030:バカップル
「加見里って事は、穂波さんと真美さんの娘さんなのかな?」
英子の問い掛けに、まなみが頷く。
「それは担任としては心強いわ。あの二人の指導を受けた身としても、ね」
「せーぎさんだけでなく、小笠原先生もまなみさんのご両親を知ってんスね。有名な探索者なんスか?」
良光の質問を受けて、英子が穂波と真美の説明をする。
「元々は<恐悦至極>に所属する探索者だったの。もっとも、私達が入るずっと前に抜けてて、今は<珠聯璧合>って探索者集団を立ち上げて活動をされているわ。
<恐悦至極>に所属する探索者は全員、お二人に育ててもらったと言っても過言じゃないくらいお世話になってるの」
<珠聯璧合>は<恐悦至極>所属探索者の教導を買って出ており、両集団間の友好度は非常に高い。
「え? 仲が良いのに何でわざわざ独立されて別集団を立ち上げる事になったんスか?」
「えーっと、娘さんの前で言うのは気が引けるんだけど……」
英子がまなみの顔色を窺うと、問題ないと頷いて見せた。
「まなみさんを見たら想像出来ると思うけど、ご両親共にすごく美形なのよ。
で、お父様である穂波さんが異常に女性受けが良いの。隙あらばお近付きになろうとする探索者が多くて、穂波さん目的で<恐悦至極>に入ったり、ご本人が無口なのを良い事に、ある事ない事言いふらして既成事実化を狙ったりして、良くない雰囲気になっちゃった時期があって。
だからお二人だけで抜けられて、<珠聯璧合>を作ったと聞いているわ」
≪いくらパパがカッコイイからってママ嫉妬し過ぎじゃない? って思ってたんだけど、今になってその気持ちが理解出来ちゃったー。かんち盗られないか心配過ぎてヤバイから今後のかんちの訓練はうちのパパとママにお願いするけど良いよね? ね? ってかもう二人から了解得てるし≫
出会ったその日にお互いの裸を見せ合い、婚約し、両親への紹介も決まっているという超スピード展開の艦治とまなみ。
≪了解。近々ご挨拶に伺いたいって伝えておいて≫
艦治はいずれちゃんと挨拶する必要があるのだから、早いか遅いかの違いでしかないと納得する。
「まなみがご両親の了解を得たらしいので、お二人から指導を受ける事にします」
「そうか、それは安心だな。
だが、だからと言って俺達の指導を受けるなって言う人達じゃない。何かあればいつでも声を掛けてくれ。
俺からも今日あった事は報告しとくからよ」
正義が艦治の今日の訓練で感じた事や気になった点などを、穂波へ伝えておくと申し出た。
「俺は皆さんからのお許しが出るんなら、このまま<恐悦至極>に入らせてほしいっス」
良光の言葉を聞いて、艦治が驚く。
「何で? 一緒に訓練受けようよ」
「いや、俺は<珠聯璧合>には入れない。相手がいないんだから」
「相手?」
「まぁ、所属集団が違うからって一緒に探索するなって事でもなさそうだし、学校では毎日会うんだし問題ねぇよ」
「入れない? <珠聯璧合>に入るには条件があるんですか?」
不思議そうに聞く艦治だが、その場にいる者達はあいまいな笑みを浮かべるのみにとどめる。
≪<珠聯璧合>には『結婚を祝う』みたいな意味があるんよ。ママがパパに害虫を寄せ付けない為に付けたらしいよん。昨日までちょーダサいから名前変えてほしいって思ってたけど、これ以上私達が所属するに相応しい探索者集団はないと思い直したね!≫
「バカップルじゃん!?」
みんなが思っていても言わなかった事を口に出してしまう艦治。そんな艦治に温かい視線が向けられる。
「もう分かっているかも知れんが、<珠聯璧合>の所属構成員は三人だけだ。父親の穂波さんと母親の真美さん。そして娘のまなみさんだな」
武則が追加情報をもたらす。
≪そして今日から義理の息子枠が追加されました! これでかんちにも害虫が寄り付かないようになるね!! いやでも油断出来ないから常に目を光らせて近付いてくる羽虫をちぎっては投げちぎっては投げしないと……≫
「って事でせーぎさん、ばしらさん。神州丸を出て港に戻りたいっス。
今日の収穫を引き取ってもらわないと」
「そうだな。幻想迷宮で倒した妨害生物が落とした戦利品とかを売りに行くか」
話は終わったとばかりに、良光達が立ち上がって部屋を出て行こうとする。
つられて立ち上がる艦治だが、英子から待ったが掛けられる。
「井尻君。身体は治ったとの事だけど、信じられないけど受け入れるとして、よ。
あれだけの怪我をしたんだから、今日はもう帰って休みなさい。身体は癒えても心まで癒えているとは限らないんだから。
今は大丈夫でも、ふとした時に思い出して怖くなったりするかも知れないもの。ゆっくりお風呂に浸かって、今日の事を振り返りなさい。
その上で大丈夫そうなら、穂波さん達に訓練してもらうと良いわ」
「……そうですね、分かりました」
艦治は素直に英子の言葉に従う事にした。
「俺は適当に帰るから気にすんな」
良光が艦治に向けてひらひらと手を振り、正義と茂道と共に個室を出ていく。
「もし明日無理そうなら、一日くらい学校を休んでも良いわ」
「はい、ありがとうございます」
英子と武則も後に続き、個室には艦治とまなみのみとなった。
「じゃあ僕達も帰ろうか。確かナギが、帰りまでに僕用の車を用意してくれるって言ってたんだよ。
神州丸を出て、入国管理局の裏口から車で帰ろう」
≪帰る前にすごーく重要な用事があるんだよね。もうこれをしておかないと明日から私が不安で居ても立っても居られないと思うんだー。だから私のお願いを聞いてくれるかなー?≫
まなみが艦治にしてほしいお願いがあると訴える。
「重要な用事? ご両親への挨拶は後日って事だったよね?
うーん、何かは分からないけど、その用事を済ませる事でまなみの不安がなくなるなら、もちろん付き合うよ」
≪言質頂きましたーーー! 用意出来てるらしいから行こっか♡≫
まなみが艦治の左腕にがっちりと抱き着く。個室へ十人の治療用ヒューマノイドが入って来て、艦治を追い立てるかのように、ある部屋へと二人を誘導する。
「……ベッド?」
六畳ほどの薄暗い部屋。真ん中にクイーンサイズのベッドが置かれ、サイドテーブルには各種必要な品々が並べられている。
≪シャワーはもう浴びたから、良いよね?≫
「いやそれはさすがに心の準備が……、外から鍵掛けられてる!? いつの間にかナギもナミもいない!?」
≪私しか目に入らないように、し♡て♡あ♡げ♡る♪≫
無表情で迫って来るまなみの腕を掴むと、わずかに震えている事に気付く艦治。
「……無理してここまでする必要ないんじゃない? そんなに僕の事信用出来ない?」
「……艦治君を、私だけのものに、したいの。
……お願い、私のワガママ、聞いてくれる?」
まなみの潤んだ瞳を前にして、艦治は………………。
≪見てこれっ! シーツにめっちゃ血ぃ付いてる!! 写真撮っとこーっと≫
「雰囲気も何もないな!?」




