052:噂の妖精
「あー、河島先生が不機嫌だった理由はこれねぇ」
四時間目、現代文の授業の為に自らが担任を受け持つ教室へやってきた、英子が教卓に座っているナギを見て呟いた。
「すみません、授業中に突然飛び上がって教卓に座っちゃったもんで……」
教卓に一番近い席に座っている艦治が、英子に謝る。
三時間目の世界史の授業時間中に、ようやく起きたまなみが自宅からナギへと入り込み、教卓に座って艦治の顔を眺めるという事件があった。
艦治はすぐにナギを手で掴んで通学鞄へ押し込めたが、それ以降ずっと栄三の機嫌は悪かった。
今朝の報道もあり、探索者である艦治に対してあまり強く出れなくなってしまったので、余計に鬱憤が溜まったのだろう。
「すごーく睨んでるね」
ナギ(まなみ)が教卓の上に座ったまま、教室内の女子生徒達を睨み付けて威嚇している。
「すみません、授業の邪魔にならないようにしますんで」
艦治はナギ(まなみ)を手で掴み、通学鞄へ押し込める。
「いーやーだーーー! 他の女がかんちに色目使わないか見張るのーーー!!」
「すみませんすみませんすみません!!」
ナギ(まなみ)の声を遮るように謝る艦治だったが、英子の耳にはナギ(まなみ)の声がしっかりと届いていた。
「そう言えば昨日の学食で支援妖精が飛び回ってたって聞いたわね。支援妖精を遠隔操作出来る『何かそれっぽいスキル』があるだとか何とか、電脳ネットでも噂になってたけど、本当にあるんだ」
英子に見つめられて冷や汗をかく艦治だが、ナギ(まなみ)が暴れて通学鞄が激しく揺れているのを言い訳にして、何も答えなかった。
「まなみちゃんよね?」
「すみません本っ当ぉにすみません!!」
艦治が謝り倒すので、英子は今回は見逃す事とした。
「ま、今はまだ休み時間だし、見逃しておきましょう」
≪ナギ、まなみの遠隔操作を僕が許可するまでずっと無効化して≫
≪了解致しました≫
≪いーやーだーーー! 入れて今すぐ入れてーーー!!≫
≪うちの両親とまなみのご両親が言ってたじゃん、私生活と学校は分けないとダメだって。
これ以上ゴネるなら授業中だけじゃなく学校の敷地内にいる間中ずっとまなみからのアクセスを遮断するようナギに命令するから。
僕だけじゃなくナギにも蒼井さんも繋がらないようにするけど、それでも良い?≫
≪………………ごめんなさい。あっ、でもナギに視界共有してもらうのは良い!? 喋れないし動けないし良いよね!?≫
キーンコーンカーンコーン♪
≪まぁ良いよ≫
チャイムが鳴り終わり、現代文の授業が始まった。
≪って通学鞄の中だから何も見えないじゃーん!!≫
まなみの叫びは艦治には届かなかった。
全ての授業が終わり、艦治と良光と望海は校舎を出て、校庭を歩いている。
「すーごい注目されてるね」
「人型妖精ってだけで十分目を引くからなぁ」
放課後になったので、まなみがナギの中に入り、今は艦治の顔に両手両足を広げて張り付き、頬擦りしている。
罰ゲームに近い仕打ちであるが、開き直りつつある艦治は何事もないような顔をしている。
校門を出てしばらく歩くと、黒いミニバンが横に付けたので、三人はすぐに乗り込んだ。
≪やっと会えたぁー! ごめんねぇ、許して。もうしないから視界共有だけは残して!!≫
ナギが艦治の右腕に抱き着いて、腕に顔を擦り付けながら謝る。
良光と望海は二人とも後部座席へ乗り込み、艦治達のやり取りなど関係ないというように二人で会話している。
≪でもナギに右向け左向けって指示出すんでしょ?≫
≪その手があったか!! ………………ごめん指示しないから!!≫
≪指示しなくてもナギに言う事聞かせようとするでしょ≫
≪ホントに見てるだけにするからぁー!!≫
などとやり取りしている間に、入国管理局の前に到着した。
「んじゃ、また後でな」
「うん、怪我だけないように気を付けてね」
「誰が言ってんだよ」
昨日のナギの緊急記者会見を受けて、穂波と真美は早急に艦治をある程度まで仕上げなければならないと判断したので、今日は平穏迷宮ではなく幻想迷宮に艦治を呼び出した。
良光は平穏迷宮で、望海の探索者としての慣らし運転に付き合う事にしたので、迷宮の扉の前で二組に分かれた。
「ここには初めて入るな……」
若干緊張している艦治に、まなみが幻想迷宮の説明を始める。
≪この幻想迷宮は、日本人のファンタジーな想像を元にして作られた迷宮なんじゃないかって言われてるの。あまりにも地球のRPGに雰囲気が似ているから。でもまぁ、実際はナギがRPGをそのままパクって作ったって事で良いんだよね?≫
≪私が作ったと言うよりも、遥か大昔から存在するRPGをモチーフにした迷宮探索ゲームの一つなのです。
スライムや一角ウサギ、ゴブリンにオーク、オーガなどの妨害生物がポップするように設定されております≫
ナギが元いた世界の地球にあったゲームを迷宮探索ゲームへと落とし込んだものが、今から向かう幻想迷宮であるという事らしい。
≪……そうか、いくら僕にとって新しい迷宮だとはいえ、所詮は絶対に安全が担保されているゲームなんだ。
緊張する必要なんて全くないじゃん≫
≪おぉ? やる気マンマンだね! そうだそうだー! かんちは世界で一番カッコよくて強い探索者だぞー!!≫
探索者デビューの日に全身骨折した事をすっかり忘れている二人が、幻想迷宮へと入って行った。




