089:内緒話
≪この人本気だよ。私に嫉妬心を抱かせないように、あえてノーメイクにジャージ姿で来たんだよ。それくらい信用してほしいって事なんだろうね≫
≪……なるほど。さて、どうするかなぁ。
気のせいです、あなたの考えは間違いです、って言うのは簡単だけど、ここまで真剣に正直に話されちゃったらなぁ。
考えもなんとなく理解出来るし……≫
電脳通話で会話するまなみと艦治。雅絵は小さく頭を下げた状態で待機している。
艦治としては、妹の治奈の件まで掴んでいるのであれば、雅絵を自分の手元に置いておくのは有効かも知れないと思い始めている。
元々治奈に関する複雑な手続きについて、雅絵や博務を頼るつもりだったからだ。
≪ナギ、司みたいなヒューマノイドを別で用意する事は出来る?≫
≪もちろん可能です。すぐにでもご用意出来ます≫
≪ちょっと待って。電脳通話でじっくり話を聞きたい≫
艦治は雅絵を仲間に引き入れる方向へ傾いている中、まなみが動いた。
電脳OSを操作し、雅絵に連絡先交換を申し出た。
≪もしもし≫
≪もしもーし。ちょっと信じられないかも知れないけどまなみです。顔と心が連動してなくって何考えてんのか分かりにくいだろうけど、基本的には裏表ない性格だからよろしくねー≫
ぎょっとした表情を見せる雅絵だが、すぐに落ち着きを取り戻し、まなみとの会話に集中する。
≪顔と心が連動しなくなった原因は、もしかしてあの件でしょうか?≫
≪えー? そこまで知られてるの? まぁ良いけど。かんちにはいつか自分で話すから黙っててね≫
≪はい、分かりました≫
≪基本的にかんちと天辺さんとの利害は一致しそうなんだけど、どうしても私は気になるのよねぇ。天辺さんにかんちを誘惑されたら、何しちゃうかちょっと分かんないからさー★≫
≪ええ、まなみ様のお気持ちは理解出来ます≫
≪理解出来るの? 天辺さんってすぐ人のものにちょっかい掛けちゃうタイプでしょう? それが気になるんだよねぇ。山中さんとも仲良さそうな雰囲気が漂ってたしぃー≫
まなみは雅絵が恋愛に積極的であると見抜いており、そこを懸念としている事を伝える。
≪……確かに私は学生時代、多くの男性をとっかえひっかえしておりました。恋人のいる男性でも関係なく手を出しておりました。あいつは人肌のオナホールだと噂されていた事もあります。
ですが、今はそういった軽い行動を取るのは止めております。身体も、業務上の道具として使う事はありますが、気まぐれに年下の男性へちょっかいを掛けるような事は致しません≫
≪そ、そっか……≫
思っていた以上の告白をした雅絵に、まなみが若干引いてしまう。
≪えーっと、司を遠隔操作してかんちの傍にいたいって言うのは、男性型のヒューマノイドなら私が必要以上に警戒しないだろうって意味だよね?≫
≪仰る通りです≫
雅絵が司を遠隔操作する、という申し出については、雅絵本人が艦治の近くにいると、まなみに必要以上にストレスを与えてしまう可能性があると考えたからだ。
司を遠隔操作するのであれば、艦治と性的接触を図る可能性がない、という事だ。
≪で、遠隔操作スキルはどうするの?≫
≪迷宮に籠もって探索ポイントを貯めて、スキルガチャを回します。
遠隔操作スキルが出たら、式部司の使用許可と、艦治様とまなみ様の秘書としてお仕えする事をお許し頂ければと思っております≫
≪私以外持ってるって人の話を聞いた事ないんだけど、取れると思う?≫
≪出るまで探索ポイントを貯めてガチャを回し続けます≫
相当の覚悟を見せる雅絵。まなみから見て、ナギに指示すれば全スキルを自由にインストール可能だという事に、雅絵が気付いているかどうかまでは読み取れない。
≪ナギ、遠隔操作スキルを実装する事は可能?≫
≪可能です。スキルショップに登録し、天辺雅絵の電脳OSに式部司への遠隔操作権のみをへインストールします。
医療用ポッドでのインストールも可能ですが、スキルショップにて任意排出させた方が良いと思われます≫
まなみは雅絵との電脳通話とは別通話で、ナギへスキル実装について尋ね、問題ない事を確認した。
≪うーん、悪くないんだけど、良くもないって言うかー。これ! っていう決め手がないんだよねぇ≫
ナギが日本政府に圧力を掛ければ大抵の問題は解決する事が出来る。
雅絵を自らの陣営に迎えなければならない理由は、現状では特にないのだ。
≪艦治様とまなみ様が新居を構えられる際、土地や建物の売買への口利きが可能です。
治奈様が蘇生された後、周辺住民の目を気にせず生活出来る環境は、艦治様にとっては魅力的かと思われます≫
艦治の自宅はもう十八年以上の近所付き合いがあり、治奈が生き返ったとなると騒ぎになる可能性がある。
治奈の書類上の年齢は十四歳だが、事故に遭ったのは小学校入学前なので、小学生レベルの教育から受けさせる必要がある。
事情を把握している人物の協力があった方が、井尻家としては安心だろう。
≪今挙げたのは、艦治様にとってのメリットとなります。
これからまなみ様のメリットを挙げさせて頂こうと思いますが……≫
雅絵が思わせぶりに言葉を止め、間を開けてまなみを見つめる。
≪何ナニ? 私のメリットって?≫
≪艦治様はとても魅力的な殿方で、多くの女性の視線を集めておられるだろうと思います。
まなみ様はその事に対し、不安を感じられますか?≫
≪そうだねぇ、すごーく感じるよ≫
≪先ほど申しました通り、私は多くの男性の目を引き、多くの男性と関係を持ちました。それだけ魅力をアピールし、男を惹き付けて来たという自負があります≫
≪……殺されたいの?≫
無表情なまなみの目が、わずかに吊り上がったのを雅絵は確認した。
≪いえいえとんでもない。
そんな経験を持つ私が、殿方を夢中にさせ、自分から離れられないようにする術を、まなみ様にお教え致します≫
≪具体的には?≫
≪殿方がどうすれば喜ばれるか、どうして欲しいと思われているか、数々の殿方をベッドの上で喜ばせて来た実績をもって、まなみ様に伝授致します。
この房中術があれば、艦治様が他の女に盗られる事などないでしょう≫
≪合格!!≫
こうしてまなみが陥落した。




