036:剣術指南
≪男同士語り合いたい事もあるでしょう。義理の息子になる艦治君を可愛がりたいという思いも理解出来るのよぉ? それでも専用掲示板を立てる前に一言私に教えてくれても良かったんじゃないかしらぁ? やましい事がないなら先に言えるはずなのよねぇ? なのに何で私に内緒でこっそり立てたのかしらぁ? 今も削除せずに残しているのは褒めてあげるけれど、それが逆に怪しく思っちゃうんだもの仕方ないでしょお?≫
穂波が立てた艦治と二人専用の掲示板について、車が港に着き、入国管理局を抜けてロープウェイに乗り、神州丸に入って探索用装備に着替え、平穏迷宮に入ってもずっと真美からの追及が続いていた。
現在、二人は傍から見ると、木刀を使った模擬戦を行っているように見える。
しかし、二人が振り回しているのはダイヤモンドの次に硬く、鉄の2.5倍重いとされるタングステンで作られた刀で、少なくとも真美は本気で切るつもりで穂波へと振り下ろしている。
≪ママの実家は剣術なら流派問わず何でも取り入れてどんどん強くなるぞって流派の道場なのよね。パパはそこに三歳から通ってて、四歳のママに気に入られてずっと一緒にいるんだって。あーあー、私も四歳の時にかんちを見つけてたらなぁぁぁ≫
艦治とまなみは地面にレジャーシートを敷いた上に正座をして、二人の模擬戦(あるいは夫婦喧嘩)を観戦している。
穂波の支援妖精であるオオカミのポチは艦治の膝に、真美の支援妖精であるジャガーのたまはまなみの膝に乗り、主達の模擬戦を眺めている。
穂波と真美は幼少期から習っていた剣術の技能が、スキルガチャで排出された剣術スキルと身体強化スキルなどの戦闘に有利になる複数獲得したスキルでより強化されている。
剣術の素人である艦治には太刀筋が見えず、どのような足さばきをしているのかなど全く把握出来ない。
≪さて、夫婦喧嘩を見てるだけじゃ剣術は上達しないからね、っと。かんち、素振りから始めよっか≫
まなみが立ち上がり、亜空間収納から普通の木刀を取り出して艦治へ手渡す。
≪私も小さい頃から剣術を習ってたから分かんないんだけど、スキルガチャから出た剣術スキルがあればある程度形になるみたいだよ。何か身体が知ってる、みたいな感覚になるんだってさ。まぁ元から剣術やってたパパママには敵わないだろうけどねー≫
まなみに言われるがまま、木刀を構える艦治。木刀の握り方、足の開き具合、体重の乗せ方、肩や肘の使い方、顎を引く、目線のやり場、などなど事細かに指導するまなみ。
艦治はナギが脳へと強制的にインプットさせた剣術や体術、身体強化などのスキルの補助もあり、すぐにある程度の感覚を掴んでいく。
≪艦治君は何かスポーツをしているのかしらぁ?≫
気が済んだのか、いつの間にか真美も穂波も木刀を素振りする艦治を眺めていた。
二人は汗一つかいておらず、息も上がっていない。
≪いえ、インプラント埋入手術を受けるまでは視力がすごく悪かったので、何もしていません。たまにジムに行って身体を動かしていた程度です≫
艦治は素振りを続けたまま、電脳通話に応える。
≪基礎的な体力はあるって事かしらぁ? あとは身体の使い方をスキルに頼り切りになるのではなく、自分のものに出来るまで反復練習すると良いと思うわぁ≫
スキルによって身体を動かさせられるのではなく、自らの感覚で無意識的に動かせるようになるまで、何度も何度も繰り返し訓練をする事が必要だと真美は語る。
借り物のスキルを、自分の能力へと落とし込み、身体に馴染ませる事が大事なのだと艦治は理解した。
まなみと真美に教えられるままに艦治が木刀を振っていると、普通の木刀に持ち替えた穂波が艦治と相対した。
艦治が振り下ろした木刀を刀身で受けてそらし、振り上げて艦治へとゆっくりと振り下ろす。
艦治は先ほど穂波がやったように刀身で穂波の木刀を受けて、そらす。また穂波が刀身で受けてそらし、という簡単な打ち合いが始まった。
穂波は徐々に振り下ろす速度を上げて、振り下ろす角度を変えたり、艦治の正面からずれて位置取るなど、どんどん難易度を上げていく。
最初は余裕を持って構えていた艦治も、慣れないスキル頼りでは捌き切れず、手首を打たれたり肩を打たれたりと、少しずつ生傷が増えていく。
この時ばかりはまなみもじっと見守っており、真美は艦治に気を付ける点や良かった点などを逐一伝えている。
「くっ……!?」
打ち合いを始めてどれくらい経ったか。やや呼吸が乱れて来た艦治に対し、穂波が今までとは比べ物にならない速度で木刀を振り、艦治の木刀を跳ね上げた。
そして穂波は続けざまに、丸腰になった艦治へと木刀を振り下ろした。艦治は地面に転がる事でそれを避けたが、穂波からの追撃は止まらない。
さらに転がり、避け、立ち上がり、艦治はどうするべきかと考える。
これは剣術の訓練だが、ここは迷宮の中だ。この船の艦長である自分が妨害生物に襲われるかどうかは別としても、本来の探索者達は武器を失ったからといって降参もしなければ、諦める事もしないだろう。
「……行きます!!」
前屈みになり思い切り地面を踏み締めて、艦治は穂波の胴体目掛けて飛び出した。
しかし穂波はひらりと避けて、すれ違いざまに艦治の腰へと木刀を打ち付ける。
衝撃と痛みで地面に倒れる艦治だが、その手には跳ね上がられた木刀が握られていた。
「…………来い」
その後も艦治は穂波に一本も入れる事が出来なかったが、自然と身体強化された身体の動かし方や力の入れ方、力の抜き具合など、必要最低限の事は自分のものへと出来ていた。
≪さて、じゃあそろそろ艦治君のお宅へご挨拶に伺いましょうかぁ≫
≪……えっ!? ママ、突然何言ってんの!? まだ私もお会いした事ないんだけど? ってかお約束もしてないのに突然伺ったら失礼じゃん!≫
≪もちろん事前にご連絡してあるわぁ。ナミを通じてねぇ≫
≪ナミ!? 私を裏切ったの!?≫
≪いずれ必要な事ですので、早いか遅いかだけだと思われます≫
なお、艦治は穂波との打ち合いの時点で両親からの電脳通話の着信が入っていたのだが、嫌な予感がしたのでずっと放置していたのだった。




