086:内緒話
「何の話してんだ?」
「……ちょっと僕からは言えない」
「ん? 何の事だい?」
「何だろうねぇ~」
昼休み、学食で良光と艦治と亘と恵美が昼食を摂っており、司(ナギ)は同席しているだけで食事はしていない。
少し離れた席で、望海が良光に背を向けて座っており、時折息を呑む声や、足をバタバタさせる音などが聞こえて来る。
現在、自宅にいるまなみと望海が電脳通話で会話しており、排卵抑制手術についての説明をしているところだ。
「まぁ望海も気になるけどよ、お前もめちゃくちゃ気になんだけど」
「お前とはずいぶんな言い方だね。僕の事は亘と呼んでくれたまえ。
僕も君の事は艦治君に倣って良光と呼ばせてもらおう」
今朝、艦治と仲直りを果たした生徒会長、亘が学食にいる艦治を見つけて同席を願い出たのだ。
艦治としては亘に対して全く思うところがないので、快く同席を認めた。
「何で艦治が君付けで俺は呼び捨てなんだよ」
「……何となくだ」
無意識に艦治を君付けで呼んでいた亘だが、理由は特になかったらしい。
「僕の事も呼び捨てで良いよ。僕も亘って呼ばせてもらうから」
「分かった、……艦治」
きゃーーー!!
笑い掛ける艦治に微笑む亘。二人のやり取りを見守っていた周囲の女子生徒が黄色い声を上げる。
恵美はそんな女子生徒達を敵に回さない為に、黙々とうどんを啜っている。
≪まなみさん本体を転校させて来るべきだったんじゃねぇか?≫
≪僕もそう思うけど、今からだとちょっとややこしくなっちゃう≫
これ以上腐女子にエサを与えないように、良光と艦治が電脳通話で会話する。
二人が急に黙ったのに気付いたが、亘はまだインプラントを入れていないので口で会話するしかない。
「周りの目が気になるなら、昼休みは生徒会室で過ごすかい?」
「いや、そこまでじゃないよ。
それに、これくらい気にならないくらい鈍感になろうって決めたからね」
艦治は問題ないと答える。
「生徒会室を私用で使おうだなんて言うイメージなかったんだが」
「そういう周りが作るイメージに、自分を合わせてたのに艦治が気付かせてくれたんだ」
良光が言うイメージの亘とは、真面目で几帳面で皆の為に努力する、まさにザ・生徒会長と言ったものだった。
「艦治と仲良くなってなかったら、インプラントも入れようなんて思わなかったかもね。
うちは両親共に入れていないし」
「でも、手術を受けるなら親の承諾書がいるぞ? まぁ成人するまで待つって手もあるが」
「いや、ちゃんと自分の考えを伝えてみるよ。入れるなって直接言われた訳じゃないし、話してみれば賛成してくれるかも知れないしね。
まぁ誕生日はもう少し先だから、もし反対されてもゆっくり説得するさ」
亘は学校だけでなく、自宅でも求められた息子像を演じていたのかも知れないと、艦治は思った。
「誕生日はいつなの?」
「夏休みの後半だよ。八月十九日」
「そっか、じゃあタブレットの連絡先を教えておいてよ。
インプラント入れたら迷宮で一緒に訓練しようよ」
「本当かい……?」
亘は艦治自ら誘ってくれるとは思っておらず、少しびっくりしている。
艦治は教えてくれて当然だ、という態度に抵抗しただけであり、友達に対して教えてあげようと思う気持ちはちゃんと持っている。
しかし、そんな艦治の好意に対し、良光が待ったを掛ける。
「あー、止めとけ。こいつはちょっとレベルが違い過ぎて着いて行けん。
俺が知り合いに頼んでやるよ」
良光は亘を正義に会わせようと考えていた。良光も良光で、面倒見が良い方だ。
「そうか、それはありがたいよ」
≪説明しゅーりょー! いやぁ、怒られちゃった≫
良光が亘に<恐悦至極>でどんな訓練をしているか説明しているのを聞いていると、艦治へまなみから電脳通話が入った。
≪蒼井さんに怒られたの?≫
≪そうそう。説明自体はありがたがられたんだけど、こんなに人が多い場所でそんな話しないでよって怒られちゃった≫
≪……怒られたって事を僕に言ったのがバレたら、また怒られるんじゃない?≫
≪あはは、内緒にしといて≫
艦治がさり気なく望海の方に目をやると、うなじが真っ赤になっているのが良く分かった。
「えぇ……」
恵美が小さく狼狽えるような声を漏らす。
「藤沢さん、どうかしたのかい?」
気付いた亘が恵美に声を掛けるが、恵美は何も答えず小さく首を振るのみ。
艦治は望海経由で排卵抑制手術の件を聞いたのだと悟った。
「……今日神州丸行こっかなぁ」
「ん? 藤沢って積極的に探索してる感じじゃねぇよな? 何かあんのか?」
「うん、ちょっとねぇ」
良光の問い掛けに、曖昧に返事をする恵美。
そんな二人の元に、食事を終えた望海がやって来た。
「良光君、今日神州丸に恵美も連れて行きたいんだけど、良い?」
「もちろん大丈夫だけど……」
良光が艦治の顔を見る。
≪何が起こってんだよ≫
≪僕に聞かないでほしいし、聞いたとも言わないでほしい≫
良光が艦治と電脳通話で話していると察した望海が、良光の頭をぽかりと叩く。
「って!? 何だよ一体……」
「何でもない!!」
顔を真っ赤にしている望海を見て、艦治は気まずい思いをするのだった。
≪望海ちゃんはそれほど重くないけど、恵美ちゃんは重いから早く手術したいんだってさー≫
≪いやだから僕に言わないでくれる!?≫




