020:待ち合わせ
艦治がロン毛男に絡まれた際に庇おうとしたベテラン探索者、沢渡正義が指定した場所は、港からも駅からも少し離れた街中の喫茶店だった。
現在電脳ネット中で噂になっている二人を、人の多い場所に呼び出すべきではないという気遣いからだ。
良光は、車をその喫茶店から少し離れた場所に停めるようナギに指示した。
「目立つのがダメでしたら、光学迷彩で見えなく致しますが」
「見られたら逆に目立つだろ!」
喫茶店を少し通り過ぎた場所で、二人は車を降りた。
艦治が不要だと言ったので、警備ヒューマノイドを乗せたまま車は走り去っていった。
艦治には伝えていないが、ナギはすでに喫茶店の周辺警備を始めている。
「意外と人通りが少ないな」
「オフィス街に近いからじゃない? 日曜だしね」
港付近は宇宙船『神州丸』墜落直後は地価が急落した。宇宙船の近くなど怖くて寝れるかと、逃げ出す住民が多かったのだ。
しかし、神州丸がもたらす科学技術や迷宮から得られる様々な恩恵などが広く知られると、企業や移住者が殺到して地価が急騰し、現在も上がり続けている。
ただし、富士山周辺の景観保護の為、高層ビルの建設は規制されているので、横へ広く地下へ深く開発が広げられた。
静岡県駿河湾周辺は、今や地球上で一番発展している都市部となっている。
「あれか?」
「うん、間違いなさそう。時間より早いけど待たせるより良いよね」
かなり入り組んだ路地の先にある喫茶店だが、電脳地図により視界に経路案内が表示されるので、迷う事はない。
カランコロン♪
落ち着いた印象の純喫茶風の店へ入る二人。店内にはジャズが流されており、高校生の艦治と良光は少し委縮して、店内を見回す。
「おう、こっちだ!」
店内の一番奥、商談にも使えそうなテーブルの壁際のソファーから正義が顔を見せる。
二人は小走りに近付き、正義の対面の椅子へと腰掛け、鞄を足元のカゴへ入れる。
「すみません、お待たせしました」
「いやいや、早めに来てゆっくりしてただけだ。気にすんな。
ここはこいつの実家がやってんだ」
正義は今日もタンクトップ姿だった。正義が、隣に座っているラガーシャツを着た男を紹介する。
「こいつはばしらだ」
「せーぎが見込んだ新人なら、全力で行けそうだな」
「全力?」
「せーぎ?」
艦治と良光の視界に『連絡先を交換しますか?』という文字が表示される。それぞれが了承すると、正義にばしらと呼ばれた男の名前が分かった。
「石柱茂道さん、ですか。
だからばしらって呼ばれてるんですね」
「って事は、せーぎってのは仲間内での正義さんの呼び方なんスね」
「探索中の意思疎通は重要だからな。例え脳内通話出来るっつっても『避けろいしばしら!』なんて言ってられんだろ?
だから俺らの仲間は名前を縮めて呼び合うようにしてんだ」
艦治はそんなに変わるものだろうか、と疑問に思ったが、口に出す事はなかった。
「自己紹介も良いけど、注文しとくれよ」
店のカウンターから初老の女性が声を掛ける。
「あ、すみません。アイスコーヒーを二つお願いします」
「はいよー。あんた、アイスコーヒーだってさ」
「店ではマスターと呼べと言うとるじゃろ!!」
そんな茂道の両親の会話を聞いている内に、艦治と良光の緊張はいつの間にかほぐれていた。
「今日は<恐悦至極>から、俺を含めて四人来る予定だったんだが、お前達が店に入ってくる直前に二人が急用だって言って断って来たんだ。
だから今日は俺とばしらとお前ら二人だけだ」
艦治と良光は、前もって<恐悦至極>の事を調べており、かなりの人数がこの集団に所属している事を知っていた。
「急用スか。やっぱトップ探索者は忙しいんスね」
「いや、あの二人は休日探索者だから探索関係以外の用事だろうよ。
ったく、平日は仕事してんだからゆっくり探索出来るのは土日だけだって言うのによぉ」
「やるからには全力で行くべきだ」
探索者には探索一本で稼ぐ者や、仕事終わりや休日にバイト感覚で迷宮に入る者、そしてほとんど活動しない無探索者が存在する。
無探索者とは、インプラント埋入手術を受けただけの者を指す蔑称だ。
「はい、アイスコーヒーお待ち」
茂道の母親が艦治と良光の前にアイスコーヒーを置く。
「二人の顔は覚えたからね。いつでも来て良いよ。
お代はマー坊に付けとくから何でも頼みな! こう見えても稼いでるからね」
そう言うだけ言ってさっさとカウンターへ戻って行った。
「マー坊さん、良いんスか?」
「あぁ、別に良いぞ。俺はばしらの友達価格で安くしてもらってっし、サテン代なんて知れてるからな。
けど、二度とマー坊って呼ぶんじゃねぇ! ……良いな?」
「あっ、ハイっス。しゃっス」
縮こまる良光を見て、正義が噴き出す。
「冗談だよ。ほら、飲め飲め。
あと、探索者界隈では俺はせーぎ、こいつはばしらで通ってっから。それで呼んでくれ」
ストローでアイスコーヒーを吸いならが、艦治と良光が頷く。
「それで、良光の支援妖精は肩に乗ってるからライオンと分かるが、艦治の支援妖精はどこにいんだ?」
支援妖精が話題になると、茂道が膝に置いていたフェネックを抱き上げて二人へ見せつける。
「僕のきーたんより可愛いかな?」
「おー、可愛いっスね」
「そうだろうそうだろう! 君のライオンは何て名前だい?
ちなみにきーたんの本名はキャロラインって言うんだ!」
「テオっス」
ここに来て、艦治はとてもマズイ状況である事に気付く。
他の皆が当然のように自分の支援妖精に名付けをしているのに、自分の支援妖精には最初から名前があった。
しかも、姿格好から名前まで、ほぼ全ての探索者に知れ渡っているのだ。
≪良光、どうしよう!? 僕ナギの名前考えてない!!≫
≪はぁ? ナギの名前って何だよ。ナギはナギだろ。
ってかリアル会話中に電脳通話して来んなよ、めっちゃ難しいわ≫
「で? 艦治の支援妖精は?」
正義は黒猫の支援妖精、だーく★また子を撫でながら艦治へ尋ねる。
「えっ!? あの、えっと……」
艦治が話を振られ、どうするべきかと頭を働かせていると、足元から艦治の鞄が浮き上がって来た。
「何だ……?」
「全力手品か?」
わずかに開いていたチャックの隙間からナギ小が飛び出し、鞄がカゴへと落ちる。
「初めまして。艦治様の支援妖精を務めております、ナギと申します」
「さすが期待の新人だぜ!」
「これは全力間違いなしだな!!」
艦治が思い悩む必要はなかったようだ。




