039:お開き
「では、このまま艦治さんを<珠聯璧合>でお預かりさせて頂きます」
「ええ、是非お願いしたいわ。
元々身体を動かすのは好きな子だし、根性もあると思うの」
真美と治佳はすっかりと打ち解けている。真美が見せる穂波への異常な執着を理解し、治佳が可能な限り刺激しないよう配慮した事が功を奏している。
「また飲みましょう」
「…………ぜひ」
治樹と穂波も仲良くなっており、艦治と治樹と穂波の三人専用掲示板を用いてコミュニケーションを図っていた。艦治が事前に真美にお伺いを立てた為、何とか見逃してもらえる事となった。
「まなみちゃんも、いつでも遊びに来てくれて良いからね?」
≪ふぇぇぇ、帰らないとダメ? ずっとここにいたいよぉぉぉ≫
まなみもすっかり治佳に心を開いているが、その表情は澄ましたまま動かない。
「ダメよ。少なくとも艦治が高校を卒業するまでは、ご両親と一緒にいないと。
口では何て言おうとも、娘なんて可愛いに決まってるんだから。いっぱい話をして、いっぱい可愛がってもらいなさいな」
≪……分かった。今日は帰る≫
治佳とまなみが抱き合っているのを見て、艦治は何とも言えない不思議な気持ちになった。
「良い子ねぇ」
「そうだなぁ」
加見里を見送った後。夕食の後片付けなどは心乃春と心乃夏に任せて、親子三人リビングのソファーに座り、まなみについて話している。
「艦治がこんなに早くお嫁さんを連れて来るなんて思いもしなかったわ」
「それは僕が一番そう思ってるよ……」
艦治としても、まなみとは出会ってまだ二日目だ。しかし、全くそんな感じがしないでいる。
間違いなくまなみに対する愛情があるのを自覚しているし、これからもずっと一緒にいたいという想いを持っているのも確かだ。
「我が息子ながら整った顔をしてると思っているし、まなみちゃんともお似合いだと思うわ。
お互い遠慮しているようにも見えなかったし、理解し合おうとしているのも分かったわ。
変に構えず、まなみちゃんと一緒に楽しく過ごせるのが一番なんじゃない?」
艦治は自分の恋の話どころか、両親とこうしてゆっくり寛いで話すのも久しぶりだったので、治佳の言葉を居心地悪そうに聞いている。
その様子を見て、治樹が口を開いた。
「夏休みにどこか旅行しようか。都合が付けば、加見里家の三人も一緒にさ。
父さんと母さんはずっと働き詰めだったからな。たまには有給休暇をたんまり取ってどこかへ行こう。温泉でも良いし、何なら海外でも良い」
「あら、それは良いわね。真美さんに相談しなくちゃ」
妹の治奈が亡くなって以降、艦治達は旅行らしい旅行をしていない。
自分の目が治り、加見里家と親しくなった事をきっかけに、色々な行事を楽しむのも良いなと艦治は想像した。
「そうだね。何なら宇宙旅行もしようか」
≪神州丸を経由して鳳翔へご乗艦頂ければ、どこへでもお連れ致します≫
入浴を済ませた後、艦治は自室へ戻ってベッドに寝転び、ナギから宇宙旅行について詳しい話を聞いている。
なお、ベッドには先ほどまで寝転がっていたまなみの匂いが残っており、艦治は自分のベッドなのにも関わらず、落ち着けないでいる。
≪お連れ致しますって言ったって、月に行くのも片道三日くらい掛かるでしょう?
火星だって行きに半年掛かるって聞いた事あるけど≫
≪月に関しては日本政府と共同開発をしておりますが、神州丸のみで独自開発している基地も別にございますので、そちらに設置しておりますワープゲートから向かう事が可能です≫
≪ワープゲート……、そっか。木星の裏に隠してある鳳翔へも一瞬で移動出来るもんね≫
探索者達には秘匿されているが、平穏迷宮が存在するのは神州丸ではなく鳳翔であると、先日ナギに教えられたばかりだ。
≪ただ、月面基地に移動したとしても、皆様が楽しいと感じられるかどうかは不明です。
月面基地の外に出る事も可能ですが、出てしまうと世界各国に艦治様達が月におられる事が露見しますので≫
≪それは避けたいなぁ≫
月に行ったとしても、重力が地球の六分の一である事を体感出来る事と、月から地球を眺める事くらいしかする事がなく、後はアームストロング船長の足跡を見る程度の観光スポットしかない。
≪もし鳳翔へご乗艦頂けるのであれば、ご案内したい施設が色々とございます≫
≪例えば?≫
≪広大なプールと、プールサイドはバーベキューが出来るスペースがあり、プールとは別にジャクジーをご用意して、その近くにサウナ小屋をございます。
露天風呂もありますし、遠くには山や森を造設してあり景観も良いです。
お子様が思い切り走り回れる施設もございます。跳び箱、マット、鉄棒、滑り台などの遊具やターザンロープなどの設備も設置されています。
また、ゲームセンターの建屋もあり、クレーンゲームにメダルゲーム、レーシングゲームもご用意してあります。対戦型のアーケイドゲーム機も複数台ありますので、多人数でもお楽しみ頂けます。
ボウリング場、バスケットコート、フットサルコート、サッカー場、野球グラウンド、ゴルフ場などの運動施設もあり、カラオケボックスや映画館などの室内レジャーも……≫
≪ストップ! すご過ぎて聞いてるだけじゃ想像出来ないよ。また行った時に説明してよ。
ってか本当に大きいんだね、月の1.5倍の大きさなんだもんね……≫
≪全ての施設をご案内するのは夏休み程度では足りないかと思われます。
高校をご卒業された際には、ゆっくりと鳳翔内部をご確認下さいませ≫
≪高校卒業後、ねぇ……≫
艦治は高校三年生であり、本来であれば内部進学し、付属の大学のどの各部へ進むか決めていなければならない時期だ。学校の成績も良く、担任の英子からはさらにランクの高い大学への推薦も可能だと言われている。
両親はあえて触れていなかったが、艦治はまだ進学するか、就職するかすら決められていなかった。
≪やほー! パパママとかんちの話で盛り上がっちゃったよ。良い人で良かったねって言われちゃった☆≫
≪こっちもまなみがとっても良い子だって話してたよ≫
≪今何してたー? もしかして私の事考えてたー?≫
≪そうそう、考えてた。まさか進学か就職かを選ぶ前に婚約者が出来るなんて思ってなかったなーって≫
≪でももう就職する必要はないよね? もしかんちが大学行くって言うなら私も今から受験勉強しないとだなぁー。私も成績そんなに悪くなかったし、今からなら何とかなる、はず!≫
≪うーん、もうちょっと考えるかなぁ……≫
≪あ、そうだ! うちにも家事ヒューマノイド派遣してもらえるようナギに指示出してくれない? ナミにお願いしたらかんちに了承を得ろって≫
≪あー、もちろん良いよ。ナギ、お願いね≫
≪了解致しました。すぐに手配致します≫
≪そうそう、夏休みに両家でどっか旅行しないかってうちの親が言ってるんだけどさ、どうかな?≫
≪えーーー! めっちゃ良いと思う!! ちょっとどこ行こうか考えようよ!!≫
結局この後、両家六人での電脳通話への移行し、お開きになった後も両家の会話は続くのだった。




