065:墓参り
六月十五日 土曜日
艦治とまなみは熱い一夜を過ごした。
肌を重ねて求め合い、果てた後はシャワーで汗を流し、バスローブを羽織り、応接セットに座って亜空間収納から取り出したまなみの手作りの食事を食べ、そしてまたお互いを求め合った。
疲れ果て、どちらともなく眠ってしまい、そして朝となった。
「……さすがに暑いな」
室内は空調が効いているとはいえ、裸のまなみに抱き着かれているので、艦治は寝汗を掻いていた。
視界に表示させている時計を見ると、まだ朝の六時。起きるにはまだ早いが、目は冴えてしまった。
何より、まなみのたわわな膨らみが自身の胸に押し当てられており、二人分の体臭が混じった匂いが鼻孔をくすぐり、股間のそれは朝の試運転をしている。
二度寝をしようというような状況ではない。
「……艦治君?」
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
まなみが目を開けたが、まだ寝ぼけているような微睡んだ表情で、艦治の目を見つめる。
「……ふふっ」
不意にまなみがとろけるような笑みを見せた為、艦治は胸を撃ち抜かれたような衝撃を覚えた。
「……あっ、これ……」
「ごめん! これはその、朝はこうなるって言うか……」
まなみが太ももに当たる感触に気付き、艦治の唇を塞ぎ、体勢を変えて艦治の上へと跨ろうとする。
「ちょっ、着けてないって!」
「……いらないのに」
「着けさえすれば、薬を飲む必要もないでしょ?」
「……分かった」
まなみは艦治の顔に胸を押し付けて、サイドテーブルへと手を伸ばした。
朝の運動を終えて身支度を整えた後、艦治はナギとナミを呼び出した。
「伊之助さんのお墓か、仏壇みたいなものがあるならお参りをしたい」
艦治は自宅に仏壇がなく、両親が忙しくしていたのでお墓参りに行く習慣もなかった為、三ノ宮伊之助の遺体がどうなっているのかを考える事がなかった。
ナギに神州丸の内部を案内してもらおうと考えた際、伊之助に対して手を合わせるべきだと思うに至った。
「墓所は鳳翔にございます。よろしければ、今からご案内させて頂きます」
「うん、お願いするよ」
艦治が返事をすると同時に、艦治とまなみの前にワープゲートが現れた。ナギとナミが先にゲートをぐぐった為、二人もそれに続く。
ワープゲートを抜けた際は、小高い山の上だった。下に望む景色は鬱蒼とした森で、少し離れた場所に見える神社がある山以外は、途切れる事なく森が地平線まで続いている。
「こちらから参りましょう」
山門をくぐり、緩やかな坂を上って行く。石畳は綺麗に整備されており、両脇は竹林になっている。
坂を上り切った先には木造の門扉があり、艦治とまなみが近付くと内側に開いた。二人は門扉の前で一礼した後、門扉をくぐり抜ける。
すぐ右側に手水舎があり、柄杓を使って手と口を清める。
「へぇ、ちゃんと作法を知ってるんだね」
「えっ!?」
自分達しかいないはずの場所で声を掛けられ、艦治が驚き振り返ると、そこには桜色の法衣を纏った二十歳前後の男性が立っていた。
「こちらは鳳翔に格納されております上位電脳人格のお一人、翔太様です」
ナギが白雲に乗ったまま翔太を紹介する。
「あぁ!! あなたもヒューマノイドですか。
初めまして、井尻艦治と申します」
「……加見里まなみ」
翔太は二人をまじまじと見つめ、大きく頷く。
「うん、よろしくね。
二人は伊之助と莉枝子の若い頃そのものみたいに見えるよ」
艦治は翔太が主であったはずの伊之助達を呼び捨てにした事に違和感を覚えた。
「翔太様は伊之助様がお生まれになられるよりも遥か昔から三ノ宮家当主を見守っておられた存在です」
「ここにいるボク自体は複製体だけど、本体はそうだね」
伊之助がまだ生きていた頃、元の世界の宇宙を旅していた時は、常に翔太本体と接続されていたのだが、次元乱流に遭遇してこちらの宇宙へと飛ばされた以降は、複製体として独立した存在となってしまった。
「そうなんですね……」
「いや、君が気にする事じゃないよ?」
「いえ、ご挨拶に来るのが遅くなり、申し訳ないです」
艦治が翔太へ頭を下げ、まなみもそれに倣う。
「ふふっ、その気持ちはありがたく受け取るよ。
じゃ、伊之助のお墓に案内するとしようか」
翔太に案内され、艦治とまなみは大きな墓石の前に到着した。
墓石は二メートルほどの高さで、『三ノ宮伊之助と莉枝子の墓』という文字が掘られている。
翔太が懐から線香を取り出し、指先から出した小さな火で燃やし、手で仰いで火を消して墓前へ供えた。
艦治とまなみは墓石の前でしゃがみ、目を閉じて手を合わせる。
リーーーーーーン
その横で、翔太がりんを慣らした。
「さて、お茶でもどうだい?」
「頂きます」
目を開けて立ち上がった艦治とまなみを、翔太が本堂へ誘った。お寺の中には仏像があり、数百本のろうそくに火が灯されている。
艦治は仏像がどことなく翔太の顔に似ているのが気になったが、口には出さずに通り過ぎ、奥のこじんまりした仏間へと向かった。
「用意して来るよ」
艦治とまなみを座らせて、翔太が部屋を出て行く。
≪かんちと私だ……≫
仏間にある仏壇には、伊之助と莉枝子の遺影が飾ってあった。どちらも年を取った姿であるが、まなみの言う通り艦治とまなみに良く似ているのが分かる。
二人がまじまじと遺影を眺めていると、翔太がお盆を持って戻って来た。お膳の上にお茶を用意し、艦治とまなみへすすめる。
「さて、二人の疑問に答えよう。
まず、あのお墓の中には伊之助と莉枝子のお骨が納めてある。鳳翔が建造された時点であのお墓は作られており、伊之助の手により莉枝子のお骨の一部が埋葬されていたんだ」
元々は宇宙を旅する伊之助が亡き妻を偲ぶ為に作られたお寺であり、お墓であった。
意図せずこちらの宇宙で伊之助が亡くなってしまった為、今は伊之助も莉枝子と一緒にこのお墓で眠っている。
「本当にお骨が入っているか、確かめてみるかい?」
艦治がナギの手のひらの上で転がされているのでは、と疑っていた事から、翔太はそう尋ねたが、艦治は断った。
「いえ、そこまでは……」
「疑う事は悪い事じゃないよ。盲目的に信じるよりは、ね。
ただ、君の気が変わって墓の中を見せろと言い出し、お骨を目にしたとしても、それが作り物なのか、本当に伊之助と莉枝子の骨なのかどうか、確かめる術はないし、ボクらも証明する術はない。
仮に骨をDNA解析したとしても、そのデータが本当に正しいかどうか、君には判断出来ないだろう?
大事なのは、君達が納得するかどうか、だ」
「納得はしているつもりです。置かれている状況も、ある程度は受け入れられていると思っています」
艦治が同意を得るようにまなみへ視線を送ると、まなみは大きく頷いて見せた。
「ある程度、ね。良い事だ。与えられたものをそのまま受け入れるだけでは前に進めない。
自分の手で切り開いていく事が一番大事だと、ボクは思う」
翔太はナギと白雲、ナミとシルヴァーを見つめ、艦治へ問い掛ける。
「艦治とまなみさえ良ければ、白雲とシルヴァーはボクが遠隔操作しよう。
ナギとナミは別人格とはいえ姉妹人格。共に同じ夫婦に仕えていたという経緯があり、思考パターンが似ているところがある。
その点、ボクは全く違う別人格であり、彼女達よりも上位の存在だ。まぁ複製体だけどね。
余程の事がない限り出しゃばるつもりはないけど、困った事があればボクを頼ってくれて構わないよ」
「それはありがたいというか、心強いです。ナギとナミに不信感がある訳じゃないですけど、……本当に良いんですか?」
艦治が翔太の申し出を受けて、大丈夫なのかと確認する。
「ん? 何か問題でもある?」
「いや、ナギとナミが上に乗ってるんですけど……」
「はっはっはっ! そんな事気にしないよ。
それに、白鹿もペガサスも神の使いみたいなもんだし、ボクにはちょうど良いよ」




