、オード。何を騒いでいるのかしら、はぁ・・・」
オードたち男性陣の集まる城門前に歩み寄りながらそう口にするラメと、手を引かれる形で共に歩く彼女とトウカは何事かと首を傾げる。
「うるせぇ!俺だって驚いてるんだよ、そこの門触ればわかるっつうの!こんなふうになっ!」
そう叫ぶように声をあげたオードが近くに転がっていた小石を城門へと投げつけると、バチッという音と眩い光が生じて小石が消滅する。
「これは・・・結界ね、それも雷属性の結界のようだわ」
突然の光に目をしばたかせていた彼女は、ラメの口にした言葉に疑問を口に出す。
「あの、結界・・・ってなんですか?」
「結界っていうのは敵が入ってこれないようにする見えない壁、みたいなものかしら?あれには属性を付与することもできて、さらに強固にすることができるの。しかも厄介なのは結界を張った本人、今は竜族になるわね・・・より実力が上じゃないと通り抜けることができない、つまりこの廃城に入ることすらできないってこと」
今度は驚きで目を見開いた彼女だがすぐにハッとして、自身の手に指を絡めて力を強めたり弱めたりしているトウカへと視線を向ける。
「っ?・・・んっ」
トウカが彼女の視線に気付いて顔を上げて見つめ合うこと数秒、考えを読み取ったように頷くと城門へと歩み寄る・・・もちろん、彼女の手を握り締めたまま。
「あっ、ちょっと・・・ネネ!?」
ラメが呼び止める声を上げたことで、城門から少し離れた位置に移動していたオードたちが視線を向ける。
「? 何してんだ、テメェら・・・って、おい!城門に触るんじゃねぇ、怪我じゃすまねぇぞっ!!」
「そうっす!兄貴は『堅牢』の才能を持ってたから軽症で済んだんっすから!」
「お嬢ちゃんたちじゃ丸焦げっす!」
オードと取り巻き二人の言葉に彼女は驚いた表情を浮かべたが、トウカは止まることなくその勢いのまま城門に手を伸ばし―――
「ん」
―――そんな声と共にトンッと触れた瞬間、城門を支えていた金具の軋む音が響いて、重力に従うようにして城門が廃城の敷地内へと大きな音を立てて崩れ落ちた。
「「「――――は?」」」
呼び止めたはずの少女二人によって城門が倒れるようにして壊れたことに、オードと取り巻き二人は間抜けな声が漏れる。
「動くなら動くって言ってくれないと・・・!本当にヒヤヒヤさせられたわよ、まったくもう!」
ラメはトウカの正体を知っているためそこまで驚きはしなかったが、彼女の突然の行動に肝を冷やした様子で愚痴をこぼす。
「・・・ってもしかして、結界が消えたのか?」
成り行きを見守っていたオクトがそう声を漏らすが、隣で腕組みしながらハラハラした様子だったクラーが小さく首を横に振る。
「いや、消えてはいない。だがあの二人が結界を抜けたのは事実だ・・・怪我しなくてよかった」
ホッと安堵の息を吐くクラーに同意するように頷くオクト、しかしあの二人だけがなぜ通れたのかと首を捻る。
「ネネ!その娘を連れて竜族に会いに行って、この結界を解いてきてくれる?方法は任せるわっ!」
「はぁっ!?ラメ、テメェ!何言ってんのか分かってんのか!?アイツらだけで向かわせるとか、自殺行為だろっ!」
ラメの言葉に反論するように大声をあげるオードに、煩いと言いたげな視線を向けながらも口を開く。
「これが今取れる最善の方法よ、それとも何?貴方はこの結界を抜ける術があるっていうの?」
「ぐっ・・・!いや、だがよ・・・」
答えに窮して言い淀むオードを視界の端に捉えながら、ラメは彼女へと真っ直ぐ視線を向けて小さく頷く。
「っ・・・!は、はい!いってきますっ!トウカ、行こう」
「んっ」
それに気付いた彼女はトウカの手を強く握り締めて廃城の中へと足を踏み入れる、ラメはその様子を不安げに見つめながらもたしかな確信を持って見送った――――
―――――〇▲▲▲〇―――――
廃城の中へと無事に乗り込むことができた彼女とトウカは、竜族の元へ向かうために歩みを進めていた。
「えっと、トウカ。こっちで合ってるの?」
「ん」
彼女の疑問の声に頷いて返したトウカを特に疑うことなく、手を引かれるまま歩き続けているととある部屋の前で足を止める。
「ここ?んしょ、っと・・・!」
やけに高さのある扉のために少し苦戦しながらも押し開けることに成功した彼女は、中の様子を確認するとキョトンとした表情を浮かべる。
「? ブルルッ・・・」
中にいたのは目的の竜族ではなく、真っ黒なたてがみを揺らす大きな馬の姿だった。
「・・・馬?」
「ん」
彼女の漏らした呟きに肯定の返事をするトウカ、その姿を確認した彼女はここに何かあるのかな?と考えながら部屋に足を踏み入れる。
「・・・ブルッ」
さすがに馬の言葉は分からない彼女が部屋を見渡してから馬に視線を戻すと、改めて見上げるほどの大きさがある馬の姿に感嘆の声が漏れる。
「ふわぁ・・・大きいっ。こういう品種、でいいのかな?なのかも・・・でもどうしてこんなところに?首輪と鎖で繋がれてるってことは、もしかして他にも誰かいるのかな?」
彼女の呟いた疑問の声に応えるように馬は首を横に振り、トウカもまた同じように首を横に振っていた。
「じゃあここにずっと一人ぼっちなの?・・・っ、んくぅ・・・!と、トウカ・・・この鎖、解ける?」
壁につけられた鎖を取り外そうとしたが思いの外固かったために、少し息を乱しながらトウカにお願いする彼女。
「んっ」
トウカは彼女のお願いに嬉しそうに頷いて答え、取り付けられた鎖に触れた瞬間に首輪も一緒に凍りつき・・・瞬きをした瞬間に氷の結晶となって砕け散る。
「ありがとう、トウカ。さぁ、これでもう貴方は自由だよ」
「ブルルッ・・・ヒヒィッン!」
喜びを表すように鳴き声と前足をあげる馬は、彼女の頬に鼻先を押し付けて頬擦りする。
「わっ・・・ふふっ、喜んでくれてるのかな?どういたしまして」
「・・・」
くすぐったそうに笑みをこぼす彼女が馬の首筋を撫でると気持ち良さそうな鳴き声を上げる、その様子をトウカはジッと見つめていた。
「あっちに行くと入り口があるから、気を付けてね?あっ、外に人がいると思うけど私の知り合いだから大丈夫だよ」
「ブル・・・」
彼女の言葉に頷きながら鳴き声を漏らす馬は名残惜しそうな視線を彼女に向ける、そのことに気付いた彼女は優しく馬の身体を撫でて微笑みを浮かべる。
「ここから出たらまた会えるから、今は外で待っていて・・・ね?」
優しく語りかけられた馬は小さく頷くと何度か振り返りながらも入口の方へと歩き去っていく、その姿を見送った彼女はトウカの手を握り締めて再び歩き出す。
「でも、どうしてここに馬が繋ぎ止められてたんだろ?廃城だから人はいないはず、だよね?」
「・・・ん」
彼女の言葉に小さく頷いて返すトウカは、指で指し示しながら道案内を始めた。
馬がいた部屋から歩くこと数分、トウカの案内の下で目的の竜族の部屋を目指す彼女はふと思ったことを口にする。
「お城なだけあって広いね、私だけだったら迷ってたかも・・・トウカがいてくれてよかったよ、ありがとうね」
そう言って優しくトウカの頭を撫でる彼女に、トウカは気持ち良さそうに目を細めて口元を緩ませる。
「っ!・・・んっ」
「? あっ、もしかして着いたの?・・・ってここは、謁見の間っていうところだよね?」
彼女がトウカから視線を外して見上げると、そこには大きな扉がそびえ立っており・・・豪華な装飾がされていることから、彼女でも一目で気付くことができた。
「でもこんな大きな扉、私じゃ開けられない・・・ぅん?」
彼女の呟きに応えるようにトウカが彼女のスカートの裾を引っ張り、指を差した先には大きな扉の下に切り取られたように設置されている小さな扉があった。
「あ、あそこからなら私も入れそう。それじゃあ、入ってみようか?」
「ん」
頷きで返事したトウカから扉に視線を向けた彼女は、小さな扉を押し開いて奥の部屋へと入り込んだ――――
―――――〇▲▲▲〇―――――
入った部屋の中は薄暗く、暗闇に慣れていない目で手探りで進む彼女は窓から差し込んだ光が玉座が照らしている光景を目にする。
「・・・あっ」
そしてその照らされる玉座の近くで佇んでいる光を反射して黄金色に輝く鱗に覆われた二足で立って腕と一体になった翼を休ませるようにたたみ、槌のようになった尻尾で床を叩きながらブツブツと声を漏らす竜族の姿があった。
『―――勘に従ってきたけど・・・別に何もないじゃない、まさかアタシの勘が鈍った?そんなこと・・・むぅ?』
咄嗟に柱の陰に身を隠した彼女に、トウカは不思議そうに首を傾げながら見上げるように視線を向ける。
「・・・って、なんで私隠れたんだっ――ひゃぁっ・・・!?」
小声で呟いた彼女だが、唐突に隠れる柱に電撃が走って半ばから崩れ落ちる。
『そこに隠れてるのは誰?まさか廃城の中にいた?まるで気配を感じなかったけど、まさか外からは入ってこないでしょうし・・・いえ、この気配』
ズンッと一歩踏み出した黄金の竜族が何かに気付いたように視線を鋭くする中、彼女は突然のことでその場にへたり込んで鳴り響く心臓を落ち着かせていた。
「(びびびっ、びっくりしたぁ・・・!けど柱があってよかった、直撃していたら周りの床みたいに黒焦げに・・・!)はぁ、はぁっ・・・はぁーっ――ふゃっ!?」
深呼吸して気持ちを落ち着かせようと試みていた彼女だが、真後ろで凄まじい地響きと音が響き渡ったために身体を大きく跳ねらせる。
『トウカ?まさかアンタと再会するなんてね、こんなところで何をしてるのよ。もしかしてアンタも勘を頼りにっ―――』
崩れ落ちた柱の影を見下ろすように顔を覗かせた黄金の竜族は、座り込んで驚いた表情を浮かべる彼女と目が合ったことで言葉を失う。
「へっ・・・?え、えぇっと・・・はっ、はじめまして・・・?」
「んっ」
『はああぁぁぁぁっ!!?』
思いもよらぬ存在がいたことに、黄金の竜族は驚きの声をあげた。
至近距離での叫び声に耳を塞いだ彼女は驚きで目をパチパチとしばたかせ、再び上を見上げるとすぐ目の前に迫る黄金の竜族の近さに肩を震わせる。
『なんでここに人間がっ・・・!?いえ、そんなことよりもどういう・・・あぁっ、もうっ!この妙な胸の高鳴り、もしかしてもしかする?』
自身の反応を気にも留めずに独り言のように呟く黄金の竜族に首を傾げていると、彷徨わせていた視線を彼女に戻して口を開く。
『アンタ、名前は?トウカが一緒にいるってことはそういうことなんでしょう?って言葉が分かるとは限らない?いえ、アタシの予想が正しいなら大丈夫なはず・・・!』
「え、っと・・・私は寧々っていいます、言葉は分かりますけど・・・」
「んっ・・・!」
黄金の竜族の問い掛けに彼女が戸惑いながらも返事をすると、トウカも続くように声を漏らして彼女の胸元に飛び込む。
「わっ・・・トウカ?ひゃっ・・・!?もう、くすぐったいよ」
「ん・・・んんー」
彼女の腰に腕を回して抱き着いたトウカが胸元に頬擦りしたことで、彼女はくすぐったさを感じて微笑みを浮かべる。
「っ?・・・ひゅっ」
そんな彼女が不意に顔を上げると、鋭い眼光を向けながら見下ろす黄金の竜族の尊顔があった。
『竜族の言葉を理解している、ということは分かったわ。ついでにトウカが側にいる理由もね、やっぱり思った通りね・・・すぅー・・・取り敢えず、一言いい?’’主君,,』
「ひゃっ、はい・・・っ?あれ?主君・・・?」
黄金の竜族の言葉に萎縮しながら返事をした彼女だが、自身の呼び名に違和感を覚えて首を傾げる。
『トウカだけズルくないっ!?アタシも主君にギュッとされたい、というか頼ってほしい!すんごくっ!』
「えっ、えぇ・・・?」
黄金の竜族の主張に戸惑いと困惑でオロオロする彼女に対して、トウカはムッとした様子で抱き着く力を強める。
「んっ・・・!」
そしてまるで彼女を守るように身体を密着させながら、黄金の竜族に鋭い視線を向けて言葉を漏らす。
『何が私の方が先、よっ!主君を独り占めしようなんて、そうはいかないんだからっ!』
叫ぶように声を上げながら身体全体から帯電し始める黄金の竜族、それに相対するように冷気を吹き荒らしながら竜の姿へと戻るトウカ、そしてそんな二体に挟まれて目を白黒させる彼女というある意味三つ巴の構図が完成した。
「(な、なんだか危ない雰囲気!?どどっ、どうすれば・・・っ、そうだ!)あ、あの!お名前、教えてもらってもいいですかっ!?」
咄嗟に彼女が考えついたこと、それは話題を変えるというものだった。
本来なら竜族がこんなことを気に止めるような存在ではないのだが、彼女が相手となると二体の対応は平時と変わってくる。
『そういえばまだ名乗ってなかった・・・!アタシはエレナ、分類的には金竜かな?雷を扱うことができて、才能はまた別にあって・・・それから、主君に一目惚れしましたっ!血の盟約を結んで番になって!!』
「へっ、え・・・!?」
黄金の竜族こと『エレナ』の告げた言葉を聞いた彼女は突然の告白に頬が熱くなるのを感じて手を当て、トウカはエレナの発言に不満を抱いたように唸り声を上げる。
「とととっ、突然そんなこと言われてもあのその・・・!はっ、そう!もっ、もう血の盟約はトウカと結んじゃってるかっ―――ひぁっ!?」
あたふたと慌てた様子でどうにか返事をしようとした彼女だが、突然感じる浮遊感に驚いた声を上げる。
「ぁうっ・・・と、トウカ?」
彼女の身体に自身の尻尾を巻き付けて引き寄せたトウカは、エレナに勝ち誇ったような表情を浮かべて嘲笑する。
『――っ!喧嘩売ってるなら、買うわよ・・・?』
再び一触即発な雰囲気を纏いだした二体に対し、彼女はどうやって止めようかと思考を巡らせる。
「おっ、落ち着いて・・・!二人とも、喧嘩はダメっ・・・!」
両手を前に出して待ての合図をして声をかける彼女の姿に、小動物が必死に止めようと足掻いているように見えた二体は保護欲を刺激されて落ち着きを取り戻した。
『ごめんなさい、主君。つい熱くなっちゃった・・・』
彼女を床に下ろしたトウカも反省の意を示すように頭を下げる、その姿を確認した彼女はホッと安堵の息を吐く。
「き、気にしてないからいいよ・・・それよりも、血の盟約ができなくてゴメンね?」
彼女がそう言うとエレナが不思議そうに首を傾げたので、彼女もなにか変なこと言ったかな?と首を傾げる。
「ん・・・?」
彼女とエレナが首を傾げあっているのを見て、トウカも同じように首を傾げるというよくわからない光景が生まれた。
『もしかして、トウカは何の説明もしてないの?まぁ、しょうがないか・・・トウカだし。』
呆れたタメ息と共にそう口にするエレナに不満そうに視線を鋭くするトウカ、それを無視してエレナは彼女へと話しかける。
『主君。血の盟約は別に一つだけしか結べないわけじゃないの、複数の竜族と結ぶことができるから・・・アタシとも結ぶことができるのよっ!もっと詳しいことは後で話すとして、まずはさっそく結んじゃう?』
そう告げて顔を寄せてくるエレナに彼女は少し慌てながらも、あることを思い出して一旦待ったをかける。
「(血の盟約を結ぶってことは、トウカとした時のように・・・キス!?――あ、あわわわっ!?)そそ、それはまた後で・・・今は先に結界を解いてもらえます、か?」
顔が熱を持つのを感じつつ胸の前で指を絡めながらおずおずと申し出た彼女の姿に胸を高鳴らせながら、エレナは気持ちを切り替えるように咳払いを一つ挟んでから口を開く。
『んんっ!・・・結界、そういえば張ってたっけ?勘は的中したからもう張っておく必要もないもんね、主君に出会えたんだから・・・っと、はい。これで結界は消えたよ、これで結んじゃう?』
血の盟約を推してくるエレナに、彼女はしどろもどろになりながらもどうにか返事をする。
「こっ、こんなところではできませんっ!ききっ、キスするならもっと人目につかないところで・・・してほしい、です」
恥ずかしさを我慢しながらもどうにか自分の意志を伝えた彼女に、エレナはキュンっと胸を弾ませながらも疑問に思ったことを口にする。
『別にキスしなくても、血を取り込んでさえくれれば・・・はっ!?まさか、トウカ!!』
彼女がトウカとどのようなやり取りの末に血の盟約を結んだのかを察したエレナが声を上げる、トウカは咄嗟に人型に変化すると彼女の背に隠れて顔だけ覗かせる。
「え、えっ・・・?ど、どうかしたの?エレナ」
二体の行動に困惑したように声を漏らす彼女に、エレナはトウカに鋭い視線を向けながら唸り声を上げつつも彼女の問いに答える。
『自分の血を口移しで飲ませるとかっ、なんて羨ましいことを・・・!それならアタシだって主君に口移しする!』
「えぇぇっ・・・!?あああっ、あのそのえぇっと・・・!?」
エレナの主張に顔から火が出るのかというほど赤く染めた彼女が声にならない声を漏らし、トウカはムッとしながらも自身もしたことなので強く言えずに彼女に抱き着くのみだった。
『さぁっ、主君!―――むっ、何か来たわね』
「うぅっ・・・ふぇ?え、あれ?」
エレナが自身から扉へと視線を移したことに拍子抜けした声が漏れ、少し残念に思う気持ちが生まれたことに彼女は疑問符を浮かべる。
しかしその疑問は一旦置いておいて、彼女はエレナの口にした何かに心当たりがあったために声をかける。
「たぶん私達と一緒にここに来た冒険者の方たちだと思うよ、結界を解いてほしいって頼まれたから」
彼女の言葉にふーんと相槌を打ちながら視線を戻したエレナは、どこか不服そうな表情を浮かべて口を開く。
『つまり、頼まれたからアタシに会いに来たってこと?』
「えっ、そういうわけじゃ・・・いやでも、うーん・・・」
エレナの返しに頭を悩ませる彼女の姿に、意地悪だったかなと少し考えるエレナだった。
「たしかに、頼まれて会いに来ましたけど・・・こうして話をしたり、血の盟約を結ぼうとしているのは私の意思ですっ。私自身の素直な気持ちで、エレナと仲良くなりたいって思ってます!」
胸の前で拳を握り締めて真っ直ぐ自身の瞳を見つめながらそう口にする彼女に、エレナは一際胸が高鳴るのを感じて自然と笑みを浮かべる。
『ちょっと意地が悪かったかなと思ったけど、主君の想いが聞けてとっても嬉しい・・・!これなら血の盟約はすんなり結べそう、ふふっ―――チッ、こんな時にっ』
彼女に向けていた微笑みが一変して苛立たしげな表情を扉へと向けるエレナ、そのあまりにもな変化に驚く彼女だが視線の先にあった扉が爆炎で吹き飛んだことでそれ以上の驚きを露にする。
「え―――ひゃぁっ!?・・・ぁれ?」
吹き飛ばされた扉の破片が飛んできて咄嗟に腕で頭を防いだ彼女だが、破片が彼女に当たる前に薙ぎ払うように振るわれたエレナの尻尾で全て打ち払われる。
「あっ、ありがとう・・・エレっ「なんだありゃ?あれが噂の竜族ってやつか」――え?」
吹き飛ばされた扉があった所の砂煙が晴れると、大剣を振りかぶった格好で中を確認して声を漏らす制服姿の少年が立っていた。
「ん?あっ、お前・・・!」
少年は彼女の姿を捉えると驚きと苛立ちを含んだ鋭い視線を向け、彼女もまた突然姿を見せたクラスメイトに委縮したように身体を縮こまらせる。
「今までどこにいやがったんだよっ!こっちでも周りに迷惑かけようってのっ「どいてっ!!」――ぐおぉっ!!?」
怒鳴り声を上げていた匠だが、そんな彼を押し退けるように姿を見せた少女は彼女を確認すると安堵と喜びの表情を浮かべて声をあげる。
「寧々っ!!」
「瑠子・・・!」
姿を見せた幼馴染に彼女は顔を綻ばせて笑みを浮かべ、その表情を確認したトウカとエレナは不機嫌そうに表情を歪めていた。




