第十九節
「まず、ネネは今日からこの建物で過ごしてもらう。そして勇者であるルコ・リク・タクミの三人と共に魔王討伐の旅に同行してもらう、これは冒険者から選抜した護衛という理由だが・・・本来の理由は、言わずともわかっているだろう」
「私が瑠子たちと同じ世界から来たから、ですよね?」
ルアクの言葉に彼女は疑問形で返し、そのことに口元を緩みかけるもすぐに顔を引き締めて口を開く。
「だがすぐに出発するわけではない、早くて一週間以内には隣国に移動することにはなるが・・・それまでは勇者である三人には最低限の実力はつけてもらう、っと言っても残っているのはいわば精鋭だ。目標以上の成果を出せるだろう」
ルアクの言葉を黙って聞いていた瑠子は突然身を乗り出してテーブルに両手を叩き付け、興奮した様子で昂った感情を吐き出す。
「それよりネネと一つ屋根の下って本当っ!?いつもみたいにベッドに潜り込んでいいってことだよねっ!?」
「んなことしてたのかよ、つってもそれは無理じゃねぇか?」
匠の訝しげな発言に不機嫌そうに眉を顰めて真意を問うような鋭い視線を向ける瑠子、それを受けた匠は涼しい顔で視線を彼女を挟むように座る二体の竜族へと向ける。
「主君が寝ているところに潜り込む気?そんなこと許すわけないでしょ、主君の特別はアタシたちだけで十分よ」
「ぽっと出のくせに・・・っ!」
彼女にしなだれかかりながら勝ち誇った笑みを浮かべるエレナに、瑠子は威嚇するように歯と敵意を剥き出しにして鋭い視線を向ける。
「その話はまた後で話し合え。近接を使うタクミとルコは俺が相手をする、魔法を使うリクとルコはアルカが教える・・・それで、アルカは何をしている?」
いがみ合う二人に注意を口にしたルアクが視線を動かした先では、物陰に隠れるようにして身を潜めながら皆の様子を窺うアルカの姿があった。
「わ、私のことは気にしなくてもいいよっ!ささっ、話を続けてよ!」
チラチラッと二体の竜族の動向を確認しながら話の続きを促すアルカ、それに深く追及することなくルアクは視線を正面へと戻したところで彼女が手を上げていることに気付く。
「? ネネ、どうした?」
「えっと、私はその間何をしていたらいいんでしょうか?」
投げかけられた問いに顎に手を当てたルアクは、彼女の左右に座る二体の竜族へと視線を向けてから口を開く。
「ネネは今のままで問題ない、むしろそのままでなければ困る」
「? そうなん、ですか・・・?」
彼女に何かをさせた場合に今はおとなしい竜族がもたらす被害を考えたルアクは、竜族の相手をしておいてもらうために敢えて何もさせないことにした。
もっとも彼女のステータスをルースナから聞き出していたラメからの報告で知っていたルアクは、彼女にもしものことがないように訓練などはさせないと元から考えていたのだが・・・それを口にはしなかった。
「・・・あっ、それともう一ついいですか?」
「かまわん、俺で答えられることならば答えよう」
そのままでいいと言われて首を傾げていた彼女だが何かを思い出したように口を開き、ルアクは頷きと返事をして次の言葉を待つ。
「旅の目的はその、分かったんですけど・・・魔王って何処にいるんですか?すぐに会いに行ける距離にいるんですか?」
「ぬぐぐ・・・っ!寧々に近付けないっ!」
「アンタはそこで指を咥えて見ておくことね、見ることだけは認めてあげる・・・触らせはしないけど、絶対にっ」
落ち着いた様子で質問する彼女の隣ではいがみ合う二人が骨肉の争いを繰り広げているが、そのことは一旦放置してルアクは彼女からの質問への答えを返す。
「我々が今いる此処『サフォット国』が五つの国が集まった大陸の一つというのは知っているな?」
「え、あっ・・・はっ、はい!聞いたことは、ある気がします」
「ふむっ・・・地図は持っているか?」
自身の言葉にぎこちない頷きを返す彼女を目にしたルアクがそう問い掛けると、彼女は少しだけカバンを漁ると綺麗に畳まれた紙を取り出してテーブルへと広げる。
「これ、ですよね?」
「あぁ、この黒く塗り潰された場所を囲うように描かれている円状の大地が『ローガー大陸』だ。そして南に位置する此処が今我々がいる『サフォット国』だ」
テーブルに広げられた地図を覗き込むようにして身を乗り出した面々(彼女の腕に抱き着いている二体の竜族以外)を見渡してから、地図へと視線を落としたルアクは指を指しながら説明をする。
「最も南に位置する『サフォット国』に隣接する東側の国が『ルーラッタ国』、西側の国が『ガリエナ国』だ。東に面する『ルーラッタ国』とは友好関係を築けているが、『ガリエナ国』とは少しギクシャクした関係が続いている」
「ギクシャクって・・・王様が『ガリエナ国』の国王と犬猿の仲ってだけでしょう?外交は和やかに進んでいるじゃない」
ルアクの濁すような言い方に苦言を呈するように割って入るラメ、そのことに咳払いを挟んで受け流したルアクは続きを口にする。
「北東の国が『カスタマフィリア国』、北西の国が『エラエル国』だ。どちらの国も気候が著しく変化していて気温差が極端にある、防寒具は現地調達となるが許してほしい」
ルアクの言葉に彼女は慌てて気にしなくてもいいとばかりに首を振り、その行動に微笑を浮かべながらも続きを口にするために咳払いを一つ挟む。
「そして質問の答えだが、魔王の根城はこの黒く塗り潰された場所にある」
最後に彼女の質問の答えである魔王の居場所を指で示したるアクは、パチクリと瞬きする彼女へと視線を向ける。
「・・・あっ。ま、魔王のいる場所はわかりました・・・けど、瑠子たちの鍛錬が終わったらすぐに向かうんですか?」
ルアクの視線に気付いてハッとした彼女がそう告げると、軽く首を横へと振ってから口を開く。
「いや、すぐに向かったところで封印が施されている。それを解かなければ我々は手を出すことはできない、が魔王もまたこちらに干渉することはできない・・・故に封印の鍵を持つ者に会いに他の国を回り、その過程で勇者である貴様たちには力を付けてもらう」
真っ直ぐな視線を向けられた瑠子と璃玖と匠はそれぞれ思い思いの表情を浮かべながらもしっかりとした頷きを見せ、その様子に満足したように視線を彼女へと戻すと何かを言いたそうに口をモゴモゴさせていることに気付く。
「? どうした、ネネ。気になることがあるならば言え、俺で答えられるなら答えよう」
「あ、えぇっと・・・その、封印の鍵を持っている人って誰かわかってるんですか?」
彼女の問い掛けに「そういえば言っていなかったか・・・」と声を漏らしたルアクは、咳払いを挟んでから答えを口にする。
「鍵の持ち主はいうなれば人ではなく''魔族,,だ、そして・・・もっと正確に言えば、魔族の中でも高い実力を誇る『四天王』たちだ」
「『四天王』・・・ですか?」
ルアクの言葉に不思議そうに首を傾げる彼女を尻目に、眉を顰めた匠が疑問を口にする。
「『四天王』っつうと魔王の側近みたいなもんじゃねぇのかよ、そういやさっき力を付けろって言ってたな・・・つまり『四天王』を倒していけってことか?」
匠の疑問を耳にしたルアクは怪訝な表情を浮かべるが、すぐに何かを思い立ったかのようにハッとしてから口を開く。
「いや、そうではない。たしかに『四天王』たちは魔族だが、むしろ魔王を敬遠している・・・そうだな、少し魔族の事情を説明しておこう」
首を傾げる匠の様子を確認したルアクは、一呼吸置いてから新たな紙を取り出して図を書いていく。
「まずは魔王を崇拝する過激派だ、この国を襲った宰相に化けていたあの魔族がそうだな。ラメの調査では他にもこの国の何処かに潜伏していたらしいが、ネネたちが遭遇して仕留めたと聞いている・・・その最中で不安な思いをしたらしいな」
「あっ・・・い、いえ!すぐにエレナとトウカが来てくれましたから、でもその時に翁草君の左腕が・・・」
ルアクの問いに慌てて問題ないことを伝えた彼女だが、同時に匠に起こったことを思い出して顔を曇らせる。
「あの時はまぁ・・・俺が全面的に悪いしな、竜胆が気にすることじゃねぇよ」
そう告げてもまだなにか言いたげな視線を向けてくる彼女に、匠は視線をルアクへと向けて視線で話の続きを促す。
「ふむ・・・しかし過激派は数で言えばそこまで多くはない、魔族の全体で見れば一割程度だろう。だが奴らが厄介なのは他の種族、特に人間を惑わせて取り込んでいる所だ」
「富や名声、力を欲する者にとっては聞き流せない話だもの。無理もないけれど・・・」
ルアクの言葉に呆れた様子で声を上げるラメに、ルアクもまた深いタメ息を吐きながら少し片眉を上げつつ口を開く。
「だからといって見逃すことはできん、魔族と取引した者は総じて『魔人』となる。そうなれば魂は魔族と深く混じり合い、切り離すことができなくなり・・・その者はその時点で手遅れだ」
ルアクの真剣な言葉に彼女はキュッと口元を固く結び、緊張した面持ちで話に耳を傾けている。
「ともあれ、そういう輩に会うこともあると心に留めておくだけでいい。基本的には魔族が敵対してくることは稀だ、そもそも出会うこと自体が稀ではあるがな」
「その稀が立て続けに起きているけど?」
ルアクの発言に冷静な様子で声を漏らすエレナに、苦虫を噛み潰したように表情を歪ませる。
「それに関してはタイミングが重なったとしか言えん、こちらの事情にネネたちを巻き込んでしまったことは申し訳なく思っている」
「そっ、そのことは魔族の人が原因ですから・・・!ルアクさんが謝るようなことじゃないですよっ!」
軽く頭を下げながら謝罪を口にするルアクに慌てた様子で声を上げる彼女、それに同意するように他の勇者である三人も頷きを見せる。
「まぁ・・・俺としては竜胆と話せるようになったから、悪いことばかりでもねぇけどな」
「私はライバルが増えて困ってるんだけどっ!?」
「うん、尊いね」
三者三様な返事をする勇者たちにルアクは口元を緩ませ、その中心となっている彼女に感謝の気持ちを抱くのだった。
―――――〇▲▲▲〇―――――
話が一段落したことで小さく息を吐いたルアクは、視線をラメへと向けてから口を開く。
「ラメは何か言うことはあるか?」
「そうね・・・ネネの魔鬼馬のクロなんだけど他の魔鬼馬を取りまとめている存在だから、もう少し一緒に過ごさせてもいいかしら?」
トウカの頭を髪を梳くようにして撫でていた彼女は、突然話を振られたことにハッとした表情を浮かべながら頷きを返す。
「あ、はい!クロが嫌がったりしてなければ大丈夫ですよ、たまに会いに行っても問題ないですか?」
「えぇ、それは大丈夫よ。その方が彼も喜ぶだろうし、後は・・・ネネにはゆっくりとしてもらうくらいかしら?」
「あぅ・・・その節は、ご迷惑をおかけしました」
自身の言葉に申し訳無さそうに顔を背ける彼女の姿に、ラメは自然と口元を緩ませて優しげな笑みを浮かべる。
「別に責めているわけじゃないわよ?無茶をしてほしくないという心配からだから、もっとも・・・その心配は杞憂で終わりそうね」
顔を背けていた彼女はラメの言葉を耳にして疑問の表情を浮かべて首を傾げていると、二体の竜族からの抱擁が強まるのを感じる。
「主君はしっかりとアタシとトウカが側にいるから大丈夫よ、だからアンタたちは自分のことに集中することね」
「んー、んっ!」
自身を包むように抱き締める二体の竜族の言葉に、安心感に包まれた彼女は先程のラメの発言を思い出して納得したように笑みを零す。
「たしかにこれなら、無茶なんてできないですね・・・えへへっ」
嬉しさと照れ臭さが混じった笑みを浮かべながらそう声を漏らす彼女に、二体の竜族は無言で抱き締める力を増すのだった。
「俺から伝えることは今はもう無い、故に巡回中の団員の様子を見に行く。貴様たちもしっかりと身体を休め、明日に備えるといい・・・ラメは姫を王の下へと送っておいてくれるか?」
「私はこれからギルドでの仕事があるから無理ね、どうせ団員の様子はラナが見ているでしょうから・・・貴方が送りなさい、そしてそのまま王と姫の警護をしてなさい」
ルアクの頼みを断ったラメはクムナの背を押しつつ彼の側に寄せ、その際にクムナにのみ聞こえるように何かを耳打ちする。
「はっ、はい!頑張りますねっ!」
それを受けたクムナは元気な声を上げて嬉しそうに頬を緩ませ、訝しげな視線を向けるルアクの背をラメが押して建物の外へと追いやる。
「それでは皆様、貴重なお時間を頂きありがとうございました・・・また後日、ネネ様たちの馴れ初めの続きをお聞かせ頂ければと思います」
ドレスのスカートを持ち上げながら優雅に一礼したクムナは、差し出されたルアクの手を取ると王の休む建物へと向けて歩き去っていった。
そんな二人の後ろ姿が見えなくなるまで見守っていたラメは、一つ小さく息を吐くと建物内へと入りなおす。
「? ラメさんもお仕事があるって言ってましたよね?行かなくても、いいんですか?」
再び姿を見せたラメに彼女は疑問の声を上げ、その首を傾げる姿にラメは可愛いという感想を抱きながら口を開く。
「可愛いわね・・・っと、それはいつものこととして。さっきの話はあの二人を一緒に居させるための嘘なの、だからもう外に出る必要はないから・・・今日はここに泊まっていくわね?」
突然飛び出た褒め言葉に頬を朱に染めて恥ずかしそうに視線を彷徨わせる彼女に、内心で確信めいたものを感じていると物陰から自身に向かって飛びついてくる影に気付く。
「ラメも今日泊まっていくの!?だったら一緒に寝ようよ、そうしよう!」
影の正体は先程まで身を潜めていたアルカであり、ラメが滞在することを知ってこれでもかと喜色に満ちた表情を浮かべてラメの腕に抱き着く。
「貴女ねぇ・・・いくら竜族の力が怖いからって、一人で寝られるでしょう?」
「そんなヒドイっ!これでも震えを抑えるのに精一杯なんだよ!?」
「できれば私はネネと一夜を過ごしたいんだけど・・・」
「それじゃあ竜族が側にいるじゃん!やだーーっ!」
やいやい騒ぐアルカに呆れた表情を浮かべながら応対するラメを尻目に、ようやく頬の熱が冷めてきた彼女は騒がしくなっていることに疑問符を浮かべる。
「えっと、何かあったの?」
「別に主君が気にすることじゃないけど、煩いなら黙らせるわよ?」
横目で鋭い視線を向けながら殺気を放つエレナ、それを受けたアルカは情けない悲鳴を上げてラメを盾にするようにして隠れて縮こまる。
「べっ、別にうるさくないから大丈夫だよ?むしろ賑やかでいいと、思うよ・・・?」
「主君がいいならいいけど・・・耳障りだったらすぐに言って、始末するから」
「ほ、本当に大丈夫だから・・・っ!」
再び殺気を放とうとするエレナに慌てて声をかける彼女、トウカは話し合いの途中ですでに彼女の膨らみを枕にして寝息を漏らしている。
「そうだっ!寧々もここで寝泊まりするということは部屋を決めないといけないよね、積もる話もあるし今夜から一緒の部屋で寝ない?いつもみたいにっ!」
二体の竜族が彼女に纏わりつくのを親の敵のように睨みつけていた瑠子だが、すぐに気を取り直してこの後のことを自身の願望マシマシで提案する。
「でも四人で過ごせるぐらい広い部屋があるのかな?」
「うん?」
思案するような声を漏らす彼女に、瑠子はふと違和感を感じて首を傾げる。
「アタシたちは一緒に寝るんだから、二人部屋でもいいんじゃない?」
「あっ、それなら問題ないかな?」
「んんっ?」
エレナの指摘に特に疑問を抱かずに返事をする彼女の姿に、流石に違和感の正体に気付いて声をかける。
「ね、寧々・・・?もしかしてその二人と一緒に寝る、の?」
「え?・・・ぁっ!?いやこれはそのっ、いつもの癖というか!?」
瑠子の問い掛けにキョトンとした表情を浮かべていた彼女だが、問い掛けの意味を理解して顔全体をりんごのように赤く染める。
「むふふっ、つまりアタシたちは主君にとって当たり前な存在ってことね!」
彼女の頬に自身の頬を押し付けながらそう声を上げるエレナに、瑠子は悔しそうに顔を歪ませる。
「えうぅ・・・あっ、そうだ!璃玖も一緒の部屋で寝ればいいんだよ、翁草君も一緒にっ!」
「「はっ?」」
どうにか自身の羞恥を紛らわそうとした彼女は一つの提案を口にして、当然話を振られた男子二名は呆けた声を上げる。
「・・・いやっ、流石に男女別々の部屋の方がいいだろ」
「嬉しい申し出だけど遠慮しておくよ、百合の間に挟まるような無粋な真似はしたくないからね」
「ぁうっ・・・た、たしかに―――ひゃっ!?」
やんわりとお断りの返事をもらった彼女は少しだけ残念そうに眉を下げながら了承したが、その提案自体をしたことに不服な者によって抱き上げられる。
「いくら主君の知り合いだからって、雄を主君との閨にいれるのは感化できないわ・・・主君の提案でもねっ」
抱き上げられたことで見下される形となった彼女は、視線を落とす黄金の竜族から憤りの感情を読み取ってすぐさま謝罪を口にする。
「え、エレナごめんね?咄嗟に考えついたこととはいえ、エレナとトウカへの配慮が足りなかったよね・・・」
ションボリと眉を下げて気落ちした様子の彼女に、エレナは先程まで抱いていた感情を霧散させて強く抱き締める。
「むっ、何もそこまで落ち込まなくても・・・これからは気を付けてくれればいいの、この程度のことでアタシとトウカは離れていったりしないわ」
「――っ!う、うん・・・っ!えへへっ」
エレナの言葉に反射的に俯かせていた顔を上げた彼女は、安心したような柔らかい微笑みを浮かべて、自身を支えるエレナの腕にそっと手を添える。
「まぁ、それはさておき・・・主君にはアタシたち竜族が側にいればいいってことを、再確認してもらわないとね?」
自身の頬に頬擦りしながらエレナから告げられた言葉に、彼女は気恥ずかしさから未だ寝息を漏らすトウカを抱き寄せながら小さく声を零す。
「あっ、うぅ・・・お、お手柔らかにお願いします」
彼女の好意的な返事を耳にしたエレナは口元を緩ませ、彼女を抱きかかえたまま近くの一つの部屋へと歩み寄ると扉を開いて――――
「――って!ドサぐさに紛れて、なに寧々を部屋に連れ込もうとしてるの!?」
「チッ・・・!」
――――入る前に再起動した瑠子が声を上げたことによって未然に阻止をし、そのことにエレナは舌打ちをして悔しそうに表情を歪める。
「えっ、あ・・・あぅ」
その場の雰囲気に流されていたことに気付いた彼女は、熱を持つ頬に手を当てて恥ずかしそうに身を縮こまらせる。
「んっ・・・んんっ?」
彼女に抱き着いたまま眠っていたトウカだが、何度も揺れ動いたことで流石に目を覚まして周りに視線を向けて首を傾げる。
「あっ・・・トウカ、起こしちゃった?」
「んー、んっ」
自身の起床に最初に気付いた彼女からの問いに軽く首を横に振って答えたトウカは、薄く朱の差した彼女の頬を見つめると徐ろに舌を這わす。
「わっ・・・と、トウカ?私の頬になにか付いて・・・ひゃっ」
トウカの突然の行動に疑問符を浮かべて声をかけた彼女が白銀の髪を梳くように撫でると、白銀の竜族はお返しとばかりに彼女の頬へと口付けを落とす。
「んっ、ふふっ・・・トウカ、くすぐったいよ」
「んっ、んっ!」
そう口にしながらも決して離れようとはせずに受け止めてくれる彼女に、気持ちが昂ったトウカはもっと触れ合いたいとその身をさらに密着させるべく動く。
「ちょっ、トウカ!そんなに動いたら危ないじゃないっ、主君にもしものことがあったらどうするつもり!?」
身動ぎしていたトウカは不意にかけられた同族からの注意に疑問符を浮かべ、そこでようやく自身と彼女がソファの上にいないことに気付く。
「? んーっ?ん、んん」
「なんで主君を抱きかかえているのかって?主君との愛を確かめ合うためだけど?」
「あ、あれ?そういう話だったっけ?」
エレナの言葉に少し動揺した様子で口を開く彼女、そしてそれを知ったトウカは不満を表すように眉間にシワを寄せる。
「心配しなくてもアタシの次に主君と愛し合ったらいいわ、別に抜け駆けしようとはしてないわよ」
「んっ」
それならいいとばかりに短く返答するとまた彼女の膨らみに顔をうずめ、トウカからの反対を防いだエレナはやり遂げたように頷く。
「――って、さっきも見たわよこの流れっ!また寧々を連れ込む気なんでしょ!」
「主君のことになると敏感になるわね、あの人間」
大きな声を上げて牽制する瑠子に少しの関心と苛立ちを覚えながら視線を鋭くしたが、不意に抱きかかえている彼女が服を引っ張ったことで意識をそちらに向ける。
「どうしたの、主君?もう待ちきれなくなっちゃった?」
エレナの言葉を聞いて思い出したのか、恥ずかしそうに頬を薄紅色に染めながら口を開く。
「そっ、そうじゃなくて・・・今まで瑠子たちと離れ離れになってたから、ゆっくりとお話したいなって思って・・・いい、かな?」
不安な気持ちを抱きながら上目遣いでエレナを見つめつつ告げた言葉に、エレナは口元を緩ませながら返事をする。
「主君のお願いだものっ、無下にするわけないわ!あっ、もちろんアタシたちも側にいるからね?」
「私としては寧々と二人っきりがいいんだけど・・・っ」
「えっ?エレナもトウカも一緒だよ、ね?」
不安げに瞳を揺らしながら問いかける彼女に、瑠子は断ることはできずに歯を食いしばりながら了承の頷きを返すしかできないのだった。
「どうせなら皆で情報交換したらいいんじゃない?」
というラメの一言に彼女が賛同したことで、先程の話し合いのようにテーブルを囲んでの会話となった。
「私たちは(今は無くなってるけど)お城に召喚されたけど、寧々はどこにいたの?」
「私は森の中に飛ばされて・・・そこで本来の姿のトウカに出会ったんだ、最初はかなり驚いたけど」
「んっ!」
瑠子の問いに少し懐かしさを覚えながら答えた彼女に同意するように声を上げるトウカ、エレナは悔しげに口元を歪ませている。
「アタシが主君と初めに逢っていたら・・・むむむっ!」
「そっ、そこ拘る所なの?どんな形であれ、こうして会えたことは嬉しいよ?」
「それはそうなんだけど・・・っ!主君の初めてを、トウカに奪われるなんてっ!」
「んふーっ」
エレナが悔しさを滲ませながら声を大にして叫んだ単語に、周りがどよめく中でトウカは自慢げに息を吐き、彼女は慌てた様子で声を上げる。
「え、エレナ!?誤解されるようなことは言っちゃダメだよ!?」
「寧々の初めてが、奪われ・・・?つまり私以外と経験、済み・・・っ!?」
彼女の弁明も虚しく、すでに幼馴染の一人は理解するのを拒むように虚ろな目をしてブツブツと何かを呟いている。
「むっ、誤解も何も事実でしょ?初めては奪われたけど、ちゃんとアタシも出来たものね!」
「すでに、二人も先を越され・・・?」
エレナの追撃に処理が追いつかなくなってしまった瑠子は、ソファに沈み込むようにして倒れ込んだ。
「わっ・・・!る、瑠子!?大丈夫!?」
微動だにしなくなった瑠子を心配した彼女が慌てて立ち上がろうとしたが、それよりも早く璃玖が瑠子を抱き上げながら声をかける。
「脳の処理が追いつかなかったみたいだね、瑠子は俺が部屋に運んでおくよ。寧々もその二人とゆっくり休むといいよ、じゃあまた明日ね」
「じゃあ俺もそろそろ寝るか、話はまた後日だな」
そう告げると璃玖と匠は寝泊まりしている部屋へと戻っていき、残された彼女は残った面々を見渡す。
「今日はこれでお開きかしら?ネネのことをもっと知れそうだったのに、残念だわ・・・」
「そっ、そんなに面白い話はないと思いますよ・・・?」
片手を頬に当てて残念そうにタメ息を吐くラメに、彼女は困惑したように口にする。
「別に面白い話じゃなくてもいいのよ?ネネのことを知れるなら、どんなことでも嬉しいもの」
にこやかな笑みを浮かべてそう口にするラメに彼女は気恥ずかしさで視線を彷徨わせ、その姿に微笑ましい気持ちを抱きながらもふと思い出したことを問いかける。
「ところで、初めてを奪われたって・・・貞操的な意味じゃないわよね?」
「ちっ、違いますよ!?た、多分血の盟約のことだと思います・・・だよ、ね?」
尋ねるように顔を向けられた二体の竜族は肯定の意味の頷きを返し、彼女はそのことにホッと息を吐いてからラメに向けて笑みを浮かべる。
「(それはそれで問題だと思うけど、いいのかしら?貞操どころかネネ自身がすでに竜族の手中にあるってことなんだけど・・・)まぁ、ネネが可愛いから問題なさそうね」
ラメの呟きに首を傾げる彼女の両名を眺めながら、アルカは彼女のことになると知能指数が下がるなぁ・・・と、二体の竜族に怯えながらも思考を巡らせるのだった。




