075:校長室にて
「今呼んでおりますので、もうしばしお待ち下さいませ」
「ありがとうございます」
「すみません、突然お伺いしましたのに」
「いえいえ、とんでもございません」
放課後、校長室の応接ソファーで、校長と向かい合って男女二名が笑顔を浮かべて座っている。
≪うちのアポに無理矢理相乗りしてんだから待つのは当然だよなぁ?≫
≪うるさいわね、黙ってなさいよ!≫
訪問者である二人はインプラントの埋入手術を受けており、校長との会話とは別に電脳通話で個人的なやり取りを繰り広げている。
コンコンコンッ
「お、来たようですな。
入りたまえ!」
校長が応答すると、扉を開けて英子が艦治と司(まなみ)を連れて入室した。
「遅かったじゃないか! お客様がお待ちだぞ!!」
英子達三人に向けて怒鳴る校長を他所に、ソファーに掛けていた男女が勢い良く立ち上がり、三人へ頭を下げる。
「お時間を頂きましてありがとうございます。
私は文部科学省大臣官房人事課所属、山中博務と申します」
「突然の訪問をお許し下さい。
私は内閣国家安全保障局迷宮対策室所属、天辺雅絵と申します」
校長が呼んでいるとだけ聞いてここまで連れてこられた艦治は、二人の肩書を聞いて呆気にとられる。
「おい、君も名を名乗らんか! キャリア官僚を前に無礼ではないか!!」
≪こいつ邪魔≫
≪分かってる≫
「校長先生、すみませんが退出願います。
これから井尻さんと式部さんと国家機密が含まれるお話をせねばなりません」
「はぁ……、はぁっ!?
しかし、ここは私の部屋なのですが……」
≪使えないわね、ホント≫
≪理事長に報告しとくか≫
「では小笠原先生、どこか別の部屋へ案内して頂けますか?」
「えーっと、分かりました。では少し狭いですが進路指導室へ……」
ようやくこのままではまずいと気付いた校長が、慌てて立ち上がる。
「分かりました! 私は職員室で待機しておりますので何かございましたらお声掛け下さい!!」
校長は艦治と司を睨み付けながら、校長室を出て行った。
「お待たせして申し訳ございません。
どうぞ、こちらへお掛け頂けますか? あ、これは私の名刺です。先生もお受け取り下さい」
三人にソファーへ座るようすすめ、自分の名刺を差し出す博務と、それに続く雅絵。
「どうも、ご丁寧にありがとうございます」
「どうもー」
艦治が受け取った雅絵の名刺を司が奪い、二つ折りにしてポケットに仕舞う。
突然の仕打ちに対し、雅絵は思わず博務の顔を見やる。
≪……どういう事?≫
≪知るかよ≫
「それで、この二人にご用というのは?」
英子が代表して質問すると、博務がただの教師である英子を前に、重要な個人情報を含む話をするかどうか少し迷った。
博務が作ってしまった隙を突き、雅絵が先に話を切り出す。
「井尻艦治さんが迷宮攻略において神州丸から非常に期待されている事を考慮し、日本政府として井尻さんのお力添えが出来ないかと思い、今日お時間を頂いた次第です。
端的に申しますと、あなたに円滑な探索活動を行って頂く事が、国益に繋がると判断しております。
取り急ぎ、先日被られた報道陣からの迷惑行為などを未然に防ぐ為、ご自宅周辺を警察官に巡回させるよう手配致しました。
その他、どんなご要望でも構いませんのでお聞かせ願いたいのです」
雅絵が前屈みになり、わざとボタンを外しておいたブラウスの胸元を艦治に見えるようにし、わざとらしくアピールする。
≪分かりやすい手だな≫
≪落とせばこっちのものよ、あの頃のあなたみたいにね≫
雅絵の行動を受けて、司が艦治の目を塞ぎ、雅絵を睨み付ける。
「私からの要望は一つだけです。かん、じ君に近付かないで下さい」
「……失礼。あなたは井尻さんとどういったご関係で?」
改めて雅絵が司の顔を観察する。良く見ると、艦治と良く似ている顔付きである事に気付く。
「私……、僕は、神州丸から派遣された艦治君の警護官です」
「えっと、間違っていたら申し訳ないのですが、もしかして……、ヒューマノイド?」
「ええ」
「ひっ……!?」
司の返事を聞いて、雅絵の背中に冷や汗が流れる。
≪あーあ、やらかしたな≫
≪……もしかして知ってたの!?≫
≪もちろん。彼を日本人としてこの学校に転入させたのは俺だからな≫
≪そんな大事な事は先に言いなさいよ!!≫
≪俺が井尻さんにご機嫌伺いする前に独断専行したお前が悪い≫
黙ってしまった雅絵。睨み付ける司。目を塞がれたままの艦治。そして艦治と司の様子を窺う博務と、居心地の悪そうな部外者の英子。
「えーっと、とりあえずブラウスのボタンを一番上まで閉めてもらえますか?」
「あ、はい」
艦治の言葉を受けて、雅絵が気不味そうにボタンを閉めた。
そしてようやく司の手が艦治の両目から離された。
「婚約者がいる男性に色目を使うなんて、信用に値しませんね」
「……申し訳ございません」
司の批判を受け、雅絵は平謝りするしかない。
「ところで、彼が望んでいる事を可能な限り叶えるのが国益になると仰いましたが、それについては本当でしょうか?」
「もちろんです! 可能不可能は別として、ご希望を仰って頂ければ実現に向けて最大限善処致します!!」
自分の失点を巻き返す為、雅絵が前のめりになる。
≪おい、姿勢気を付けろ≫
≪……ありがとっ≫
雅絵が姿勢を正し、改めて司へ身体を向ける。
「艦治君と彼の婚約者、加見里まなみを来年からここの付属の大学へ二人で通えるよう手配して下さい」
≪頼んだ≫
≪……何とかしよう≫
「……、はい。可能だと思いますが、学部はどちらをお考えで?」
「あっ、考えてなかった! かんち、どうしよう!?」
「「「かんち……?」」」
艦治は頭を抱えた。




