042:使い方次第
「亜空間収納って手を突っ込まないと取り出せないの?
あと、自分よりも大きなものの収納は可能?」
艦治が亜空間収納の詳細な仕様について確認する。
「手を使わずに取り出す事は可能です。入れる際には対象物に触れていなければならないように制限を掛けておりますが、艦治様とまなみ様と良光様に限り制限を解除しております。
ご自分よりも大きなものの出し入れは可能ですが、取り出す際に必要な空間が確保されていないと判断した場合は、安全の為に無効化されます」
「って事は、万引きし放題って事?」
良光が当然の疑問を口にした。
「この世界においては、その通りです。
元の世界の地球においては、亜空間収納という技術は便利である反面、使い方次第で犯罪に用いられる可能性がある為、法律で規制されておりました。
探索者向けスキルとして公開している亜空間収納は、特定の定められた区画のみで使用可能とされているもので、迷宮探索ゲームの会場内での使用を認められていたものです」
「つまり、この世界の地球にはそんな法律ないから関係ねーって事ね」
良光の言葉に、ナギが笑顔のみで答える。
≪かんちがその気になればいつでも私を裸に剥けるって事!?≫
「そんな事しないよ!?」
艦治がまなみにツッコミを入れるが、良光は気にせずナギへの確認を続ける。
「悪意ある探索者が窃盗や密輸なんかをしてる可能性は?」
「支援妖精の目があるのでほとんどの方が自制されています。そうでない方には警告をし、従わなければ亜空間収納のスキルのみならず、探索者としての権利等の一切を剥奪します」
そもそも亜空間収納を持っている探索者が少なく、支援妖精を通じて出される神州丸からの警告を無視するような浅はかな人間もそうそういない。
「それって全ての探索者を常に見張ってるって事よな? めちゃくちゃ大変じゃね?」
良光はナギの情報処理能力の高さに驚きを示す。
この世界に存在する支援妖精とは別に、ナギは外交大使としても活動しており、迷宮内の運営やスキルの運用、神州丸と鳳翔の維持管理も行っているであろう事を考えると、とてつもない情報処理規模となる。
「私のみが全てを行っている訳ではありません。私以外にも電脳人格が存在します。その内の一人がまなみ様の支援妖精であるナミです。
鳳翔には私達よりも高性能な上位人格が四人格納されており、私の業務を裏で支えて下さっております」
「ナギよりも高性能とか、もう全く想像がつかないな」
「その四人は地球史上最高の電脳人格ですが、鳳翔に格納されているのはあくまで複製人格ですので、精度はやや劣ります」
「それでもナギよりもすごい電脳人格が四人もいるって事だろ? もうすでに世界征服完了済みって事じゃん」
艦治に喧嘩を売った吉三は、ナギの不興を買った為に父親の不正を暴かれた。今頃難波家は大混乱中だろう。
全ての支援妖精の目と耳はナギの情報収集に利用されており、必要に応じて集められた情報を活用している。
また、支援妖精だけでなく、電脳ネット内の情報や個人間のやり取りさえ、全てがナギの手のひらの上なのだ。
「全ては艦治様の御為に」
「止めて。僕をラスボスに仕立て上げようとしてないで」
その後、亜空間収納の使い勝手を確かめたり、艦治とまなみの亜空間収納を共有化したりしていると、穂波と真美が三人の元へとやって来た。
「僕の幼馴染の高須良光です」
「よろしくお願いします」
「えぇ、よろしくねぇ。
せーぎ君から素質があると聞いているわぁ」
「…………構えろ」
自己紹介もそこそこに、穂波が良光へ木刀を渡し、訓練が始まった。
「艦治君はまなみと打ち合いしましょうかぁ」
「はい!」
真美の指示により、艦治とまなみが向かい合って木刀を構える。
元気良く返事した艦治だが、相手が女性かつ恋人という事もあり、昨日穂波と打ち合った時よりも真剣度が低い事が真美に見抜かれる。
「まなみ、艦治君の為に本気でやりなさい」
≪りょーかい。かんちでは私を傷付ける事は出来ないから、安心してね≫
艦治の打ち込みを受けるだけだったまなみだが、自ら打ち込んでくるようになり、艦治は防戦一方となってしまう。
「足を使う。木刀だけじゃなく手首も見る。手首だけじゃなく肘も見る。肩も見る。腰も見る。足も膝も身体全体を見て動きを捉える」
教えられた通りにしようとしても、真美の言葉通りに身体が動く訳ではない。しかし、意識する事は大切である。
「力は抜く。木刀を受けたタイミングで押し返す。力み過ぎない。息は吐く。お尻に力を入れる。目線に釣られない」
言ってすぐに出来るようになる訳がないのは真美も承知の上なので、艦治が何かを掴めるまでは声を掛け続ける。
≪もっともっと本気出さないとボッコボコにしちゃうよー。しないけど。あー、でもかんちにそういう趣味があるなら私としても理解せざるを得ないというか何と言うか……≫
そんなバカな事を言いつつも、まなみの打つ手は止まらない。
艦治はまなみの軽口に対してツッコむ余裕もなく、息を荒げながら木刀を構え続ける。
≪いくら私が可愛くって守ってあげたい存在だからって、そんな剣捌きじゃ傷一つ付けられないわよん。もっともっと腕を磨かないと大怪我しちゃうんだからねっ、おっと!≫
軽口を叩くまなみの手首に向けて、艦治の木刀が打ち込まれる。が、まなみは寸でのところで木刀で受けて、反らして受け流す。
≪なかなか良い感じじゃん。それじゃあもういっちょ行きますか!!≫
艦治とまなみの打ち合いは、良光の足首が粉砕骨折するまで続けられた。




