040:無知の罪
六月十一日 火曜日
「おはよ」
「おいす、あの後どうなった?」
両家顔合わせの翌朝、昨日と同じく車の後部座席に乗っていた良光に声を掛け、艦治が自動運転で迎えに来たミニバンへと乗り込んだ。
ナギは今日も通学鞄の中だ。
「車に乗った後? ちょうと良光が座ってるとこにまなみのお父さんが座ってたよ」
「えっ!? マジかよ。もうご両親に挨拶したのか」
「そうそう、もうまなみは正式に婚約者だよ。うちの両親と向こうの両親も仲良くなってるし、両家で旅行する計画も立ててる」
「うわぁ、お前マジで、えー? 信じらんねぇわ。眼鏡に隠れたイケメンにようやく気付いた女子がざわついてるってのに」
「眼鏡があるかないかで態度が変わるような女なんて鬱陶しいだけでしょ」
「……お前ってそういう時ハッキリしてるよなぁ」
「まぁね。って言ってもまなみも僕もお互い一目惚れだから、人の事言えないけど」
「……お前ってそういうのも恥ずかし気なく言えるのな」
学校を通り過ぎた場所で降り、二人は歩いて校門へ向かう。
昨日の帰りにまなみが迎えに来た事が噂として広まっているのか、周りの高校生達が艦治へと無遠慮な視線を向ける。
「おい井尻、ちょっと顔貸せよ」
「難波君、何か用?」
校庭を歩き下駄箱に向かっていると、艦治が同じクラスの男子、難波吉三に声を掛けられた。
「昨日井尻君の彼女に声掛けて無視された難波だ」
「プライド傷付けられたんだろうね」
「だからって井尻君に当たるのは違うくない?」
「だっさ」
「金持ちのボンボンは何やるか分かんねぇな」
聴覚強化のスキル効果で、艦治と良光は周りの噂話から状況確認をする事が出来た。
「ツラ貸せっつってんだろ」
「嫌だ」
「俺は別にここでお前をボコってもいいんだぞ!?」
艦治の胸倉を掴もうとした吉三だが、艦治がひらりと躱した事で態勢を崩してたたらを踏んだ。
「だっせ」
「避けられてんじゃん」
「何がしたいんだ?」
「お前の彼女に無視されたから、お前を殴る!!」
「頭おかしいじゃん」
その後、何度も艦治に掴み掛ろうとする吉三だが、穂波と真美の指導を受けた艦治を相手するには分が悪いようだ。
艦治から手を出す事がなかったが、ついには吉三は汗だくで膝に手を付き、荒い呼吸を吐き出した。
「気が済んだ? 授業始まるからもう行くね」
背を向けて歩き出す艦治へ向けて、吉三が叫ぶ。
「俺の親父は上場企業の役員だ。それも神州丸関連の仕事をしてる会社のな。
お前の親父もどうせ同じ業界だろ、働けなくしてやるぞ! 俺をコケにした罰だ!!」
艦治は相手にせず、そのまま歩き去る。
「高須は支援妖精連れてるのにお前は連れてないんだな! どうせガチャで外れが出て恥ずかしくて隠してんだろ!! ざまぁ見ろ!!」
そこまで叫んだ後、なおも艦治に相手にされない吉三は、周りの目に気付き居づらくなった為、校門から逃げるように出て行った。
「ねぇ、一緒に食べても良い?」
昼休み。艦治は良光と一緒に弁当を食べようと準備していると、恵美が二人に声を掛けて来た。
「おー、藤沢。
別に良いよな?」
良光が確認すると、艦治が頷いたので恵美も弁当を広げ始めた。
「井尻君は高須と一緒にインプラントの手術受けたの?」
「うん、受けたよ」
艦治が恵美の質問に答える。
なお、昨日の両家顔合わせの際に、艦治が学校にいる時間帯は極力電脳通話を掛けないように、というお達しがまなみになされた。
今は昼休みであるが、お達しの次の日という事もあり、まなみは現在自宅でソワソワしながらも言い付けを守っている。
「そっか。
もしかして眼鏡外したのも、頭にあった大きな傷が消えてるのも、手術のお陰とか?」
「そうらしいよ、あんまり詳しくは聞いてないけど」
「人型妖精を引き当てたんだよね? 外交大使のナギさんがわざわざ対応して来てくれたんでしょう?
それに、トップ探索者集団の<恐悦至極>と<珠聯璧合>とも顔なじみだんでしょ?
<珠聯璧合>の娘さんだよね? 昨日迎えに来てたの」
艦治はどう答えるべきかと少し悩んでいると、良光が大袈裟に反応してみせた。
「おいおい、あんま大きな声で言うなよ。個人情報だぞ?
確かに電脳ネットに流れてるその噂は本当だけど、艦治が探索者として活躍出来るかどうかは本人次第だ。暖かく見守ってやってくれよ」
良光の言葉を聞いて、艦治は良光と恵美が裏で繋がっている事に気付いた。
≪どういう事?≫
≪ある程度情報が共有されたら今朝みたいなバカが出て来なくなるだろ≫
≪あー、そっか。ありがとう≫
「でも井尻君の彼女、本当に綺麗な人だよね。年上?」
「うん、春に高校卒業したばっかりで、今はプロの探索者してる」
「へー、そうなんだ! 強いんだろうねぇ」
「ご両親から剣術指南を受けてるからめちゃくちゃ強いよ」
教室内の生徒全員が三人の会話を盗み聞きしている為、艦治の残りの高校生活は平穏無事に過ごせるだろう。
「そう言えば難波君、あの後ホントに帰っちゃったのかな」
艦治が難波の席を見やる。
「さぁな、どうでも良いだろ」
「難波のお父さんが役員だって会社、どこだろうね?
難波って人が役員してる会社で、上場企業で、神州丸関連の会社っと。
あー……」
恵美が支援妖精であるレウスに指示して電脳ネットを検索させると、非常にタイムリーなニュースが飛び込んで来た。
恵美が無言のまま良光にリンクを飛ばす。
「ん? 『サクセサー商事、神州丸内迷宮からの採掘品を第三国へ密輸、及び売上を過少申告していると内部告発あり。一連の指示は難波取締役から出されているのと事で……』
すごいタイミングだな」
≪ナギ?≫
≪元々掴んでいた情報で、神州丸としては特に問題視しておりませんでしたが、とても良い機会でしたので。
それより、人型妖精を連れているとお認めになられたのですから鞄から出して頂けませんか?≫
≪……考えとく≫




