019:黒塗りの高級車、国旗を添えて
六月九日 日曜日
良光と明日の探索者デビューについて打ち合わせをした後、艦治は久しぶりに両親と夕食を共にした。料理を担当したのは心乃春と心乃夏だ。
治樹も治佳も、心乃春と心乃夏も一緒に食事するよう誘ったのだが、ヒューマノイドである二人は食事をする機能が備わっていない。
話し合いの結果、食事時は心乃春と心乃夏も一緒に座って過ごす事が井尻家の決まりとなった。
ヒューマノイドとはいえ、数日に一回は人間で言うところの睡眠が必要となる。
また、夜間にずっと起きて待機させたままなのも自分達の居心地が悪いという事で、心乃春と心乃夏には客間をあてがう事になった。
治佳が電脳ネットで二人の寝巻や外出着、靴やアクセサリーなどをきゃあきゃあ言いながら選び、艦治が送られて来たリンクを元に注文していった。
お急ぎ便で届いた衣服で心乃春と心乃夏を着せ替え人形にしながら、治佳はまたもきゃあきゃあと騒いでいた。
艦治は心乃春と心乃夏からの風呂の世話を全力で断った。そのやり取りを見ていた治佳が羨ましがり、心乃春と心乃夏と一緒にお風呂に入りたいと言い出した。
ナギがインプラント経由で許可を求め、艦治が承認したので、治佳は二人を引き連れて風呂場へと向かった。
艦治は二人の裸を見て治佳はどう思うのだろうかと少し懸念したが、治佳はご機嫌で上がって来たので無用な心配だったようだ。
そんな、艦治にとっては久しぶりに賑やかに過ごした翌日の日曜日。
艦治が電脳OSの目覚まし機能で目覚め、心乃春と心乃夏のお世話をされつつ身支度を整え、朝食を済ませると、時間通りに良光が迎えに来た。
艦治も良光も、動きやすくて汚れても問題ないジャージを着ている。
「警備の人らは帰ったのか?」
「うん、何か目立たないようにしてくれるらしい」
「って事はどっかにいるんだな」
≪良光様のご自宅も同様に手配しております≫
「……それは素直にありがとうと言っとくわ」
艦治が注目を浴びる事により、その周辺にどんな影響が及ぶかまだ分からない。
良光は家を出た際にそんな気配には全く気付かなかったので、それなら良いかと思う事にした。
さぁ駅まで歩くか、と井尻家の玄関を出た艦治と良光の前に、音もなく黒塗りの高級車が止まった。
ご丁寧にフェンダーポールには神州丸を示す、黒地に白い線で宇宙船のマークが入った国旗が立てられており、乗っている者が神州丸と深い関わりがあるのだろうと簡単に想像出来るようになっている。
艦治の鞄に隠れているようにと言われているナギから、艦治と良光へ電脳通話が掛かってきた。
≪お車を手配しておきました≫
「めちゃくちゃ目立つじゃねぇか!」
≪歩いている際に誘拐される恐れがありますので、お車でのご移動をおすすめ致します。
また、この車両は絶対に他国の手が入っておりませんので、安心してお乗り頂けます≫
「うっわめんどくせ! そんな事まで考えないといけないのかよ」
≪良光、声がデカい! もう誰かに見られる前に乗っちゃおう!!≫
≪あーもう! さっさと出せ!!≫
二人が急いで後部座席に乗り込み、車が音もなく走り出す。車内には警備ヒューマノイドが四人乗っていた。
四人ともテーザー銃を装備しているのを見て、良光が自分達が置かれている状況について考える。
「……ちょっと楽観的だったか? 誘拐まで考えないとならんのか」
≪もちろん誘拐を許す事は絶対にありませんが、誘拐出来そうな隙を見せる事自体避ける必要があります。
脅威を排除するのは簡単ですが、毎回目立ってしまいますので、お二人が嫌がられるかと思われます≫
艦治は、自分を攫おうとする外国人が、大人数で現れた警備ヒューマノイドにボコボコにされる場面を想像し、苦い表情を浮かべる。
「それにしても毎回この車で移動するのはなぁ。学校もあるし、ジムにも行きたいし」
「いくら期待の大型新人探索者だっつっても、この車で学校に乗り付けるのはダメだろ。
学校くらいは歩いて行けるように、影から守るように出来ないのか?」
≪分かりました。そのように手配致します。
ただ、ご自宅から学校への距離なら何とかなりますが、神州丸までの道中についてはやはりお車をご利用頂きたいです≫
「あぁ、そこそこ離れてるもんね」
「んじゃこの車じゃなくて普通の見た目の車を用意すればいいじゃん。一千億をポンと出せるならそれくらい用意出来るっしょ」
≪分かりました。ではそのように致します。
本日神州丸を出られるまでにはご用意出来ると思われます≫
良光はナギが本当に理解しているのかと不安に思い、事細かく確認する事にした。
「高級じゃなく国旗も立ってない、普通の車で良いんだぞ? 何なら見た目はタクシーで良いんだからな? ってか毎回タクシーでも良いくらいだぞ?」
≪……考慮致します≫
「何で間が空くんだよ!?」
「ナギ、本当に普通の車でお願いね? うちの自家用車みたいなので良いんだからね?」
≪ふふっ、心得ておりますわ≫
「これはフリじゃないからね!?」




