034:威嚇
「井尻君、大丈夫?」
「え? 何が?」
「変な女に付きまとわれたりしてない?」
「いや?」
一時間目の授業が終わった後、ちらほらと艦治に声を掛けてくる女子生徒が出て来た。
そして二時間目が終わったあたりから、教室の外から艦治に視線を送る女子生徒が増えて行った。
≪かんち、大丈夫? 変な女に声掛けられてない?≫
≪……いや?≫
≪ちょっと間が空いたよね!? 絶対に何かあったでしょ!! もーーーやだーーー!! 授業中も電脳通話繋ぎっぱにしてほしい!! 心配で心配で居ても立っても居られないよぉ……≫
三時間目終了後、艦治の元にようやく起床したまなみからの電脳通話が入る。
心配する割にはがっつり寝てたじゃん、と思った艦治だが、思うだけに留めた。
「ねぇ、井尻君。井尻君も高須と一緒に手術受けたんだよね?
連絡先、交換してくれない?」
≪視界共有してーーー! 絶対目の前に女がいるでしょ!? 眼鏡外したかんちの顔を見て急に態度変えて言い寄って来てるに決まってるじゃんもーーーやぁだぁーーー!!≫
「栗田さん、ごめん。まだ使いこなせてないから、あんまり連絡先を増やしたくないんだよね。
急に目の前に文字が出て来るのが未だに慣れないんだ。ホントにごめん」
「いや全然! 全然大丈夫!! 気にしないで。うん、分かった。ありがとっ」
栗田と呼ばれた女子生徒が走って教室を出て行く。
≪やっと分かった。そういう事か。僕が眼鏡じゃないからみんなの態度が変なのか≫
≪言い寄られた!? やっぱり言い寄られたんだぁぁぁ。もう学校なんて止めて神州丸で暮らそ? 鳳翔でも良いじゃん。太陽系を出ればもう誰もかんちにちょっかい掛けられないからそうしようよ! ちょー良いと思わない!?≫
≪思わない。宇宙には行ってみたいけど地球から出て行きたいとは思えないなぁ。
そもそも見た目で判断して態度変えてくるような人と仲良くしたいって思わないからさ。
まなみには信じてほしいな≫
≪おぉ? 割と辛辣だね。でも急にちやほやされたら嬉しくなっちゃうもんじゃないの?≫
≪そりゃあ僕も男だからそうなってた可能性はあるけど、そうさせない為に昨日、その、……初めての共同作業をした訳でしょ?
まなみがいるんだから、他の女と仲良くしたいと思わない。まなみを傷付けたくないし≫
≪かんち……!! でもかんちがそう思ってても向こうが何して来るか分かんないんだから、絶対に気を抜いちゃダメだよ!!≫
キーンコーンカーンコーン♪
≪分かった。チャイム鳴ってるからもう切れるよ。じゃあまたね≫
≪あーーー寂しいよーーー! やっぱり電の≫
チャイムが鳴り終わると同時に、電脳通話の接続が切れた。
その後、艦治は休み時間になるたびにまなみと電脳通話で会話し、声を掛けてくる女子生徒を躱し、心乃春と心乃夏が持たせた弁当を食べ、また授業に集中し、放課後となった。
「電脳通話しながら他の人と話すの、少しずつ慣れて来た感じがする」
≪ねぇ? もう終わった? 授業終わった? ねぇねぇねぇ≫
「あぁ、一応俺らは全部のスキルを貰ってっから、並列思考のスキルを上手く使えるようになって来てるんじゃね?」
≪終わった、今から帰るよ≫
「そう言えばどんなスキルが付与されたのかまだ確認出来てないな。帰ったらナギに教えてもらわないと」
まなみとは電脳通話、良光とは直接話しながら下駄箱に向かう艦治だが、やはり多くの視線に晒されているのを感じていた。
自分自身が何か変わった訳ではないので、良い気はしていないというのが正直な気持ちだ。
靴を履き替えて、校庭を歩く。自分を眺める不躾な視線とは別に、校門の方へと急ぎ足で向かう複数の男女の姿を目にする艦治。
「何かあったのかな?」
「さぁ? 校門の外で他校のヤンキーが番長出せって騒いでんじゃね?」
「うちって結構頭良い学校だよね? 番長なんて聞いた事ないけど」
「結構人集まってるように見えるな」
「面倒だな、車はもうちょっと離れた場所に停めておいた方が良いかも」
艦治がナギへ車を移動するように指示を出す。
≪ナギ、もう車が来てるならもうちょっと遠めの場所に移動させてくれる?≫
≪移動は出来ません。このまま校門へ向かって下さい≫
「……何か嫌な予感がする」
「嫌な予感? もしかして、人が集まってんのと何か関係あったりする?」
ひそひそと話す二人を走って抜かそうとしていた男子生徒が、良光を見て立ち止まった。
「おい高須、すんごい美人な女の人が校門前に立ってるらしい! 見に行こうぜ!!」
「マジかよ行く行く!」
≪良光、裏切ったな!?≫
≪早く行け、俺は傍観者のフリしとくから≫
艦治は友達と走って行く良光の背中を恨めしそうに睨みつつ、トボトボと校門へと向かう。
「おい、お前声掛けてみろよ!」
「いや無理だって! さっき一組の難波がガン無視されてたんだぞ?」
「誰を待ってるんだろうね」
「モデルさんかな?」
「すごいスタイル良いよね、羨ましい……」
そこには、男女問わず視線を集めてもなお、無表情を貫き通すまなみの姿があった。
ほんのり薄いピンクの花柄ワンピース、頭にはつばが広めの白い帽子を被っている。
お腹の前でブランド物のバッグのハンドルを両手で掴み、明らかに人を待っているという雰囲気で立っている。
艦治が小さくため息を吐いて覚悟を決めていると、艦治を見つけたまなみがほころぶような笑顔を見せた。
「「「「「おぉ………………」」」」」
まなみを眺めていた男女がどよめき、まなみの視線を辿って艦治を見つける。
「えっ、ちょーイケメンじゃん!」
「これはお似合いと言わざるを得ない」
「あんなのいたか?」
「あれ、一組の井尻君らしいよ?」
「え? そんなまさか……」
艦治が校門を抜けてまなみへと歩み寄ると、まなみは両手を広げて艦治へと抱き着いた。
「勘弁してよ……」
「……私のものだって、見せつけておかないと」
艦治の耳元で囁きつつ、笑顔だったまなみの表情は消え去り、冷ややかな表情で周りの女どもを睨み付けている。
そんな二人の元に黒いミニバンが停まり、乗り込んだ美男と美女を乗せて走り去ったのだった。
校門前に集まった高校生達は、悔しさと切なさと羨ましさとを感じ、男女で慰め合ううちに恋仲になった者もいるとかいないとか。




