098:馬鹿に付ける薬は?
「じゃ、明日俺んちに朝十時な」
「了解、よろしくね」
放課後、艦治は良光と別れ、司(まなみ)と共に下校した。
ミニバンに乗り込み、神州丸へと向かう。
≪ママから侵略迷宮攻略中止の連絡来たよ≫
≪うん、僕も穂波さんから掲示板を通して連絡もらったよ≫
艦治はまなみの胸に顔を埋めている。
今日の目的は、ナギに任せていたロン毛男こと飛馬、金髪ギャルこと詩歌のその後の様子を確認する事だ。
元々は土曜日から侵略迷宮を本格的に攻略していく予定だった為、今のうちに雑務を片付けておくつもりだったのだ。
≪二人を連れて訓練用の迷宮にいるみたいだよ≫
穂波と真美は先に二人と面会している最中だ。
艦治とまなみは神州丸へ到着し、医療施設内の適当な個室からワープゲートを使い、穂波と真美の元へと移動した。
「あらぁ、意外と早かったのねぇ。少し休憩してから来ると思っていたわぁ」
真美の口ぶりから、連日まなみと励んでいる事を知られている事を艦治は悟った。
≪仮想空間ですごい事が出来るんだよ! かんちと私を入れ替えて……≫
「そういう話は後でこっそりしてくれるかな!?」
艦治がまなみにツッコミを入れつつ、穂波に稽古をつけられている飛馬と詩歌を見やる。
木刀を持ち、二人掛かりで穂波に向かって行くが、全ての攻撃をいなされた後、穂波に身体を打ち付けられて、また向かって行くのを繰り返している。
≪稽古というよりしつけに近いね≫
「あれで上手になるようには見えないなぁ」
穂波は飛馬に艦治へ、詩歌にまなみと向かい合うように指示を出す。
それぞれに対峙する飛馬と詩歌は、トラウマからなのか、木刀を持つ手を震わせていたが、穂波の合図を聞いてそれぞれ切り掛かった。
≪剣術スキルを持ってないのかな?≫
≪はい、彼らには攻撃系のスキルを持たせておりません≫
二人がスキルショップを利用した際、他の探索者同様初回無料十連ガチャを回しているが、ナギの介入により当たり障りのないスキルしか排出させなかった。
≪初心者って感じだね。これじゃ刃を立たせてないから何も切れないよ≫
艦治とまなみは避けたり、木刀を這わせて捌くなどし、全ての攻撃をいなしている。
真美から艦治とまなみに指示が入り、弱く反撃を入れたり、隙があれば木刀で急所に寸止めするなどし、飛馬と詩歌に力の差を分かりやすく見せつける。
「はぁい、そこまでかしらぁ」
「「ありがとうございました!!」」
飛馬と詩歌が艦治とまなみに対し、声を出してお辞儀をして見せた。ナギの教育と、穂波と真美の指導の成果が出ているようにも見える。
「先日は井尻さんに襲い掛かってしまい、すみませんでした! 身の程知らずでした! お許し下さい!!」
「すみませんでした! もうしません!!」
稽古が終わり、改めて飛馬と詩歌が艦治へ謝罪する。
艦治から見て、二人の謝罪はヤンキーの先輩を怒らせてしまった下っ端ヤンキーのような雰囲気を感じながら、謝罪を受け入れる事にした。
≪ナギ、新しい支援妖精を用意してやってくれる?≫
≪了解致しました。
神州丸に関連する情報を口頭でも電脳通話でも話せないように処置済みですが、記憶そのものを消去する事も可能です。
いかが致しますか?≫
≪記憶の消去って簡単に出来るものなの?≫
≪簡単に出来ますが、副作用が出る可能性もある為、私の権限では艦長許可がないと行えない処理となっています≫
≪そこまでする必要はないかな。このまま解放しても良いよ。
情報が漏れたら漏れたで、後から考えよう≫
≪二人の話を周りがどれだけ聞いてくれるか、ちょっと見てみたい気もするね≫
全員でワープゲートをくぐり、医療施設で医療用ヒューマノイドから飛馬には馬、詩歌には鹿の支援妖精を付けさせた。
二体の支援妖精の表情はバカっぽい顔ではなく、普通の馬と鹿だ。
「人に迷惑を掛けちゃダメよぉ?」
「…………励め」
「「ありがとうございました!! 失礼します!!」」
医療施設の出口で飛馬と詩歌を送り出す。
真美は何かあれば連絡するように二人に言いつけ、穂波は飛馬の背中を力強く叩いた。
飛馬と詩歌は一度も振り返る事なく、早歩きで神州丸の出口へ向かって進んで行った。
「……皆様、ご報告致します。
鹿野飛馬と馬場詩歌両名に付けた支援妖精の目と耳が塞がれました。
現在二人はロープウェイ乗り場でゴンドラを待っている状況ですので、今なら警備ヒューマノイドに確保させる事が可能です。
いかが致しますか?」
ナギの報告に艦治、まなみ、穂波、真美がため息を吐く。
「艦治君、このまま様子を見ても良いかしらぁ?」
「ええ、どうするつもりなのか見てみましょうか。
そう言えば、神州丸の中で見聞きした事を誰にも言えないようにしてあるって事を伝えていませんでしたね」
≪いや、あれだけの目に合っておいてさ、普通神州丸を怒らせるような事すると思わないじゃん? 言えないようにしてあったとしても、話したらヤバいって分かりそうなもんだけどねー≫
穂波は黙って目を瞑っている。その姿は、艦治にはどこか寂しそうに見えた。
「港側のロープウェイ乗り場へ到着しました。周りの探索者から不審がられ、声を掛けられていますが無視しています。
入国管理局を出ました。どうやら買取店の方へ向かっているようです。
国内資本の買取店を通り過ぎました。目的は外資の買取店のようですね。アメリカの買取店へ入りました。
支援妖精を買い取るよう持ち掛けています」
「……本当にどうしようもないわねぇ」




