033:登校
六月十日 月曜日
艦治は夕食後、入浴中、ベッドに寝転がった後もずっとまなみと電脳通話を繋げた状態で過ごした。
常に喋っているまなみだが、艦治はさほど気にならず、負担にも思っていなかった。
ただし、入浴のタイミングで視界共有は切った。
翌日の月曜日。
≪家の前に着いた≫
心乃春の作った朝食と、心乃夏の入れたアイスコーヒーを飲み、仕事へ向かう治樹と治佳を見送った後、良光から電脳通話が入った。
艦治は心乃春と心乃夏に行ってきますを行った後、玄関を出て黒いミニバンへ乗り込む。
ちなみに、まなみはまだ起きていない。
「うっす」
「おはよ」
良光が後部座席で支援妖精のテオを撫でていた。ナギが先に良光の家に車を回していたのだ。
「あの後どうだった?」
「幻想迷宮で倒した妨害生物の戦利品の売り方を教えてもらった。
外国の買取店からの客引きがしつこくてめっちゃイライラしたわ」
迷宮内で取得した戦利品や採掘品についての所有権は取得した探索者にある。
探索者は神州丸から戦利品等を持ち帰り、港で買取店に売る事で現金に換える。
戦利品や採掘品は神州丸がもたらす科学技術の研究や新素材の開発に欠かせないもので、企業や研究機関が買い取りを行っている。
日本国内に限らず、戦利品や採掘品を求める国外の企業も港に買取専門店を出しているのだが、探索者達は外資系の買取店を避ける傾向にある。
日本の買取店では一切かからない所得税等の税金が、外資系の買取店では源泉税として差し引かれて支払われるからだ。
その分、外資系の買取店は日本の買取店よりも高価格で買い取りを行っているが、支払った源泉税を把握して確定申告をする義務が発生するので、面倒を嫌う探索者達が外資系の買取店へ戦利品や採掘品を持ち込む事はない。
以上の説明を聞いた艦治が、良光へ質問を投げる。
「じゃあその外資系の買取店って何も買い取れないじゃん」
「いや、自国の探索者から買い取りしてるみたいだわ。
各国が国を挙げて探索活動に参加してるから、その国の公務員みたいな探索者がいるんだってよ」
神州丸が日本領海内にあるからと言って、世界各国は指をくわえて見ているだけではない。
何とか神州丸からもたらされる科学技術や知識や資産、財産などを手に入れようと、国のエリート達を迷宮へ送り込んでいるのだ。
ただし、過去に神州丸へと攻撃をした国や、何らかの問題を起こすなどした国などについては、神州丸から入国拒否を宣言されている国もある。
「へぇー、入国拒否か」
「それでも港に買取店を出す事までは禁止されてないんだよ。だからなりふり構わず声を掛けてくる。鬱陶しいったらなかったぞ」
「では潰しましょうか」
「「それはやり過ぎ」」
艦治と良光を乗せた車が高校の校門前を少し通り過ぎた場所で停止する。艦治が目立ちたくないからと言ったからだ。
二人は誰にも見られていないのを確認し、車を降りて校門へ向かう。
艦治の支援妖精であるナギは通学鞄の中に隠れ、良光の支援妖精であるテオは良光の肩に座っている。
≪どうせなら筆箱の中に隠れておきましょうか≫
≪何で筆箱? そこまで身体が小さい訳じゃないだろ≫
≪学校では筆箱から出ない事を条件に、帰り道でチョコレートパフェを食べさせてもらう約束を取り付けるのです≫
≪パフェ? ナギは何も食べられないじゃん≫
そんなやり取りをしつつ校庭を歩いていると、艦治は周りからの視線に気付いた。
視力が回復した事により、向けられている視線は良光でもテオでもなく、自分に向けられている事に気付く。
艦治は良光へ電脳通話を掛ける。
≪ねぇ、何でみんな僕を見てるんだろ。良光はテオを連れてるのに、僕は何も連れてないからかな≫
≪さぁなー。知らねー≫
艦治が視線の主の前を通り過ぎると、きゃーーーと黄色い叫び声が上がった。
≪もしかして、まなみが気にしてたのはコレ?≫
≪いや、むしろまなみさんのせいであると言えなくもない≫
その後、艦治は下駄箱で上靴に履き替え、教室へ向かう道中も視線と叫び声に晒された。
教室に入り、鞄を下ろして椅子に座ると、教室の後ろ半分がざわざわし出す。
艦治は気にしつつも、先週の授業内容を確認しようと思い、教科書とノートを取り出した。
「ねぇ! あのイケメン誰!?」
「高須君と一緒に登校して来たの見たわよ!!」
「あんな男子クラスにいたかしら……」
「えっ!? 井尻君の椅子に座ったんだけど……」
「あれって井尻君なの!?」
「ねぇ高須。井尻君の事、何か知ってる?」
「おう、藤沢。眼鏡外しただけだぞ」
「井尻君だって全く気付かなかったわ。私一生の不覚だよ。
あんな男前だって知ってたら、絶対に仲良くなってたのに!」
「でも男の間では結構有名だったぞ、あいつが眼鏡外したら変わるって。
体育の授業があるからな」
「男子は絶対にわざと言わなかったんでしょ!?
はぁぁぁ、何で気付かなかったんだろう……。
しかもがっつりマーキングされてるし。ちょーショック!!」
「ねぇ、あれってさ」
「そうだよね!?」
「お姉ちゃんが付けて帰って来たから知ってるよ」
「マジで!?」
「うん、あれキスマークだよ」
艦治のうなじには、まなみが付けたキスマークがくっきりと浮かび上がっていた。




