073:謎の転校生()
六月十七日 月曜日
『御殿場市内の雑居ビルで火災が発生し、消火活動が行われましたが全焼しました。
消火後の同ビル内から身元不明の遺体が複数発見されている他、火災よりも以前に白骨化していたと思われる遺体も同時に複数発見されており、地元警察が捜査本部を設置しました』
「火事かと思ったら事件かー。何があったんだろうねぇ」
「特殊潜入部隊のアジトになっておりましたので、丸ごと始末致しました」
「え!? まさかのナギの仕業!? 殺しのライセンス持ち!?」
「事後報告になりますが、日本政府には連絡済みです」
井尻家の朝。艦治がダイニングで朝食を摂っている。
向かいの席には心乃春と、心乃夏を遠隔操作しているまなみがいる。
そして、テーブルの上の特別席に妖精ナギが座っており、御殿場で起こった火災についてまなみに説明している。
治樹と治佳は引き続き研究所に泊まり込みの為、食事をしているのは艦治のみだが、賑やか食卓となっている。
≪もしかして、前から存在は確認してたけど、僕らに危害を加える計画を立ててたから排除したって感じ?≫
ご飯を咀嚼しながら艦治がナギへ尋ねる。
「その通りです」
「って事は、白骨化しちゃった人が攫われたところとか、見て見ぬ振りしたり?」
「その通りではありますが、彼らを監視していたのは私だけではありません。日本の機関も動こうと思えば動ける状況でした」
≪ナギとしてはそこまでする必要がないと判断したんだね。
まぁ全ての犯罪を察知する事が出来ても、全てを未然に防ぐなんて出来ないだろうし、したとしても犯罪がなくなる訳じゃない。
僕は自分の大切な人達の幸せを優先したいな≫
「ちょっ!? それじゃ私がナギの事を悪く言ったみたいに聞こえるじゃん!
ナギ、責めてる訳じゃないからね!!」
心乃夏がパタパタと手を動かして、ナギへの誤解を解こうとする。
「はい、存じております」
≪ところで、まなみがこの時間に起きてるのって珍しいね。何か良い事でもあった?≫
「ええっ!? いや、今日から受験勉強を始めないとだし! かんちと同じ時間に起きてないとダメかなぁって!!」
妖精ナギ、そして心乃夏の中に入っている時のまなみは非常に表情豊かでとてもお喋りだ。
艦治はまなみの過去に何かあったのだろうかと疑問に思っているが、自分から打ち明けてくれるまではそっとしておくべきだと思っている。
≪司と一緒に寝たりしてない?≫
「それはしてないよ。ちゃんと別の部屋を用意してあるもん。
でもパパが一緒に寝たそうにしててちょっと笑っちゃった」
穂波にとっては艦治とまなみに似ている司は、娘の為の教育用ヒューマノイドというよりも、孫に近い。
気持ちは分かるが、艦治としてはちょっと複雑な気分だ。
ミニバンに乗り、艦治は良光と共に学校へ向かう。
心乃夏がミニバンに乗り込まず、すんなり玄関で自分を見送ったのが少々気になった艦治だが、今日から受験勉強を始めるから気合が入っているのだろうと納得する事にした。
「井尻君、おはよう!」
「艦治君!」
「井尻、ちょっと待ってくれ!」
「え、あの妖精何かに乗ってない!?」
「白い鹿?」
もう隠す必要はないかと二人で話し合い、今日は校門前でミニバンから降りた艦治と良光。
すぐに生徒が集まり男女問わず声を掛けられたが、艦治は適当に相手をしながら下駄箱に向かった。
「おはよう、蒼井さん。それとおめでとう」
「あ、ありがと……」
教室に着き、艦治は望海に近寄って、挨拶と短い祝福の言葉を送る。
顔を赤くする望海だが、その表情はとても嬉しそうだ。
「良光のお姉さんと彩ちゃんとも仲良くなったらしいじゃん。良かったね」
「うん、二人ともすぐに仲良くなれたわ。
あ、井尻君も久々に遊びに来てほしいって言ってたよ。まなみちゃんも連れて来てって」
「じゃあ日にちを合わせて一緒に遊びに行こう」
「お、姉ちゃんも彩も喜ぶわ」
教室中が艦治と望海と良光の会話に注目している。
「ねぇ恵美、井尻君に彼女いるのは知ってたけど、いつの間に高須君と望海がくっついたのよ!? 聞いてないんですけど!?」
「そんなの私に聞かないでよ。
まぁ急接近させたのは私と井尻君だけど」
「何気にあんたも井尻君と仲良いわよね!?」
「そんな事ないよー」
恵美が女子生徒達に詰め寄られるが、適当に流しているうちに担任の英子が教室に入って来た。
「はぁい注目! 今日は月曜だからホームルームの時間よ。
突然ですが転校生の紹介をします。入って来てー」
「男!?」
「何だ男かよ……」
「ってか三年の夏休み前に転校生?」
「うちの転入試験ってかなりムズイんだよな?」
「内部進学狙いで頑張ったのかな?」
英子に呼ばれて入って来たのは、身長百七十センチほどの男子生徒だった。
中途半端な時期の転校なのに、すでにこの高校の制服を着ている。
「はい、自己紹介して」
「初めまして、僕の名前は式部司でっす。
すみませんが僕はすごーく目が悪いので、かん……、じゃなくてそこのイケメン君の隣に席を代わって……」
≪ナギ、まなみと司の接続を解除して≫
≪了解致しました≫
「……くれない? それかそこのイケメン君と一緒に後ろの席に移動するっていうのも魅力的だなぁ」
≪……!? 何で止まらないの!?≫
≪面白そうだから再接続しちゃった≫
そう話すのは、白雲を操っている翔太だ。
白雲はナギと共に、艦治の机の上で座っている。
≪面白くないですよ! ってか何でヒューマノイドの司が転校出来るんですか!?≫
≪まなみ様が翔太様に依頼され、私に手続きをするよう命令されました≫
≪面白いから内緒にしといてってお願いしといたんだよねぇ≫
翔太は艦治よりも上位の権限を持っている為、ナギとしては従わざるを得ない。
≪勘弁して下さいよ……≫
「ほら井尻君、一緒の後ろの席に移動しよっ。ねっ!」
「井尻の知り合いかよ」
「二人はどことなく似てる気がするんだけど」
「ふーん、エッチじゃん」
「何か腐った臭いしねぇか?」
「井尻君は両刀使いっと」
「井尻君、とりあえず席移動させて。あなた身体が大きいんだからちょうど良いわ。
それと昼休みに色々と説明してもらうから、式部君と一緒に職員室に来なさい」
英子にそう促されて、艦治は渋々席を立ったのだった。




