第十七節
「んっ・・・は、ぅっ・・・?」
窓から差し込む日差しによって目を覚ました彼女は、ぼうっとする意識のまま視線を左右に動かす。
そうして自身の膨らみを枕にして規則正しい寝息を漏らすトウカと、隣で自身を抱き締めるようにして身動ぎするエレナの豊満な膨らみの柔らかさを感じて自然と頬を緩ませる。
「――って、そういえば昨日はエレナの言葉と胸で・・・っ」
意識が覚醒してきた彼女は昨夜の出来事を思い出した気恥ずかしさに頬に手を当て、自身の晒した醜態を想起させて身悶えする。
「しかもすぐにトウカも交ざって・・・うぅぅっ・・・」
そこまで思い出して穏やかな寝息を漏らす二体の竜族にムッとしながらも、自身を想っての行動にふにゃっと嬉しそうに頬を緩ませる。
「あっ、今日は王様に会うんだった・・・服装もそれに合わせた物を着たほうがいい、のかな?それよりもラメさんが迎えに来てくれるまでに身だしなみを整えておかなきゃ、服装はラメさんに聞いてみないと」
今後の予定を口にしながら身体を起こそうとした彼女だが、自身の上で眠るトウカと抱き締めるエレナによって身動きが取れないことを思い出す。
「あぅっ・・・えっと、どうしよう・・・無理に起こすのも忍びないし、二人が起きるのを待とうかな?」
まるで起きないための理由を述べているような自身の姿に苦笑しつつ、二体の竜族から伝わってくる心地よい温もりに身を任せるように目を閉じる。
「んぅっ・・・こんなに心地いいと、二人がいないと眠れなくなっちゃうよ・・・」
そんな本音を呟きながらゆっくりと睡魔に身を委ねた彼女は、二体の竜族と同じように穏やかな寝息を漏らし始めるのだった――――
―――――〇▲▲▲〇―――――
パチッと閉じていた瞼を開けた白銀の竜族は埋めていた膨らみから顔を上げ、穏やかな寝息を漏らしながら微笑みを浮かべる自身の主の姿を確認すると口の端を吊り上げる。
「嬉しそうなところ悪いけど、アンタだけの番じゃないんだからね?トウカ」
「っ・・・!ん、んーんんっ」
同じく目を覚ましていた黄金の竜族の言葉に不服そうな声を上げるトウカ、それを意に介した様子もなくエレナは未だ寝息を漏らす彼女の髪に鼻を押し付けて深呼吸する。
「んー、はぁーっ・・・!目が覚めて最初に目にするのが主君で、感じるのも主君が最初だなんて幸せ・・・アンタもそうでしょ?」
「んんーっ・・・ん?」
エレナが言葉を投げかけた先ではすでに彼女の匂いに包まれて意識が朦朧としているトウカがおり、そんな同族の姿を目にしたエレナはわかるとばかりに深い頷きを見せる。
「主君の匂いってなんかこう、惹きつけられる何かがあるのよね・・・っと言ってもアタシたち竜族限定だろうけど、そもそも他の有象無象に主君の匂いを嗅がせるわけないけどねっ!」
得意げに胸を張るエレナに目もくれず彼女へと意識を向けるトウカは、膨らみに顔を埋めながら耳を押し当てて彼女の心臓の鼓動に耳を傾ける。
「んーっ、んんーっ」
「アンタは主君の鼓動の音が好きなのね、落ち着く?へぇ・・・なに?別に奪ったりしないわよ、アタシはどっちかというと主君の匂いの方が好きだから」
エレナの返事を聞いたトウカは安心した様子で聞き耳を立てることに集中する、それを見届けるとエレナも彼女の髪に鼻を押し付けて匂いを堪能し始める。
「・・・(どっ、どうしよう・・・起きるタイミングを逃しちゃった気がする・・・っ)」
二体の竜族の求愛行動を受けている彼女の意識は覚醒していたが、会話の邪魔はしてはいけないと目を開けずに待っていたが恥ずかしさで開けれずにいた。
「(起きてるのはわかってるけど、気付いてないフリして愛でようっと・・・)むふふっ・・・♪」
楽しげな笑みを零すエレナに瞼を閉じながら疑問符を浮かべる彼女、しかしすぐにその疑問は解消される。
「はー・・・むっ」
「――へゃっ!?」
大きく開けた口を彼女へと向けたエレナはそのまま彼女の耳に噛みつき、突然耳に生暖かい感触を受けた彼女は驚きで声を上げる。
「むふっ・・・寝たふりしてることには気付いてたわよ、主君。まさか、耳を甘噛みされただけで飛び起きちゃうとは思わなかったけど」
「きっ、気付いてたのなら普通に声をかけてよ!え、エレナのエッチ・・・ひゃぁっ!?」
エレナの悪戯に頬を膨らませて不満の声を上げた彼女だが、再び耳を甘噛みされたことで声を上げる。
「うぅ、うぅぅー-っ!」
むくれた様子でエレナの頬をつねる彼女に黄金の竜族は口元を緩ませ、鼓動を耳にしていたトウカは早くなったことに疑問符を浮かべて顔を上げる。
「んー?」
「あ、トウカ・・・別に何でもないよ?ちょっとエッチなエレナにお仕置きしてるだけだからっ」
「むしろ耳を噛まれただけで声を上げちゃう主君がエッ「そっ、それもエレナのせいだもんっ!」―――むぎゅっ」
トウカの頭を優しく撫でた彼女は、エレナの発した言葉に頬を朱に染めながら反論して頬をつねって引っ張る。
「んん・・・んっ」
エレナの頬をムニムニと弄ぶ彼女の姿を見つめていたトウカだが、一つ欠伸を漏らしてから上げていた顔を下げて再び膨らみに挟まれつつ寝息を漏らす。
「わ、私が満足するまで頬っぺたをムニムニするからね・・・っ!」
「むもっ・・・どんとこいっ、むにゅっ・・・」
彼女の言葉にむしろ嬉しそうな表情を浮かべるエレナは、彼女の行動を受け止めることで胸中で喜びを感じている。
「むふーっ」
「うぅー・・・っ!えい、えいっ・・・!」
まったく堪えた様子のないエレナにムキになったように頬を揉みしだく彼女に対して、エレナは満足げな表情を浮かべながらもっとと催促するような視線を向ける。
「こ、これぐらいじゃめげないもん・・・っ」
彼女も負けじと頬を揉む行為を続けるが、それがエレナを喜ばせているということには気付かずに自身の体力が尽きるまで続けるのだった。
エレナへのお仕置き(エレナからすればご褒美)を済ませた彼女は、完全に目が覚めた様子でベッドから起き上がる。
「トウカ、トウカ起きてっ」
「んんー・・・?」
自身に抱き着いたまま微動だにしないトウカの肩を彼女が揺すると、眠たげな瞼を開いて二~三度瞬きしてから彼女の顔を見つめる。
「・・・ん、ちゅっ」
瞬間顔を突き出して彼女の唇に自身の唇を当てたトウカは、満足気に口角を上げると再び彼女の膨らみに顔を埋めようとする。
「――って・・・寝ちゃダメだよ、トウカ!起きてっ」
再度眠りに落ちそうになっているトウカを呼び起こそうと身体を揺らす彼女、その様子を眺めていたエレナは横から彼女の顔を覗き込むように身を乗り出す。
「むーっ・・・はむっ」
「ふゃっ!?」
唐突にエレナは彼女の頬を甘噛みするように吸い付き、突然のことに彼女は驚いた声を上げて身を震わせる。
「え、エレナ・・・っ!」
「むふふーっ。さっき主君に頬を弄ばれたからそのお返し、でも主君の身体ってどこも甘くておいしいわね・・・もっと食べてもいい?」
「ふぇっ・・・!?えぇっと、お手柔らかにっ「んーっ!」――ひゃっ!?と、トウカ!?」
彼女を抱き寄せてから耳元でそう囁くエレナに身を委ねそうになった彼女だが、それを阻むようにトウカが声を上げたことで意識がそちらに向く。
「・・・チッ、もう目が冴えたのね」
邪魔されたことにエレナは小さく舌打ちをしてトウカへと鋭い視線を向け、それを受けた白銀の竜族は好きにさせないとばかりに彼女へと強く抱き着く。
「んんー--っ・・・!」
エレナを威嚇するように唸り声を上げるトウカに彼女は困惑しながらも、落ち着かせるために目の前にある白銀の髪を手櫛するようにして撫でる。
「んっ、んふーっ」
「そろそろ準備しないとラメさんが来るとっ「ネネさん、起きていますかーっ!」――ふえっ?ルースナ、さん?」
部屋の扉を叩く音とともに聞こえてきた声に、予想とは違う人物であることに気付いた彼女が疑問の声を漏らす。
「はいっ!ギルドのネネさん専属の受付嬢、ルースナです!今回はネネさんを呼びに来る権利をラメさんから勝ち取ってきました!」
色々と尋ねたいことを口にするルースナに戸惑いを見せながらも、話を理解した彼女は待ち人がすでに来ていることを察して慌てて立ち上がる。
「わ、わかりました・・・っ!すぐに支度をするので、待っていてくださいっ!」
「はいっ、ネネさんの為なら何時までも待ちます!」
扉の先からの元気な返事を耳にしながらトウカをベッドに下ろし、急いで乱れた髪などを整えるために洗面台へと向かうのだった。
手早く身支度を済ませた彼女は二体の竜族に変じゃないかと尋ね、いつも通り可愛いなどの褒め言葉を受けて照れくさそうに笑みを浮かべながらお礼を口にする。
「えっと・・・お待たせしました、ルースナさん」
ゆっくりと扉を開いた彼女はソワソワと落ち着かない様子で立つルースナに声を掛け、彼女の声が聞こえたルースナはぴんっと獣耳を立てて尻尾を大きく振りながら笑顔を浮かべる。
「おはようございますっ、ネネさん!全然待っていないので問題ないですっ、何ならまだまだ待てますよっ!」
なんのアピールだと呆れる二体の竜族を尻目に、彼女は流石にそれは申し訳ないと断りを入れる。
「部屋の前で待っていなくても、ラメさんのところに戻っていてくれてよかったんですよ?」
「ネネさんのお顔を早く見たくてつい・・・(それに戻ったらラメさんがここに来ちゃいますから、出来れば独り占めしたかったんです・・・っ)」
内心で願望を漏らすルースナに気付くことなく恥ずかしそうに頬を朱に染める彼女は、一階で待っているだろうラメの元へ急ごうと足早にその場から歩き出すのだった。
ルースナを引き連れて部屋を後にした彼女は一階に続く階段を降りると、玄関先にある受付の前で腕を組んでそわそわと落ち着かないラメの姿を確認する。
「ラメさん、待たせてしまってすみません・・・!」
「っ・・・!全然いいのよ、ネネ。貴女を待つ時間もそれはそれで楽しいから、それよりも朝食を済ませましょうか」
謝罪を口にする彼女の姿に気付いたラメは、頬を緩ませながら気にしてないと告げて食堂へと足を向ける。
「は、はいっ・・・!そういえば服装はこのままでいいんですか?王様に会うんだったら、もっとふさわしい正装をした方が・・・」
そんな言葉を耳にしたラメは彼女の頭から爪先までをゆっくりと眺め、一つ大きく頷いてから口を開く。
「ネネは何着ても可愛いわね、また今度新しい服を見に行かない?」
「えっ!?ぁ、うぅ・・・し、質問の答えになってないですよ・・・っ」
恥ずかしそうに頬を朱に染める彼女の返しに、思い出したかのような声を漏らしながら返事をする。
「ごめんなさい、ネネが可愛かったからつい・・・それで質問の答えだけど問題ないわ、今回は公の場ではなく王様が個人的にお礼をしたいってだけだから。畏まった服装をする必要はないわよ」
自身の言葉に納得と安堵の息を吐いた彼女の姿にラメは頬を緩ませ、その様子を左右から眺めていた二体の竜族は彼女との密着度を上げる。
「わわっ・・・ふ、二人とも?どうかしたの?」
「んっ、んっ」
「トウカの言う通り、ちょっと主君の体温を感じたかっただけ」
トウカとエレナの主張に特に疑問を抱くことなく受け入れた彼女は、それ以上何も言わずに食堂へと足を踏み入れる。
「あれは信頼しているからなのか、警戒心が薄いからなのか・・・どっちにしろ、ネネにとってあの二人は特別なのね」
「むむむっ・・・!私もいつかネネさんの特別に・・・っ!」
食堂に入る一歩手前でそれぞれの心情を口にしたラメとルースナに対して、彼女は足を止めて自身を見つめる二人に首を傾げるのだった。
食堂で朝食を頼み終えた彼女は、ニコニコと笑みを浮かべて対面に座るルースナへと声をかける。
「えっと、ルースナさんはお仕事は大丈夫なんですか?」
「はいっ!昨日の夜の内に全て済ませておきました、なので問題ありません!冒険者の方々もネネさんたち以外は全員出払ってますから、今は受付に居なくても大丈夫なんですよ」
ルースナの言葉に納得したような声を漏らした彼女は、今が朝食を食べるにしては遅い時間であることを時計で視認する。
「私がお寝坊だったから、他の冒険者さんが居ないんですね・・・」
「むしろ貴女が早く起きていたら他の冒険者が部屋でゆっくりするようにと言うように仕向けていたから、結果的には同じだったわよ?」
テーブルに肘をついて自身を眺めていたラメの言葉に、彼女は不思議そうに首を傾げて疑問符を浮かべる。
「どうしてそんなに不思議そうなのかしら・・・?ネネが無茶しないように配慮するのは、当然だと思うけれど」
「・・・え、あっ!べっ、別に私は無茶なんてしてないので・・・大丈夫、ですよ?」
「倒れた本人が何を言ってるの?」
痛いところを突かれた彼女は「うっ・・・」言葉を詰まらせてバツが悪そうに眉を下げる、そのことに苦笑しながらも彼女には休息が必要だったと内心で呟く。
「とにかくっ!そういうことなので、ネネさんと食事をしていても問題ないんです!」
「な、なるほど・・・あれ?でもルースナさん、トウカとエレナを怖がってませんでしたっけ・・・?」
ルースナの言葉に納得したように頷いた彼女は、左右に座る二体の竜族へと視線を向けてから疑問を口にする。
「ふっふっふっ、そのことなんですが・・・私は気付いたんです!ネネさんが側にいれば、竜族のお二方もヒドイことはできないということにっ!」
得意気に胸を張りながらそう宣言するルースナだが、エレナの鋭い視線に気付いて身を震わせる。
「そっ、そんな怖い顔されたって・・・ネネさんが居れば、問題ありません・・・っ!」
「主君。すこーしこの獣畜しょっ・・・獣人と話があるから、席を外すわね」
「え」
「え、えーっと・・・お手柔らかに、ね?」
「えっ」
彼女の了承を得たエレナはルースナの首根っこを掴むと受付の裏手にある部屋へと向かい、涙目になったルースナは助けを求めるように腕を伸ばすが何も掴めずに部屋へと引きずり込まれていく。
「お料理お持ちしましたー、ってなんだか人減りました?」
「すぐ戻ってくると思うから、そこに置いといてくれる?」
できた料理を運んできた今日の料理当番の冒険者の疑問の声に、いつもの調子で返事をしたラメに促されるまま料理を置く。
「―――みゃあああぁぁぁぁっ!!?」
別室から木霊する絶叫に驚いた表情を浮かべる冒険者はラメへと視線を向け、ニコリと微笑むラメからさらに視線を動かして彼女へと目を向ける。
「あ、あのその・・・今のは、えぇっと・・・」
ゴニョゴニョと言い淀む彼女に微笑ましさを感じながら、いつも側にいる少女が一人少ないことと受付嬢の獣人がいないことに気付いた冒険者は・・・
「それじゃあ私は昼食の仕込みがあるので、ごゆっくりー」
深く追求することを避けてさっさとカウンターの奥の厨房へと引っ込んでいき、その素早い判断に彼女はポカンと呆けた表情を浮かべる。
「料理も来たことだし、先に頂いておきましょうか」
「え?エレナとルースナさんを待たなくて、いいんですか?」
「問題ないわ、きっとそんなに長く続かないでしょうから」
「? そう、ですか?」
再び確認する彼女の言葉に頷きで返すラメを見て、それならと彼女は運ばれてきたサンドイッチへと手を伸ばすのだった。
料理を食べ始めてすぐに姿を見せたルースナは意気消沈しており、続いて姿を見せたエレナは満足そうなやり遂げた顔をしていた。
「あっ、エレナ。もうお話はいいの?それと先に頂きますしてるけど、よかった?」
「アタシは気にしないわよ?あ、でも主君が気になるなら・・・それ一口、あーんってしてくれる?」
「? これ?別にいいけど、エレナもおんなじものだよ?」
「主君のがいいのっ、あーん」
口を大きく開けて待つエレナに向けて自身が手に持つサンドイッチを差し出すと、少し控えめに口に咥えて噛み締める。
「むふーっ、主君の唾液も相まって美味しいわね・・・もう一口」
「っ!ぁっ、そういうこと!?も、もうダメっ!あとは自分のを食べて、ね?」
不満気な声を漏らすエレナに絆されないように顔を逸らした彼女は、その先で期待の籠った瞳を輝かせて自身を見つめるトウカの姿を確認する。
「と、トウカもダメだよ?そんなに期待の籠った目を向けても・・・エレナにはしたのにって、うぅっ・・・一回だけ、だよ?」
「んっ!んーっ・・・むっ、んふー」
エレナを引き合いに出しておねだりするトウカに負けた彼女は自身のサンドイッチを差し出し、それを頬張ったトウカは満足気な雰囲気を纏う。
「わっ、私だっていつかネネさんとあーんをっ・・・唾液交換をっ・・・!」
「あの二人がいるのにそれは難しいと思うけど、ロマンはあるわね」
彼女たち三人のやり取りを眺めながら、耳と尻尾を大きく動かして自身の欲望を漏らすルースナ、それを聞いて無理難題と分かっていても冒険者としての血が騒ぐラメであった。
―――――○▲▲▲○―――――
騒がしい朝食を終えた彼女たちは、元宿屋の隣に建てられた厩舎へと足を運ぶ。
「ここにクロがいるんですよね?」
「えぇ、今は私が乗ってきた馬を合わせて二頭だけね。他の冒険者は基本馬車で移動しているの、極少数は徒歩で向かっていたりするわね」
ラメの言葉に相槌を打ちながら厩舎の中へと視線を向けると、黒く大きな影が彼女の頭上を覆うように現れる。
「ブルルッ!」
「わっ、クロ?おはよう、昨日は顔を見に来れなくてゴメンね?」
彼女の声に反応して姿を見せたクロは気にしてないとばかりに大きく首を横に振り、鼻先で彼女の頬を撫でるように触れる。
「ふふっ、ありがとう。クロも元気そうで良かった」
自身の頬を撫でるクロの鼻先を撫で返しながら安堵の息を吐く彼女に、クロは嬉しそうな鳴き声を上げてさらに強く鼻先を押し付ける。
「わぷっ・・・もうクロ、くすぐったいよ。ふふっ」
「ブルッ」
くすぐったさで身を捩りながらもお返しとばかりに撫で返す彼女に、クロも嬉しさを抑えることなく彼女へと向ける。
「こほんっ・・・再会の喜びを分かち合うのはそのぐらいにして、そろそろ王様の待つ建物に向かいましょうか」
咳払いと共にそう告げるラメに彼女はハッとした様子でクロを撫でるのをやめ、少し不満そうな鳴き声を漏らしつつも厩舎の外へと踏み出して姿勢を低くする。
「それじゃあアタシが先に乗るわねっと・・・はい、主君」
エレナが前に乗ると手を差し伸べて彼女を後ろに座らせ、その後ろに音もなく腰を下ろしたトウカは彼女の腰に腕を回して抱き着く。
「ありがとう、エレナ。クロもすぐに働かせてゴメンね?」
彼女の言葉に気にしてないとばかりに力強く立ち上がったクロは、鼻息荒く大きな鳴き声を上げる。
「ヒヒィンッ!」
「このぐらいへっちゃら、だそうよ?まぁクロは通常の馬や魔鬼馬よりタフだから、あの程度じゃ音を上げたりしないわ」
クロの鳴き声を翻訳したエレナの言葉に大きく頷いて同意を示すクロ、そのことに感嘆の息を吐いた彼女はクロの背を撫でながら口を開く。
「なら、いいんだけど・・・でも無茶はしないでね?」
「んー、んっ!」
「たしかに。むしろそれを言われるのは主君の方だと思うわよ?」
鋭い返しに言葉を詰まらせた彼女は不貞腐れたかのようにエレナの背をペチペチと叩き、その可愛らしい行動に叩かれた本人は満面の笑みを浮かべていた。
「お待たせ、ネネ。少し私の馬の調子が下がっていたから、遅くなっちゃったわ」
厩舎から姿を見せたラメが連れている馬はどこかげんなりと疲弊した様子で、連れ出すのに苦労したのだとラメが口にする。
「えっと、大丈夫なんですか?」
「一応戻ったら長めに休ませてあげるわ。身体的疲労ではなくて精神的疲労の方みたいだから、走ることは問題なさそうだけど・・・何かストレスになることがあったのかしら?」
不思議そうに自身の馬へと視線を向けるラメ、それを受けて申し訳無さそうに頭を下げる馬は視線を彼女が乗る魔鬼馬に向けてから、そっと視線を外して疲れた様子で息を吐く。
「・・・ブルル」
「――っ!?ヒ、ヒヒーン・・・ヒン」
クロの鳴き声を耳にしたラメの馬は驚いた様子で顔を上げて鳴き声を返すが、少し悲しげな様子で自身の主人へと身を寄せる。
「あー・・・何となく察したわ、帰ったらブラッシングをしてあげるからね」
恐らく同じ厩舎に魔鬼馬がいたことがストレスになったのだろうと考えたラメは、戻ったら労ってあげようと心に決めて自身の馬の首筋を撫でる。
しかし実際は魔鬼馬がいたことにストレスを感じたのではなく、魔鬼馬に徹夜で聞かされたネネという自身の主人の素晴らしさという話のせいなのだが・・・それに気付いたものはだれもいないのだった―――――
―――――○▲▲▲○―――――
ラメが自身の馬に騎乗して先導すること数分、チラホラと騎士の姿が増えてきた頃に一際大きな金属のぶつかり合う音が響く。
「? 何の音だろ?」
聞こえてきた音に顔を上げて周りを見渡す彼女に、速度を落として並走するラメが疑問に答える。
「騎士団長の彼が訓練をしてるのよ、少しでも経験を積ませようという考えでね。それにしても彼の集中力と胆力は凄いわね、昨日もあれだけ打ち合ったのに今日もだなんて・・・よほど今回の騒動に間に合わなかったことを気にしているのかしら?」
ラメの言葉に首を傾げていた彼女だが、音の発生源に近づいたところで「あっ・・・!」という声を漏らす。
「たしかに騎士団長さんが槍を振って・・・あれ?あの人、翁草君・・・?」
彼女の視線の先では目で追えないほどの速さで槍を振るうルアクと、その槍を見据えながら大剣を素早く構えて弾く匠の姿があった。
「おらぁっ!」
ルアクの槍を大剣の腹で防いだ匠はすぐさま身体を回転させ、遠心力を使って大剣を横薙ぎに振るう。
「っ―――ふっ」
それを身を低くすることで躱したルアクは鋭い突きを放つ、が匠は大剣を地面に突き刺して跳躍することで回避する。
「そこだっ――ぐっ!?」
「甘い・・・っ」
跳躍した反動で突き刺した大剣を引き抜いた匠はその勢いを使って振り下ろそうとするが、それよりも早く槍を振り下ろしたルアクによって地面に叩き付けられる。
「チッ・・・!まだっ―――」
「いや、一旦ここまでだ」
すぐさま身を起こしてルアクに鋭い視線を向ける匠だが、思っていた反応が帰ってこずに肩透かしを食らう。
「なっ・・・俺はまだっ」
「貴様がまだ戦えることは分かっている、がそれよりも来賓が優先だ」
荒くなった息を整えながらルアクの見つめる方向へと視線を向けた匠は、エレナに手を貸してもらいながらクロの背から降りる彼女の姿を視認する。
「っ、竜胆!」
「? あっ、翁草君。もう訓練はいいの?」
自身の声にいつもの調子で返す彼女に、匠は安堵の息を吐きながら駆け寄ると全身を観察するように視線を動かす。
「ケガとかは・・・してねぇみたいだな」
「え、えっと・・・?」
突然身体を眺められた彼女は恥ずかしそうに困惑した声を漏らす、そのことに気付いた匠は自身の行動を客観視して頬を朱に染めながら慌てて弁明を口にする。
「ちがっ・・・!別にそういう意味で見てたんじゃねぇよ!竜胆が倒れたって聞いたから、ケガとかしてねぇか気になっただけで・・・っ!」
焦った様子で早口にそう告げる匠に、納得したような声を漏らした彼女は自身の状態を伝える。
「ぁっ・・・そう、なんだ・・・ゴメンね、心配かけて。でもケガとかはしてないよ、慣れないことをして疲れちゃっただけだから」
「そもそもアタシたちが、主君にケガをさせるようなヘマなんてしないわよ」
「んっ」
彼女の言葉に続いて声を上げたエレナとトウカは、左右から彼女を挟むように身を寄せて匠に鋭い視線を向ける。
「わっ、二人とも?ってあれ?クロは・・・それにラメさんも、どこに行ったの?」
ここまで案内してくれたラメと自身が乗ってきた魔鬼馬の姿がないことに疑問符を浮かべながら周りを見渡す彼女に、エレナはあぁと思い出したような声を漏らしてから言葉を紡ぐ。
「何でもクロが助けた魔鬼馬たちの落ち着きがないから、助けた本人・・・馬?に宥めてもらおうってことで、あそこの厩舎に連れて行ったわよ?用事が済んだら自力で戻ってくるわ、クロならね」
「そうだったんだ・・・たしかにクロは賢いから問題ない、かな?」
未だクロを普通の馬だと思っている彼女の言葉にエレナは頷きで返し、会話が一段落したのを見計らってルアクが口を開く。
「話はまとまったか?では王が休む建物まで案内しよう。タクミ、貴様も来い」
「あっ?あぁ、そういやそんなこと言ってたな」
ルアクの言葉に大剣を背負い直した匠は、歩き出したルアクに続いて足を動かす。
「私たちも行こっか?トウカ、エレナ」
「んっ!」
「あっ!トウカ、ズルいわよ!アタシも主君と手を繋ぐっ!」
歩き始めた彼女の手を握ったトウカに対抗するように手を取って腕に抱き着くエレナに、彼女は微笑みを浮かべながら目的地に向けて歩みを進めるのだった。




