032:夕食
何とかまなみを落ち着かせて帰宅させた後、艦治が帰宅したのは十九時前となってしまった。
ナギが用意した黒いミニバンは、神州丸が運営している会社の駐車場へと自動運転で走って行った。
「ただいま」
≪今家に着いた≫
≪りょ~。あ、視界共有して! かんちのおうち見てみたい!!≫
「お帰りなさいませ」
≪別に良いけど≫
左目の下にホクロがある家事ヒューマノイド、心乃春が白いワンピース姿で玄関に三つ指をついて待っていた。
≪えっ!? 妹、じゃないよね? もしかして浮気なんじゃ……≫
「そんな事されると委縮しちゃうから、出迎えてくれるなら立った状態にしてくれる?」
≪この子はナギが動かしてる家事ヒューマノイドだよ≫
「かしこまりました」
≪えーーーうちにもほしいーーー!!≫
恭しく両手で艦治の鞄を受け取る心乃春。艦治は、言葉遣いや家の中での過ごし方については、これから追々変えていこうと思った。
≪口で話しながら電脳通話にも反応するのめちゃくちゃ難しいから、ちょっと返事が遅くなるかもだけど大目に見てね。
視界共有までしてんだから良いよね?≫
≪分かったー。でも可能な限り返事してよ? 返事なくなっちゃったら家まで押しかけちゃうかもなんだからねっ≫
艦治がリビングのドアを開けると、ソファーに座って心乃夏を後ろから抱き締めて愛でている治佳と、それを羨ましそうに眺めている治樹が見えた。
「ただいま。心乃夏も白いワンピースなんだ。お揃いで良いね」
≪あっちが母さんで、こっちが父さん。どっちも四十八歳で神州丸の科学技術を研究してる≫
≪えっ、あっ、うん…………≫
艦治の視界越しに二人を見て、途端に緊張し出すまなみ。
「可愛いでしょーーー! お風呂上りは浴衣を着てもらうわっ」
「お帰り。初探索はどうだった?」
「お帰りなさいませ。座ったままで失礼致します」
以前は帰宅しても一人。誰もお帰りと言ってくれず、夕食も一人で簡単に済ませる寂しい生活を送っていた艦治だが、この光景を見せられると、何かと自分を振り回してくるナギにも感謝せざるを得ない。
「探索ではめちゃくちゃ悪い事とめちゃくちゃ良い事があったよ。どっちも話すと長くなるけど」
「それでは夕食の場でお話されてはいかがでしょうか? すでに準備は出来ております」
心乃春が三人に夕食をすすめる。心乃夏もソファーから立ち上がり、治佳の手を取った。
≪…………まだ私との事は言わないで!≫
リビングから洗面所に移動し、手洗いをしている艦治にまなみが待ったを掛けた。
≪理由を聞いても良い?≫
≪まだ心の準備が出来てない!!≫
まだ顔合わせの予定も立てられていない状況で、心の準備が必要なのだろうかと艦治は思ったが、まなみの願いを受け入れる事にした。
≪分かった。じゃあ良い事は何か別の事を言うようにするよ≫
ダイニングへと入った艦治は、両親から好奇の視線を向けられているのを感じた。
何だろうと思いながら席に座ると、赤飯と鯛の塩焼きなど、明らかに特別なお祝いの時に出るような料理がテーブルに広げられていた。
≪ナギ、やったな?≫
艦治が肩の上に乗っているナギを見やる。
≪まなみ様が怖気付かれるとまでは予測出来ず、このような献立となってしまいました。
これは私の不手際です。申し訳ございません≫
≪いや私が悪いんだからナギは謝る必要ないよ! かんちもナギの事、怒らないであげてね!!≫
≪それは別に良いんだけど、この状況を何とか乗り切らないと……≫
「えっと、お待たせ。とりあえず食べても良い、のかな?」
艦治が席に着くと、心乃春と心乃夏も同じく席に着いた。五人揃って手を合わせ、頂きますをする。
「それで、艦治の身に余程良い事が起こったんだろうな?」
治樹が鯛の塩焼きの身をほぐしながら問い掛ける。治佳もおすましに口を付けつつ、目線は艦治に向けている。
「えっと、先に悪い事から言うよ。
初探索の時に身体強化のスキルの加減が分からずに全力疾走して、アキレス腱がブチ切れて、コケて、色んなところを地面に打ち付けて、全身骨折した」
「「全身骨折っ!?」」
「大丈夫だったのか!?」
「怪我はどうなの!?」
「後遺症は!?」
「痛いところはないの!?」
昔の事故を思い出したのか、治樹も治佳が矢継ぎ早に艦治に問い掛ける。
「うん、今は大丈夫。痛みも、痛覚軽減ってスキルのお陰でマシだったよ。
で、指導してくれてた先輩探索者さん達や一緒に指導を受けてた良光とかに神州丸内にある病院に運んでもらって、治療用ポッドに入れてもらって完治したんだ」
それを聞き、二人とも安心し、大きく息を吐いた。
「自分の足で歩いて帰って来たんだから、大丈夫ではあるんだろうけど、やっぱり不安になるもんだな」
「ええ、見た目はピンピンしてるみたいだけど、本当にどこも痛くないのね?」
「うん、もう全く問題ないよ」
「私が付いていながら、艦治様に大怪我を負わせてしまい誠に申し訳ございません」
ナギが艦治の肩から降り、ダイニングの床に土下座をして謝る。
「ちょっと! そこまでしなくても良いわよ」
「そうだぞ。今はこうしてガツガツご飯を食べてるんだ。
それに、今後また怪我をしたとしても、それをナギのせいだとは思わないから覚えておいてくれ」
それでも土下座を止めないナギを、治佳が両手で拾い上げて、テーブルの上に乗せてやる。
「ナギちゃん用のイスとか用意してあげなきゃね」
≪良いご両親だねぇ……≫
≪んー、ありがとう≫
赤飯を掻き込んでいる最中、艦治はふと気になっていた事を思い出した。
「そう言えば父さんと母さんの支援妖精は、今どうしてるの?
確か二人共同じ種類の鳥の支援妖精だったよね?」
艦治は中学に上がった前後から、二人の支援妖精を見た記憶がない。
「えーっと、それは単純に艦治に見られるのが恥ずかしかったからと言うか、何と言うか……」
「そうねぇ、思春期の息子に見せるのは、ねぇ……」
両親が揃ってもじもじし始めて、それを見せられる自分の方が恥ずかしいのではないかと思う艦治。
「良い機会だから見せてよ。気になるし」
治樹と治佳が視線を交わし、渋々と言った様子で艦治へ頷く。
そしてダイニングへ、二羽の鳥型支援妖精が飛んで来た。二羽は治樹と治佳、それぞれの肩へと止まる。
≪うわぁ、綺麗な鳥だね。何の鳥だろ、検索してみよっと。……おっと、なるほどこれは≫
「綺麗な鳥だけど、何て言う種類の鳥なの?」
まなみの検索結果を待たずして、艦治は二人へ直接問い掛ける。
その問い掛けには答えず、両親ともに気まずそうにしている。
≪オシドリ、だよ≫
≪オシドリ? ……仲が良いって意味のオシドリ夫婦の、あのオシドリ?≫
≪そう、それ。良いなぁ、私達もセカンド支援妖精はオシドリにしよっか≫
≪セカンド支援妖精って何だよ。それに親と同じ支援妖精を連れて歩くのもめちゃくちゃ恥ずかしいよ……≫
「えっと、まぁ良いんじゃないかな? 素敵だと思うよ、うん……」
治樹と治佳は艦治の言葉を受け、顔を真っ赤にさせたまま食事を続けた。
そのお陰で艦治は、めちゃくちゃ良かった事について言及されずに済んだのだった。




