060:両親の研究
買取店を出て、外で待機していたミニバンに四人で乗り込む。
「またのご来店をお待ちしております」
恭しく頭を下げる潤一に見送られ、艦治達は港を出発した。
「<恐悦至極>と共同でドラゴンを狩った事はあるけれど、一人で倒すと稼ぎがすごいわねぇ。
やっぱり私達も水魔法を使えるようにしてもらわないといけないわぁ」
≪ねぇ、もしかしてパパもママももう探索する必要がないくらいにお金持ってるんじゃなぁい?≫
穂波と真美は神州丸が不時着した初期から迷宮探索を行っており、トータルで見るとかなりの資産を形成していると思われる。
「あらぁ、お金なんていくらあっても困らないものよぉ?
まぁ、三十億とは言わないけれど、それなりに残してあるから心配しなくて良いわよ?」
≪あ、うん。大丈夫。うちの旦那は神州丸の艦長だから≫
「ふふっ、そうだったわねぇ」
先に加見里家の三人を送り届けた後、艦治が自宅へ戻った。
既に両親が帰宅しており、心乃春と心乃夏の手料理を前にして、艦治を待っていた。
「ただいま、お待たせ」
「おう、お帰り」
「お帰りなさい。さぁさぁ、頂きましょう」
事前に連絡をしていた為、治樹も治佳も艦治を咎める事はなかった。
≪今日はまなみと穂波さんと真美さんに連れられて、迷宮探索に行って来たんだ≫
≪あら、そうなの? どうだった?≫
≪基礎をしっかり教わってから行ったから、割と危険はなかったよ≫
≪そうかそうか、それは良かったなぁ≫
三人は食事をしながら、電脳通話で会話を続ける。
≪神総研の買取店と専属契約したよ≫
≪あら? うちはそう簡単に専属契約しないって聞いてるけど≫
≪え、そうだったの? そこまで調べてなかったよ≫
≪穂波さんと真美さんは有名な探索者らしいから、そのお陰じゃないか?≫
≪あー、なるほどねぇ。艦治の実力が評価された訳ではないんだから、思い上がっちゃダメよ?≫
≪うん、分かってる≫
≪そう言えばさっき所長からドラゴンのコアが持ち込まれたって連絡があったな≫
≪うん、それ僕≫
「「はっ!?」」
治樹と治佳が口に肉じゃがを詰めたまま、艦治の顔を凝視する。
≪火竜が幻想迷宮の浅い場所に出ちゃって、真美さんから一人で戦ってみろって言われたんだ。
結構簡単に倒せたよ≫
≪……そうなの? 真美さんがそう言う程度のドラゴンだったのかしらねぇ≫
≪いやドラゴンはドラゴンだろ……≫
≪コアの買取金額は三十億円だったよ≫
「「ぶっーーー!!」」
艦治の言葉を聞いて、二人が肉じゃがを噴き出す。
「汚いなぁ」
心乃春と心乃夏が濡れタオルを用意して、治樹と治佳の顔を拭いてやる。
「だってお前、三十億だぞ!?」
「そうよ、三十億あったら私達の研究がどれだけ進められると思っているの!?」
治樹と治佳の研究は、神州丸の医療用ポッドを日本の科学技術で再現する事を最終目的としている。
あまりにも多くの懸念点と、あまりにも大きな課題が山積みになっており、様々な事が原因で思うように研究が進められていない。
そのうちの一つが、予算不足である。決して与えられた予算が少ない訳ではないが、二人の研究以外にも様々な研究が同時進行しており、二人が求めるほどの潤沢な金額が用意されている訳ではないのだ。
「じゃあ寄付するよ、三十億円」
「「え……?」」
艦治が何を言っているのか理解出来ず、二人は固まってしまう。
「ナギから貰った一千億円は受け取れないだろうけど、僕が稼いだお金なら良いでしょ?
正直これだけあっても使い道に困るし、父さんと母さんなら有意義に使ってくれると思うから」
艦治が一千億円の中からいくらか分けようかと提案していたが、二人はあくまでそれは神州丸のお金だからと断っていた。
艦治は神総研と専属契約を交わした事と、ドラゴンのモンスターコアを持ち込んだ事で、両親の研究のみに寄付するよう交渉する事が可能だろうと考えた。
「良い、のか……?」
「もちろん」
艦治が治樹に笑い掛ける。
「実は買取店にまだ出してない戦利品がいっぱいあるからさ。お小遣いには当分困りそうにないんだ。
もし足りなかったらまたドラゴンを狩りに行くから、いつでも言ってよ」
少し恥ずかし気で、少し得意気な息子の笑顔を見て、治佳は嗚咽を堪える。
「あぁ、治奈、治奈……」
顔をくしゃくしゃにして涙している母親が、何故亡くなった妹の名を口にしているのか、艦治には分からなかった。
食事を終えた後、治樹と治佳は研究所へ戻った。寄付についてはまた連絡すると言い残し、急いで家を出て行ってしまった。
艦治は二人を見送った後、自室に戻りベッドに横になった。すかさずナギが艦治の胸元で寝転がる。
≪ナギ、両親の研究について調べられる?≫
医療用ポッドを日本の科学技術で再現するのが最終目標であると聞いてはいるが、今日の態度を見て何かが引っ掛かった。
≪神総研のサーバにアクセスしたところ、興味深い設備があるのを発見致しました≫
≪興味深い設備?≫
≪冷凍睡眠ポッドです。中には外傷の激しい少女が入れられているようです。
名前は井尻治奈。入れられた当時の年齢は、五歳と記録されています≫
≪治奈が!?≫
≪ただ、治奈様の生命活動はポッドへ入れられる前に停止していたようです。亡くなられた直後に研究所へ運ばれたのだと思われます≫
事故があったのは、艦治が九歳で治奈が五歳の時。
事故直後、艦治は意識不明の重体で、目覚めたのは三日後であり、治奈が亡くなったと聞かされたのはさらに後の話だ。
今思えばお通夜や葬式について何も聞かされていないと、艦治は今さらになって気付いた。
≪だから仏壇もお墓もないのか! 僕には亡くなったと説明しつつ、二人は治奈の死を受け入れてなかったんだ!! 医療用ポッドを再現して、自分達の力で治奈を蘇生させるつもりなんだ!!≫




