085:登校
艦治とまなみは一度、それぞれの自宅へと戻った。
そしてまなみは司を遠隔操作して、ナミが開けたワープゲートをくぐり、艦治の家で合流して、玄関から出てミニバンへと乗り込んだ。
「望海ちゃんにも教えてあげなくっちゃだね!」
司が艦治の腕に抱き着いて、望海に良い情報を教えなければと意気込んでいる。
「生理の話なのか仮想空間での話なのか、どっちの事を言っているのか分からないけど、その顔と身体で言うのは止めてあげてね……」
ちなみに、ナギは一般探索者に仮想空間へのアクセスを一部制限しているので、艦治とまなみのように恋人と無制限に触れ合う事は出来ない。
フルダイブ型のVRゲームは発売しているが、日本の法律の整備が出来ていないので、性的な行為を伴う接触は出来ないのが現状だ。
「んー、じゃあ電脳通話で聞くー」
「いや、今隣に良光がいたら可哀想でしょ。昼休みにまなみから電脳通話掛けて教えてあげれば?」
時間的に良光と望海も車に乗って学校に向かっている時間帯だ。隣に付き合いたての彼氏がいる状況で、生理がなくなる、避妊具が必要なくなる、などの生々しい話を聞かせるのは少し可哀想である。
「そうかな? 女の子は誰でも生理なんて……。
かんち、天辺さんが放課後時間欲しいって言ってるんだけど断って良いよね? 私達の大事な時間に割り込もうなんてそうはいかないんだから!!」
司の電脳OSに雅絵から着信が入ったようだ。
「要件は何だろ。一昨日のあのおじさんの件は問題ないって伝えてあるもんね?」
探索者累計ランキング一位のルーエンスと二位のダートンとの顔合わせが終わった後、天辺商事グループの人間が接触して来た件については、天辺商事に雅絵を通じて、気にしていないので謝罪は不要であると伝えている。
「絶対かんちの身体目的だよ! あの人、一緒に来てた山中さんとも付き合ってたみたいだし、元カレの前で幼気な高校生を誘惑しようとするビッチだよ!!」
「え? 山中さんと付き合ってたなんて何で分かるの?」
「女の勘!! ナギ、あの二人の関係探れる?」
何もそこまでする必要ないだろう、と思う艦治だったが、意外にもナギはすぐに回答を寄越した。
「まなみ様が仰るように、あのお二人は学生時代、男女の仲にあったようです」
「……いつ分かったの?」
「電脳通話を介した会話は全て、私の監視下にあります。
あの日もお二人を前にして、電脳通話でやり取りしながら話を進めておりました」
電脳OSを用いた全ての通信ログを、ナギは閲覧する事が出来る。ナギに隠し事をする事は不可能に近い。
「なるほどなぁ。
あ、じゃあ天辺さんの今回の訪問の目的は分かる?」
「いえ、彼女の上司には艦治様とまなみ様と面会する必要がある、という出張申請をしているのみで、具体的に何を話すつもりかまでは把握しておりません」
ナギとしても、誰かに話したり教えたりしていない情報までは探れないようだ。
「断っても良いよね? 良いよね!?」
艦治としては、雅絵と会う事が自分にとって重要な意味を持つとは思えない。
が、仮想空間で艦治がまなみのアバター姿になり、自分自身の姿をしたアバターに抱かれるという何とも表現し難い不気味な予定が少しでも後ろ倒しに出来るのなら、会っても良い気がしてきている。
「……、いや一応会っておくべきだと思う。
ここで断ってしまうと、日本政府を敵に回しても問題ないだけの力を持っていると勘繰られる可能性がある。
それに、大学進学で口を利いてもらっている状況だし、あんまり無碍には出来ないでしょ」
「うぅぅぅー……、分かった。放課後どこで会う? やっぱ神州丸?」
「いやいや、僕らが神州丸内の空いてる部屋を自由に使えるのもおかしいでしょ。
向こうが会いたいって言ってるんだし、向こうに用意してもらえば良いんじゃない?」
艦治と会話しながら、まなみが司の電脳OSを経由して雅絵に返事をする。
「うぇ、ホテルの部屋を取るって。絶対かんちの身体目的でしょ!」
「いやいや、ホテルで会議室とか応接室とか取れるでしょ。問題ないんじゃないかな。
仮に変な空気になったとしたら、さっさと帰れば良いんだから」
渋々まなみが雅絵に了承の返事をしたタイミングで、高校の校門前に車が到着した。
艦治と司が車を降りると、周囲の視線が一斉に二人に集まった。
≪未だに慣れないなぁ≫
≪無視すれば良いんだよ。気にしなければどうって事ないよ≫
周りの視線を気にせず校庭を歩いていると、昨日会ったばかりの人物が声を掛けて来た。
「井尻君、ちょっと良いかな?」
「千石生徒会長」
「……止めてくれ。千石で良い」
亘が苦虫を潰したような表情を浮かべる。
その顔を見て、艦治は話を聞く事にした。
「昨日は済まなかった。君の言う通り、君が全校生徒を前にして講演会を開くべき義務なんてものはなかったんだ。
僕も生徒会長として頼られて、君に講演会を開くよう働き掛けるのが当然だと思い込んでいた。
今考えると、周りが期待しているからという理由だけで随分余計に働かされたもんだと気付いたよ。
君のお陰でその事を自覚出来た。ありがとう」
亘が艦治に頭を下げようとしたので、艦治はそれを止めた。
「同じ学校の生徒なんだから、気にする必要はないよ。
千石君は僕の意見を受け入れて、考えを改めた。それで良いじゃん」
「……ありがとう。
良ければだけど、これから仲良くしてほしい」
きゃーーー!!
亘が差し出した右手を艦治が握ると、見守っていた女子生徒達が黄色い悲鳴を上げた。
≪かんちの周りってどうしても腐臭が漂うよね≫
≪良いシーンなのに茶化さないでよ……≫




