031:帰宅
艦治とまなみは身支度を整えた後、医療施設を出て更衣室へと向かった。
≪かんちと別々なんてイヤだよ、私達専用の更衣室欲しい! ナギ、今すぐ作って!!≫
≪無茶言うなって。どっちにせよ荷物は更衣室にあるんだから一旦は分かれないと≫
≪今別れるって言った!?≫
≪字が違うよ≫
≪次回お越しになるまでに専用更衣室をご用意しておきます≫
≪周りの目が怖いから専用更衣室はナシで!!≫
上下黒のジャージ姿に黒のキャップを目深に被って更衣室を出たまなみは、すぐに艦治の左腕へと抱き着いた。神州丸を出て、入国管理局の裏口でナギが用意した黒いミニバンに乗り込み、まなみの家へと向かう。
≪ねーねー、どこにするー? 広い一軒家が良い? 高層マンションの最上階の方が良い? でもマンションだと近所の女がかんちにちょっかい掛けてくるかもだしなー。あ、ナミさぁ、神州丸に住むのって出来る?≫
三列シートの車内、後部座席ではまなみが艦治にくっつき、早くも艦治の高校卒業後に向けた結婚生活についての話がされている。
≪出来ますとも。まるごとお二人の屋敷のようなものです。どうせなら他の人間全てを排除する事も可能です≫
≪いやいや、そんな事したら世界全体から白い目で見られるから止めてくれる?≫
艦治とまなみ、そしてナギとナミが電脳通話で会話しており、車内では誰も口を開いていない。
口を開く必要がないので、まなみは艦治の胸元に顔を埋めたり、無表情のままキスをせがんで来たりしている。
≪神州丸全部じゃなくて良いから、二人っきりで住めるところを探しに行こっ。絶対誰にも邪魔されないところが良い! あ゛ーーー、明日から不安だなぁ。人を好きになるってこんなに辛い事だったんだなぁ、知らなかったよ。ってかかんちは世界一の資産家と言っても良いんだから、もう高校とか卒業する必要なくない? これからずっと一緒にいようよ! そうだ、そうしよう!!≫
≪高校は卒業させてよ。
ってかそんなに心配する必要絶対にないよ? 今までモテた事なんて一回もないんだから≫
自分に対して異常な執着を見せるまなみに、艦治は気圧されている。今まで人から告白されたり、好意を向けられたりした事がないので、嬉しい反面戸惑いも大きい。
≪分厚い眼鏡を掛けてたんでしょ? それでかんちのイケメンオーラが抑えられてたんだよ! ってか眼鏡掛けてたくらいでかんちのこの美しいお顔に気付けない女なんて相手じゃないね。いやでも不安は不安だぁぁぁ! 授業中も電脳通話繋ぎっぱなしにしといてね!!≫
≪授業中は電脳ネットが遮断されるから無理じゃない?
そう言えばナギ、授業中って支援妖精との会話はどうなるの?≫
高校や大学の授業中は、インプラントを入れている生徒と入れていない生徒の差をなくす為、電脳ネットへのアクセスが遮断されるようになっている。
≪授業中は支援妖精との通信も遮断される、と日本政府には伝えております。
が、実際は状況を判断して支援妖精側が反応しないようにしている、というのが正確な表現となります≫
全ての支援妖精の制御は電脳人格であるナギが行っている。途轍もない情報処理能力だが、ナギにとってはそれほど負荷の掛かる作業ではない。
それだけナギが高性能という事に加え、インプラント埋入手術を受けている人間が、地球全体で見るとかなりの少数派であるという事もある。
≪学校に電脳ネットへのアクセスを遮断する装置がある訳じゃないって事は、ナギの判断でかんちのアクセスだけ遮断せず常時繋ぎっぱなしにする事も出来るんじゃなぁい?≫
≪もちろん可能です≫
まなみが反応を示す前に、艦治から待ったが掛かった。
≪僕のアクセスも他の生徒と同じように遮断してほしい。授業は普通に受けたいし、テストなんかもズルをせずに受けたい。
一回不正をしてしまうと、どんどん歯止めが効かなくなって僕が僕じゃなくなっていくような気がするから、怖いんだ≫
艦治がまなみの目をじっと見つめる。まなみは無表情のまま、艦治の左腕を締め上げる。
≪かんちが授業を受けてる間、私はずっと不安を感じてるんだよ? 寂しいんだよ? 気が狂っちゃうかも知れないじゃん……≫
≪ある程度僕を信頼してほしいし、まなみが僕に依存するのも違うと思うから、そこは慣れてほしい。
小まめに連絡はするようにするし、隠し事もしないから≫
≪………………………………分かった≫
艦治がまなみを説得したタイミングで、ちょうどまなみの住むマンションへと到着した。
神州丸が墜落した後に開発された土地で、主に一流企業やトップ探索者が住んでいる高級住宅街に存在する。
≪訓練の日が決まったら教えてね≫
まなみの両親は未だデートから帰って来ておらず、艦治との顔合わせは後日行われる事となる。
≪えー、やーだー部屋まで送ってくれなきゃ帰らーなーいーーー≫
≪部屋まで行ったら帰れなくなりそうだから、今日はここで見送るよ≫
≪離れたくなーいーーー!≫
などと、まなみが駄々をこね続けた為、艦治はマンションの前で十分以上足止めを食らう事となった。
マンションのエントランスへと入ったまなみは、何度も何度も振り返って艦治へと手を振るが、ずっと電脳通話を繋ぎっぱなしである。
≪見た目は無表情ですごく落ち着いて見えるのになぁ……≫
≪ううう……、寂しくて死んじゃいそうだよぉぉぉ≫
≪早くエレベーターに乗らないと通話切っちゃうよ?≫
≪何でそんな事言うの!?≫
まなみが走って車へと戻って来た為、艦治はさらに十分間の足止めを食らう事となった。




