021:初探索前準備
鞄から飛び出したナギを目にした正義と茂道だが、艦治が危惧したような展開にはならなかった。
そもそもナギ小の中身とナギ大の中身が同じだという発想に至らないようだ。同時に話している場面を見ていないと気付けないのかも知れない。
「まぁ自分でナギだって名乗ってんなら、あっちのナギさんも怒らないだろ。
ナギさんと支援妖精の身体の造りは一緒だって公表されてっし、似てても当然か」
身体の大きさが違う事、声のトーンが違う事も同一視されなかった理由だと思われる。
また、正義と茂道がナギと会って話した事がない、というのも理由だろう。
≪支援妖精のナギは喋れるけど、外交大使のナギとは別人格って設定ね。
これはもう絶対に譲れないから≫
≪承知致しました≫
艦治の譲れないラインがどんどん後退していっている。
「はいよ。いつものヤツ。
たけりとえーこちゃんの分をみんなに分けてあるから多いかも知れないけど全部食べるんだよ!」
茂道の母親が四人分の軽食を持ち帰り用の袋に入れて持って来た。正義と茂道はいつも迷宮内で昼食を摂っているのだ。
「おばちゃん、ありがと。おじさんも頂きます!」
「ここではマスターって呼べっつってんだろ!!」
それぞれ鞄に軽食を入れて、席を立つ。正義のツケなので、支払いの必要はない。
艦治が、カウンターの向こうでグラスを拭いている、白いワイシャツに紺のエプロンを付けた茂道の父親へ頭を下げる。
「マスター、ご馳走でした」
「おう、また来な」
茂道の父親が渋い声で送り出す。
「おじさん、ありがとっス」
「だからマスターって呼べっつってんだろ!!」
喫茶店を出て、四人は徒歩で入国管理局へと向かう。艦治はビクビクしながらも、ナギを肩に乗せて歩いている。
「こっちの道を使うと、うるせぇ奴らの顔を見る必要ねぇから覚えとけ」
正義が活動家達に会わない道を艦治と良光に教えている。
すれ違う人達は探索者風もいれば、迷宮関連の仕事をしているような者もおり、ちらちらと四人へ視線を向ける者もいた。
トップ探索者である正義と茂道ばかりが注目を浴びて、意外にもナギに気付く者は少なかった。
しかし、ナギに気付いた者から噂が飛び交い、すぐに話題の中心となるだろう。
その時、正義と茂道とこうして一緒にいる事が大きな意味を持つ。下手なちょっかいを掛けると、トップ探索者を敵に回す可能性がある、と思わせる事が出来るのだ。
入国管理局に入り、自動改札機を通り過ぎる。艦治の視界に『ようこそ神州丸へ』という文字が表示された。
艦治が面白い仕掛けだなと感心していると、その文字がピンク色なって配置が変わり、ハートを形作り点滅し出す。
「何でハート……?」
「艦治、何か言ったか?」
≪艦長特別仕様です。他の人には見えません≫
「いえ、何でもありません!」
≪ちょ!? 止めてよ変に思われるじゃん!!≫
「そうか? お、ちょうどエレベーターが来たぞ」
エレベーターに乗り込み、ロープウェイ乗り場へ到着。
「おお、また良いタイミングだな! 今日はツイてるぞ」
またちょうど良いタイミングでゴンドラへ乗り込み、そして四人は神州丸内部へ到着した。
「先にこっちだな」
正義がアパレルショップのような雰囲気の場所へと足を向ける。このあたりはナギが案内しなかった為、艦治と良光にとっては初めての訪問となる。
「二人はまだ初期装備も貰ってないよな?」
「そう言えばそうっスね」
「んじゃ装備屋の説明をしてやろう」
装備屋とは探索者が付けた通称であったが、神州丸から後に公称として採用された。
探索者登録した者が初めて装備屋を訪れると、初期装備と呼ばれる攻撃用の金属の棒と、迷宮探索用の防護服が支給される。防護服は迷宮内で妨害生物に襲われても怪我をしにくいように、ダイビングで使うウェットスーツのようなものに、肘部分と膝部分がプロテクターで保護されている形状になっている。
探索者が迷宮探索を進め、神州丸が活躍していると判断した際にはその活躍に応じたポイントを各個人の電脳OSへと付与する。そのポイントを消費して、もっと良い装備を購入する事が出来るようになるのだ。
また、神州丸から探索者へ与えられる能力が存在する。身体強化や痛覚軽減など様々な能力があり、スキルショップと呼ばれている場所で購入する事が出来る。
このスキルショップを用意するにあたり、探索者の射幸心を煽ればより多くの探索者が迷宮へ通うだろうというナギの目論見により、ガチャシステムが導入された。
多くの探索者がこのガチャシステムに日々翻弄されている。
購入用・スキルガチャ用の所持ポイントとは別に、探索者が獲得した累計のポイントが記録されており、その累計ポイントを元にランキングが常時公開されている。
以上のような説明を正義から受けて、嫌な予感が艦治の頭をよぎる。
≪初回の探索でレアモンスターが出てそれを討伐してポイント爆増、いきなりランキングトップに躍り出る、とか止めてね≫
≪なるほど、そういう手があったのですね≫
≪絶対に止めてね!!≫
艦治とナギが脳内でやり合っている最中、良光が装備屋のレジにあたる場所に立つと、レジ横の壁が開き、ベルトコンベアで初期装備一式が流れて来た。
「次は艦治だ。レジの前に立てば電脳OSに表示が出る」
正義に言われたようにレジ前に立つと、艦治の視界に文字が表示された。
『特別仕様初期装備を受け取りますか?』
≪特別仕様ってどういう事!?≫
≪見た目は初期装備と全く同じですが、性能が格段に良いものをご用意致しました。もちろん良光様にも同じものをお渡し致しました≫
艦治は、バレなければそれで良い、というものなのだろうか? と首を傾げるが、良光の視線を受けて、素直に受け取る事にした。




