062:待つ
≪どうしたら良いと思う?≫
≪うーん……≫
艦治は朝起きてすぐに良光へ電脳通話を掛け、通学の車の中も学校に着いてからもずっと両親の研究と妹の冷凍睡眠について相談をしていた。
内容が内容だけに、教室内でも電脳通話で会話を続けていた。
≪とりあえず、お前は待ってれば良いんじゃないか?≫
≪二人が切り出して来るまで待った方が良い?≫
≪おう、多分だけど少なくともお前が何か気付いた事をおじさんは察してると思う。その上で何にも言って来ないんなら、それはまだその時じゃないって事じゃないか?≫
治佳が治奈の名前を呼びながら泣いていた時、艦治は治樹に視線を送ったが、治樹は治佳の背中をさするだけで、何も言葉を発しなかった。
≪もしおじさんとおばさんから頼られたら、お前は全力で応えるだろ?≫
≪もちろん≫
≪じゃあ頼られた時に備えて、何が出来るのか確認しておくべきなんじゃね?≫
≪……そっか、待ってる間にも出来る事はあるのか!≫
キーンコーンカーンコーン♪
ちょうど、一時間目開始のチャイムが鳴り響く。
≪ありがとう、助かったよ≫
≪おう≫
授業が始まり良光との電脳通話は切れてしまったが、ナギとの接続までは切断されない。
艦治は教師の話を聞き、板書しながら艦治の机の上で正座しているナギへ質問を投げる。
≪心肺停止状態で冷凍睡眠している治奈を蘇生させる事は可能?≫
≪詳しい状態を確認しませんと、判断しかねます。
冷凍睡眠ポッドを稼働させたまま神州丸へ移送し、精密検査をする必要があります≫
艦治はナギが不可能であると断言しなかった事で、可能性がわずかでもあるのだと知り、目尻に涙を浮かべる。
目の前で亡くしたと思っていた妹が、心肺停止状態ではあるが今もこの世に存在しており、両親の研究か神州丸の技術を用いて、蘇生させる事が出来るかも知れないのだ。
これほど嬉しい事はないだろう。
≪もし父さんと母さんから話があったら、すぐに動けるよう準備をしておいてほしい≫
≪了解致しました≫
午前中の授業が終わり、艦治と良光は昨日に引き続き、望海と恵美と共に学食へ来た。
艦治が弁当を食べていると、神総研から通知が来たので確認する。
火竜のモンスターコアの正式な買取金額が三十二億五千万円であるという内容で、残りの二億五千万円を口座に振り込んだという内容だった。
「どうかしたの?」
艦治の目線の動きで電脳OSを操作している事が伝わり、恵美が艦治に話し掛けて来た。
「昨日持ち込んだ戦利品の査定が出たんだ。買取金額を振り込んだっていう連絡だよ」
周囲の生徒達が聞き耳を立てているのを承知で艦治が答えた。注目されている事がさほど気にならなくなって来ており、積極的に聞きに来られるよりも自分から情報を与えてやった方が楽だと思い始めている。
「何を持ち込んだんだ?」
良光が艦治の思惑を汲み取り、問い掛ける。
「モンスターコアって言って、妨害生物を倒した後に残る戦利品だよ。
そのコアから電力を取り出すんだ」
さほど迷宮や探索者について知らない者にとっても、これくらいの情報は一般常識レベルである。
「いくらだったのか、聞いても良い?」
望海がおずおずと質問する。電脳通話で良光が指示を出したのだろうと艦治は受け取った。
「うーん、これくらい」
艦治が右手で三、左手で二を作って見せる。
「三万二千円……?」
「バカ、その程度で査定が長引くかよ」
「三十二!?」
「いや、三百二十万の可能性あるぞ」
「はぁ!? ボロ儲けじゃん……」
「はぁ……、バカだなぁ。そんな簡単に稼げる訳ないじゃん」
周囲の驚く声を聞いて、恵美が小さくため息を漏らす。
探索者になるのに必要な資格はなく、合格しなければならない試験もない。
しかし、治してもらえるとはいえ怪我が付き物で、場合によっては障害を抱えるリスクもあり、何よりスキルを使いこなす為の技能と判断力などが求められる。
ボロ儲けと言われるほど簡単な商売ではないのだ。
「放っとけって。艦治は全く気にしねぇよ。なぁ?」
「うん、問題ないよ」
しかし、艦治にとってはボロ儲けで間違いないので、本人は逆に申し訳ないと感じているくらいだ。
弁当を食べ終わり、そろそろ教室へ戻ろうかと言うタイミングで、艦治の視界に治樹からの電脳通話の着信が入った。
≪はい、どうしたの?≫
≪今は昼休みか?≫
≪うん、今は大丈夫だけど≫
≪昨日言ってくれてた寄付の件、所長に話を通したんだ。
それで早速で悪いんだが、口座番号を送るからそこに振り込んでほしいんだ≫
≪分かった、今振り込んだよ≫
≪早いな……、いや本当に助かる。大事に使わせてもらうから≫
≪気にしなくて良いよ。僕のお金なんだろうけど、あんまり実感ないし、有効活用してもらった方が絶対に良いと思うから≫
≪ありがとう。
それと、またしばらく研究に掛かり切りになると思うから、父さんと母さんはあんまり家に帰れないと……≫
治樹の言葉を遮って、艦治が自らの想いを伝える。
≪父さん、もし僕に何か出来る事があったら、話してね≫
艦治の想いを悟ったのか、治樹が少し黙り込んだ後に、答えた。
≪……分かった。その時は、頼む≫




