第十五節
王城の上空で突如魔物の半数が吹き飛んだ様を眺めていた『サフォット国』の大臣・オティディロプは不快感を隠そうともせず顔に出し、苛立ちの籠った声を漏らして眼下の光景を見下ろす。
「もう少しで邪魔な騎士団長と姫を殺すことができたのだが、一体どこの馬鹿だぁ?まぁ気にするほどのことでもあるまい、こちらには万全ではないとはいえ''竜族の血,,を取り込んだこの国の愚王がいるのだ・・・負けるはずがない、ハハハハハハッ!!邪魔な者は全て魔王様復活のための贄となるのだっ!!」
高笑いを上げながら背中から生えた悪魔の翼を羽ばたかせる彼は気付くことができなかった、自身が見下ろす先には決して勝つことのできない絶対者がいることに・・・それに気付いた時、彼には懺悔の時間などなく残酷な死だけが待っているのだということを――――
―――――〇▲▲▲〇―――――
自身の主から一時的に離れて大回りで王城の裏手に来たエレナは、表に比べてかなり手薄なことに呆れた様子で声を漏らす。
「城の城門に広がる魔方陣しか用意していないなんて、頭の周りが悪い下等生物ね・・・む?」
首謀者の思考の低さに嘆息していたエレナは、裏口の扉を開けようと四苦八苦する二人の女性を視界に捉える。
「何をしているの?」
エレナが声をかけると枕を抱えた女性は大きく身体を震わせて飛び上がり、もう一人の女性は勢い良く身体を反転させてエレナを確認すると強張っていた表情を和らげる。
「――っ?・・・ぅへえあっ!?」
「――っ、あら?貴女はネネと一緒にいた・・・」
枕を抱いてゆっくりと振り返った王立魔法教団の長、アスタナ・ルーク・カスタマフィリアはエレナの姿を確認すると目を大きく見開き、『スロー』の街の冒険者ギルドに所属するラメはエレナのことは置いておくとしてすぐに周りへと視線を向ける。
「生憎と主君は一緒じゃないわよ、こっちに来たのはアタシだけよ」
「・・・そう」
エレナの言葉に明らかに気落ちした声で返すラメは、ふと自身を盾にするように背後に立つ友人へと顔を向ける。
「アルカ?なんで私の後ろに立ってるのかしら?あとそんなに強く服を掴まないでくれる?」
名を呼ばれたアルカは引き攣った顔をラメへと向けると焦った様子で口を開く。
「いやっ、なんでラメはそんなに落ち着いていられるの!?今回の騒動の大本よりも遥かにヤバいのがそこにいるんだよっ!?お、恐ろしや・・・」
アルカの言葉と尋常じゃない怯えようにラメは溜め息を吐き、エレナは怪訝な表情を浮かべつつ裏口へと近付く。
「その様子だと、アタシの種族を見抜いてるみたいね」
「いえ、アルカは貴女の種族を見て怯えているんじゃなくて・・・貴女の内にある力を見抜いて、本能的に怖がっているだけよ」
ラメの返事を聞いたエレナはふぅんと興味無さげな声を漏らし、何者も侵入できないように張られた結界を難なく突破して裏口の扉を吹き飛ばす。
「ほら、ラメ!私たちがあれだけ悪戦苦闘した結界を物ともせずにっ、片手間でっ!・・・ってあれ?どうして裏口開けてくれたの?」
エレナの行動に慄いていたアルカだが、むしろ自分たちの手助けをしてくれていることに疑問符を浮かべる。
「・・・それ、うるさいわね」
「ぴぇっ!?」
「アルカのことは放っておいて構わないわ、それより貴女がここにいるということは・・・ネネはもう一人の竜族と一緒にいるのね?」
エレナの苛立ちのこもった視線と言葉を受けて完全に萎縮したアルカはラメの背後に身を隠し、それを特に気にすることなくラメは自身の聞きたい疑問を口に出す。
「答える義理はないけど、主君の役に立つ人間だし・・・そうよ、主君にしかできないことがあるから今は別行動。アタシはどうでもいいけど、主君に頼ってもらえたから今だけは手を貸してあげる。どうせアンタたちは勇者とかを助けに行くんでしょう?」
「そのとおりだけれど・・・もしかしてネネは今、あの黒い竜族のところに・・・っ!?」
ラメが焦ったような声色で口にするのを一瞥することなく、これ以上話すことはないとばかりに裏口から王城内へと足を踏み入れるエレナを追うようにしてラメも内部へと侵入する。
「ちょっと、ラメ!置いてかないでよぉっ!?」
エレナを警戒するように身を縮こまらせていたアルカはラメが動いたことに遅れて気付き、慌てて立ち上がると縋りつくようにラメの腕に抱き着きながら王城内へと入り込むのだった。
王城内へと足を踏み入れたエレナは竜人状態へと変化して迷う素振りを見せずに一直線に謁見の間を目指し、ラメとアルカはエレナに追従するように周りを警戒しながら進む。
「っ!貴様らっ!何者っ「邪魔」――だぎゃっ!?」
道中で見回りをする魔族に遭遇するがエレナがハエを追い払うように片手を振るうと、雷に全身を包まれて助けを呼ぶ前に絶命する。
「・・・さすがは最強の種族ね、魔族がまるで相手にされてないわ」
「・・・ぴぇぇっ、さらに力が増してるぅ」
ラメは竜族の力を目の当たりにして畏怖と感嘆の意思を込めた声を漏らし、アルカは初めて目にした時よりも今のエレナの姿を目にして涙目になって強くラメの腕に抱き着く。
「城の中も手薄だなんて、随分と自分の計画に自信があるみたいね」
「どっちかというと突発的に始めたからだと思うわ、本来はもっと時間をかけるつもりだったようだから・・・」
ラメの返事に城内に入ってからようやく足を止めて振り返ったエレナの問い質す視線に、一呼吸置いてからラメは口を開く。
「王からの定期連絡が数週間途絶えたことから、少し前から王の様子を不審に思っていた騎士団長であるルアクと共に王の近辺を調べていたの。すると色々と出てきたわ、地下の実験室や城の四方に仕込まれた魔法陣・・・そして国宝として保管されていた王が結んだ竜族との友好の証『竜の赤雫』が大臣の手によって持ち出され、洗脳された王へと使われていたことがね」
窓の外へと視線を向けるラメの横顔を眺めながら、王城前で咆哮を上げる黒い竜族の姿を思い浮かべたエレナは納得したような声を漏らす。
「つまりまだ準備段階だったってわけ、どうりで出来損ないみたいな性能だと思った・・・まぁでも、主君が力を使う練習台としては丁度良いわね」
それだけ口にすると再び顔を正面に向けて歩き出すエレナに、ラメは調べていた途中で見た文献を思い浮かべて小さな呟きを零す。
「・・・竜族を従える少女、その力を意のままに操る」
「あれで出来損ないとか本当の竜族ってヤバすぎない!?って今まさに目の当たりにしてるんだった・・・っ!?」
ラメの呟きは慌てふためくアルカの声に掻き消され、誰の耳にも触れることなく空気となって溶けていくのだった。
歩みを再開したエレナが魔族と接敵すること数回、全てを塵へと変えたエレナは目的の部屋の前で足を止める。
「むっ、ここね」
エレナが謁見の間に通じる大扉に掌を当てた瞬間に大扉を支える金具が悲鳴を上げて砕け、支えを失った大扉は部屋の中へと轟音を響かせながら倒壊する。
「なっ・・・!?侵入者だと!?一体どこからっ「五月蝿い」――はぎっ!?」
謁見の間の中央には大きな魔法陣が描かれ、その上に勇者や王立魔法教団の者たちなどが寝かされており、ほとんどの者は魔力を吸い上げられて空っぽになったことで気を失っていた。
「っ!やっぱりうちの団員まで・・・っ!許すまじっ!」
それでもなお魔力を吸い上げようとする魔法陣に憤りを感じて声を荒げるアルカは、枕を抱えたまま魔法陣に近付くとしゃがみ込んで何やら細工をし始める。
「そんな手間をかけるより、吹き飛ばしたほうが早いと思うけど?」
小細工などせずに力でどうにかしようとするエレナに対して、アルカはふふんっと自身に満ちた笑みを浮かべながら口を開く。
「それだとすぐバレちゃうからねっ、魔力の供給を止めて魔法陣だけ動いているようにすれば・・・」
「いずれ魔法陣は自壊する、そうなれば首謀者も慌てるでしょうね」
アルカの話の続きを引き継ぐように声を上げたラメに、自身の言いたいことを察してくれる友人の姿にアルカは嬉しそうに笑顔を咲かせる。
「ふぅん・・・」
そんな二人をぼんやりと眺めていたエレナは外から放たれていた黒い竜族の気配が小さくなっていくのを感じ、視線を上げて王城の上でふんぞり返る魔族を思い浮かべる。
「主君のお願いも果たしたことだし、アタシはもう行くわ。そこに倒れてるのはアンタたちが回収してさっさと離れることね、死にたくなければ」
「あっ、えっ・・・えぇっと、ありがとうっ!君のおかげでここまで安全に来れて、うちの団員も助けられたから・・・っ!」
それだけ言い残すと謁見の間を後にするように歩き去ろうとするエレナの後ろ姿に、慌てて顔を上げたアルカはお礼を口に出してお辞儀する。
「ふんっ、お礼なら主君に言って。主君のお願いがなければ、魔族ごと消し飛ばしていたから」
鼻を鳴らしてそう言い放ったエレナは振り返ったり立ち止まりすることなく、そのまま謁見の間を出ようと足を動かす。
「ねぇ、ラメ・・・あれってツンデレ、ってやつかな?」
「そういうわけではないと思うけど・・・あ」
アルカの言葉に苦笑を浮かべるラメは、不意に入り口付近でこちらに顔を向けているエレナに気付く。
「―――はっ?」
「ぴぇっ」
額に青筋が浮かぶほどの怒気を放ちながら苛立った声色の一言を漏らすエレナに、アルカは綻びかけた口元を恐怖で歪めると枕で頭を隠して視線から逃れるように縮こまる。
「・・・ふんっ」
下らないと言いたげに鼻を鳴らして今度こそ謁見の間を後にするエレナを確認したラメは、涙目になって怯えるアルカを励ますように声をかける。
「彼女にとっては自分の主人たるネネ以外の存在は取るに足らない存在なのでしょうね、だから特別アルカが嫌われているということではないから安心して」
「安心できる要素が全く無いんだけど・・・っ!?はっ!それよりも早くうちの団員と勇者を避難させないと、この『魔法の革袋』に一旦入っててもらおう・・・ラメ、手伝って!」
ラメが言葉を聞いて遺憾の意を示すように声を上げたアルカだが、すぐに気を取り直して手を振るうと少し大きめの革袋が現れる。
「相変わらず、こういう発想とかは優れているわよね・・・これでもう少し融通が利けば」
「それは言わないお約束だよっ!いいから早く詰めて詰めてっ!」
アルカが魔法を使って寝かされている人を持ち上げて革袋に近づけると、まるで吸い込まれるように中へと入っていく。
「容量は百人前後だから、余裕だねっ」
アルカが作った『魔法の革袋』は内部に空間魔法が施されており、それにより見た目では考えられないほどの物を収納することができる。
他にも似たような性能の品物が出回っているが、アルカの手掛けた革袋が一番容量が多く使い勝手がいいらしい。
ちなみにアルカの性格上、実力を認めた者としか会話をしないので王立魔法教団の面々や、ラメといったごく一部にしか浸透していない。
「全員集まったかな?それじゃあ、早く逃げようっ!」
「彼女のことがトラウマになってるわね、実力で言えば彼女が一番だけど・・・どうかしら?」
「ノーサンキュー、だねっ!怖い・・・っ!!」
アルカの言葉に苦笑を浮かべながらも同意するように頷きを返したラメは、革袋を抱えて急いできた道を引き返すのだった――――
―――――〇▲▲▲〇―――――
初めは荒い呼吸を吐きながら必死に足を動かす彼女を心配そうに見つめつつ周りの魔物を氷像に変えていたトウカだが、苦しそうに顔を歪める彼女の様子に我慢の限界が訪れたトウカは彼女をお姫様抱っこして地を蹴る。
「ご、ゴメンね?私も頑張らないといけないのに、トウカに迷惑かけちゃって・・・」
「んっ、んーんんっ」
彼女の言葉に首を左右に振りながら返事をするトウカ、それを耳にした彼女は走ったことが原因ではない赤みを頬に差す。
「あ、うぅ・・・えっ、エレナには内緒だよ・・・?」
「っ!ん、んっ!――ん」
熱を持つ頬を押さえながらそっと目を閉じる彼女に嬉しそうな声を上げたトウカだが、すぐ後ろに迫っている魔物に気付いて不機嫌そうな声色と共に尻尾を振るう。
背後からの奇襲を企てていた魔物が振るわれた尻尾に触れると身体が凍りつき、再び振るわれた尻尾の風圧によって砕け散る。
「・・・っ?トウカ、まだっ―――んむっ」
何もされないことを不思議に思った彼女が疑問を口にしながら目を開けようとしたところで、周りを氷漬けにしたトウカによって唇を塞がれる。
「ん、ちゅっ――んぱっ」
「――ぷぁっ・・・ぜ、全然来ないからどうしたのかと思ったよ。私だけ期待してるみたいで・・・ちょ、ちょっと恥ずかしかったよ・・・?」
恥ずかしそうに頬に手を当てながらそう声を漏らす彼女に胸を高鳴らせたトウカは、もう一度口付けを交わそうと顔を近づけた所で空気を震わせるほどの咆哮を受けて顔を上げる。
「・・・ん」
彼女に向けていた柔和な視線は鳴りを潜めて鋭さを増した視線を前方に向け、顔を引き締めた彼女もまた視線を向けて覚悟を確かめるように拳を握り締める。
「うんっ・・・トウカ、行こうっ」
彼女の言葉をきっかけにその場から駆け出したトウカは魔物の波をものともせずに進み、最後の波を突破した彼女とトウカの姿を視認した黒い竜族は大地を強く踏み締めて威嚇するように咆哮を上げる。
――ゴァアアアァァァァァッ!!
抱えていた彼女を地面に下ろしたトウカは冷めきった視線を向けながら片手を軽く振るう、すると黒い竜族が強く踏み締めた四肢が凍り付いて地面と縫い付けられる。
――ッ・・・!ガァァッ!ゴガッ・・・!?
すぐさま抜け出そうと力を込めた黒い竜族だったが頭上に移動していたトウカが振るった尻尾の一撃を受け、頭部を地面に叩き付けられる。
「んっ!」
「っ!うんっ、トウカありがとう!」
一瞬で彼女の側に帰還したトウカの声に彼女はお礼と共に大きく頷き、完全に消えていない恐怖心を抱きながら足を動かして黒い竜族へと駆け寄る。
――グッ、ガアァァッ!・・・ゴッ!?
近づいてきた彼女に気付いた黒い竜族が大きく口を開けて迫るがすぐさまトウカに顎を蹴り上げられ、その間に黒い竜族の足元まで辿り着いた彼女は迷うことなく鱗に覆われた身体に触れる。
「すーっ、ふぅーっ・・・(力を抜くイメージ、力を抜くイメージ・・・っ)やぁっ・・・!!」
瞳を閉じて深呼吸していた彼女が目を見開いて力を籠めるように声を上げると、目に見えて黒い竜族の覇気が弱まっていくのが確認できる。
「(よ、よしっ・・・これなら―――)ひゃっ・・・!?」
何とか事態を収束できそうなことに彼女が内心で安堵の息を吐いていると、すぐ側に轟音と衝撃が起こって悲鳴を上げる。
「んっ・・・!」
続いて降り注いできた魔力弾はトウカの作り上げた氷柱によって防ぎ、彼女に気にせず力を行使することを促したトウカは彼女の側に寄り添いながら視線を王城の上へと向ける。
「――っ――――っ!」
そこには苛立った表情を隠すことなく晒して悪態をつく魔族の姿があったが、あまりに遠いために聴力の優れていない人間である彼女には聞き取れなかった。
「す、すごく怒ってるような・・・う、うぅんっ・・・気にしちゃダメ、今は私にできることをしないと・・・っ!」
突然の横槍に困惑していた彼女だが気を取り直して黒い竜族に向き直り、再び力を行使すると目に見えて黒い竜族の体躯が縮んでいく。
「・・・っ(もう少しっ、周りのことはトウカがどうにかしてくれるから集中して・・・っ)」
黒い竜族の力が弱まっていることに気付いて焦ったのか、上空からの攻撃の勢いを増す魔族だがそれら全てトウカの作り出す氷柱によって阻まれてしまい、事が思い通りに進まないことに子供のように癇癪を起こしている。
――ゴッ、ガァアアァァァッ・・・アァッ・・・ぅ、あぁ・・・
黒い竜族の姿が完全に消えると赤黒い靄が広がり、その中からこの国の王である男性が姿を見せてその場に倒れ込む。
「せっ、成功・・・した?―――ぅわっ!?」
目の前から黒い竜族が消えたことで緊張が解けた彼女が気の抜けた声を漏らすと同時に、赤黒い靄が彼女の方へと収束していく。
「きゅ、急に何・・・っ!?でもなんだか敵意みたいなものは感じない、それに何かに向かって・・・あっ、もしかしてこのナイっ―――ひゃぁっ!?」
カバンからナイフを取り出した瞬間に赤黒い靄はまるでスポンジが水を吸うようにナイフに吸い込まれていき、全てが集まるとナイフが一度大きく脈動してから何事もなかったかのように静かになる。
「なんだったん、だろ・・・?って、魔族の方はっ「ん?」――トウカ、さっきはありがとう。それで魔族は・・・あっ」
彼女の言葉にトウカは首を傾げて反応し、お礼には嬉しそうに彼女に抱き着いて頬擦りし、そのことに自然と頬を緩ませていた彼女が視線を上げると全てを察する。
視線の先では片翼が焼け焦げた魔族と、それを見下ろす黄金の竜族の姿があり・・・彼女は安心感を抱きながら成り行きを見守りつつそっとトウカを抱き締めるのだった――――
―――――〇▲▲▲〇―――――
オティディロプは眼下で起こった出来事が信じられずに罵詈雑言を上げていたが、一度冷静になろうと髪をかき上げて思考を巡らせる。
「(未完成品だったとはいえ、まさか竜族の力を抑え込む者がいるとは・・・あの愚王の日記に書かれていたことは、事実だったのか?だとするとあの小娘の側にいる俺の攻撃を悉く防いだ白銀の小娘はっ、こうなれば魔物の物量で押し切るか?いや、ここは一度撤退して態勢を整えてあの小娘をっ)そうと決まれば吸い上げた魔力を魔王様の元へ送らなっ『考え事とは、随分余裕ね?』―――が、ぁあああぁぁぁぁっ!!?」
今後の行動の目途を立てたオティディロプが動こうと声を漏らした瞬間に、眩い閃光と共に身を裂くような痛みに襲われたオティディロプは叫び声を上げる。
「ぎっ、ああぁっ・・・!俺の翼がぁっ・・・!くそがぁ、誰だっ!!この俺の邪魔をする、のは・・・っ!?」
見るも無残に焼け落ちた自身の片翼から視線を背後へと向けたオティディロプは、強気な発言は相手の正体を目にすると尻すぼみとなって小さくなっていく。
『威勢だけは一丁前だけど、それだけね。実力も伴ってないし、何より主君に牙をむくなんて・・・万死に値するわっ』
大きな二翼を羽ばたかせながら槌になった尻尾を揺らす黄金の竜族の気迫に、オティディロプは恐怖で冷や汗を流しながら歯を鳴らす。
「お、俺はこんなところで死ぬ男ではない・・・っ!俺は、俺はっ・・・!」
錯乱した様子で声を張り上げるちっぽけな魔族の姿を眺めていたエレナだが、大きな溜め息を吐いてから槌になった尻尾が一際眩い光と雷を纏う。
『あらそっ、なら耐えてみろ・・・アタシの一撃をっ!!』
猛々しい咆哮を上げたエレナの身体は強く帯電し、恐怖で身が竦んでいるオティディロプへと雷神の一撃が振り下ろされる。
『雷神槌っ!!』
ズドンッと大気を震わせる一撃を受けたオティディロプは直下にある王城へと叩き付けられ、遅れて降り注いだ雷によってその身を塵が残ることなく消滅させる。
さらに降り注いだ雷は王城を飲み込んで吹き飛ばし、オティディロプが発動していた魔方陣も欠片を残すことなく消し飛ばす。
それにより魔方陣で呼び出されていた魔物の一切は消滅し、王城を中心に巻き起こった黄金の竜族が放った一撃の風圧は暗雲を吹き飛ばして戦っていた騎士なども吹き飛ばした。
凄まじい一撃を目の当たりにした騎士や救助活動を行っていた冒険者は茫然とし、さらに黄金の竜族が一人の少女の側に降り立ってご褒美をねだるように頭を差し出す姿を目にして誰もが口をポカンと開けるのだった――――
―――――〇▲▲▲〇―――――
自身が倒れないように支えてくれるトウカに感謝の意を伝えると、トウカは任せてと言わんばかりに自信たっぷりに息を吐く。
「んふーっ」
その様子に頬を緩ませながら髪を梳くようにして頭を撫でてから視線を動かし、倒れる老齢の男性を守るように聳える氷の壁に異変がないことを確認してホッと息を吐く。
『―――主くーんっ!!』
「? あっ、エレナ!おつかれさま、すごい一撃だったね」
大地を揺らしながら彼女の側に着地したエレナは擦り寄るように頭を近づけて鼻先を彼女の頭へと押し当て、そんなエレナを気遣うように声をかけた彼女は押し当てられる頭の顎下を撫でる。
『当然っ!だって主君の為だもの、手を抜くなんて許されないわっ!それに、主君に牙を向けたんだからただで済ませるわけないわよ』
消し飛ばした魔族のことを思い出したのか鼻を鳴らして不機嫌そうに息を吐く、そのことに首を傾げていた彼女だが撫でるのはやめずに手を動かす。
「あ、そういえば人の姿にならなくていいの?すっごく見られてる気がするんだけど・・・」
そう口にして周りへと顔を向けた彼女につられて視線を動かしたエレナは、見ることは許さないとばかりに視線を鋭くして殺気を放つ。
『問題ないわよ、主君。いずれバレることではあるし、妙な虫が寄り付かなくなるからっ』
虫?と疑問符を浮かべる彼女にエレナは気にしなくてもいいと告げてさらに強く鼻先を押し付けて頬擦りする、それを不服に思ったのか一度大きな吹雪を起こしてから本来の姿に戻ったトウカが間に割って入る。
「ふぇっ・・・?と、トウカ?わ、わぷっ・・・」
突然の白銀の竜族の行動を不思議そうに見つめる彼女に対して、黄金の竜族は自身の主とのひと時を邪魔されたことに不満を抱いて怒気を放つ。
『トウカ、アンタはさっきまで主君と一緒にいたでしょ?アタシは少しとはいえ離れていたの、わかるわよね?』
『・・・』
チラリと視線をエレナに向けたトウカは何かを言い返すことはなく、ただどこか勝ち誇ったような表情を浮かべて彼女に頬擦りする。
「ん、ひゃぷっ・・・トウカ、くすぐったいよぉ・・・ふふっ」
身を捩りながらもトウカの頬擦りを受け止めて微笑みを浮かべる彼女に、エレナも負けじと彼女に頬擦りするために身を寄せる。
『むっ・・・むむっ・・・』
『っ・・・っ・・・』
競い合うように頭で押し合いへし合いを始める二体の竜族に困惑しながら、トウカとエレナの鼻先を撫でつつ自身が強く想われていることに頬を緩ませる。
「少しいいか?」
二体の竜族のじゃれあいに笑顔を浮かべていた彼女の耳に聞き覚えのある男性の声が届き、そちらに視線を向けた彼女は騎士団長であるルアクの姿を視認する。
「はっ、はい・・・!大丈夫だと、思いますっ」
「そんなに緊張しなくともいい、我が国を救ってくれた恩人に無礼を働くほど我々は愚鈍ではない」
ルアクの言葉を聞いてトウカとエレナが敵視されていないことを察した彼女はホッと胸を撫で下ろす、そんな彼女の様子を確認したエレナは頬擦りするために屈んでいた姿勢を伸ばしてルアクを見下ろす。
『ふんっ、どうだか・・・下等生物は何時だって礼儀を知らず、愚者で厚顔無恥で下らない存在だわ。でも今回は主君に免じて見逃してあげる、だが主君に無礼を働けばそれ相応の対価を払うことになる・・・努々忘れないことね』
「ふむ・・・」
肯定とも否定とも取れない曖昧な返事を漏らすルアクに、エレナはただ見下ろすように視線を向けるばかり・・・先に視線を外したルアクは彼女へと視線を向けて口を開く。
「・・・俺には彼女、で合っているか?が何を言っているのか分からない、貴様は竜族の言葉が分かるのだろう?すまないが翻訳を頼めるか?」
「え、あっ・・・!そうですよねっ、えぇっと・・・」
ルアクからの言葉でハッとした彼女がエレナへ視線を向けると、少しだけ考えるように視線を彷徨わせてから彼女に向き直る。
『それじゃあ、主君。アタシが言ったことをそのまま伝えてね?』
エレナの言葉に頷いて返した彼女はルアクへと顔を向け、耳にする言葉をそのまま伝える。
「う、うんっと・・・『主君を崇めて敬いなさい、それを違えれば貴様らは滅ぼす』―――って!そんなことしちゃダメだよ、エレナっ!?」
しかし口をついて出た言葉に驚いた表情を浮かべてエレナに振り返る彼女、視線の先では当然とばかりに頷くエレナとトウカの姿があり・・・二体の竜族の反応に困惑しながらも、怒らせたのではないかと恐る恐るルアクへと顔を向ける。
「なるほど、心配せずとも彼女を害することは絶対にない。俺が保証しよう、っと言っても竜族の面々は納得しないだろうがな」
気を悪くした様子のないルアクにホッと安堵の息を吐いた彼女は、ルアクの視線が自身から外れて倒れる老齢の男性へと向いていることに気付く。
「礼を尽くす気ではあるが、まずは王を休める場所へと移動させるのが先決だ。すまないが礼をするのは復興が済み、皆に心の余裕が出来てからでも構わないか?」
「へっ、え・・・っと・・・別にお礼が欲しくてしたわけではないので、私たちのことは気にしないでくださいっ」
「それでは我々の気が済まない、先の話ではあるがそれ相応の礼を用意する。楽しみにしておいてくれ、ではまた後でな・・・ネネ」
ルアクはそう口にしてから老齢の男性を抱えてその場を後にし、騎士団へと指揮を飛ばすルアクの背中を眺めながら彼女は苦笑を零す。
「わ、私そんなに大したことしてないような・・・いいの、かな?」
彼女の呟きに激しく同意を表すように首を縦に振る二体の竜族に気付いて、彼女は何とかなるかと考えて不安を吐き出すように息を吐くのだった。




