163:市場関係者の反応
七月十八日 木曜日
【証券会社】
「まさかごっそり買収して来るとはな」
「あぁ、資金力が凄まじい」
「一時は十兆円企業だったのにな」
「買収される直前の時価総額が五千億か。
それも自社株買いして何とか見栄えを良くした後だったからな」
「天下のサクセサー商事が上場廃止かと思ってたら、まさかの買収だもんな」
「しかも全く無名の企業だ。
三ノ宮伊吹だってよ。社長の名前か?」
「いや、社長はどうやら井尻艦治と言うらしい」
「うーん、聞いた事ないな」
「これは噂レベルなんだがな、新人探索者で井尻艦治って高校生がいるらしい。
有名な探索者集団に所属してるんだと」
「……探索者、か」
「あぁ。
サクセサー商事の商売は神州丸からの戦利品の売買だ。
今は神州丸から爪弾きにされてるとはいえ、全くの無関係とは言えんだろう」
「ただの高校生が三千億以上のキャッシュを用意出来るのか?」
「その高校生の背後に複数人の有名探索者がいたとしたら」
「……あり得なくはない、か」
「この場合は単なるマネーゲームではなく会社そのものに価値があると考えているって事になる」
「自分達が持ち帰った戦利品を全てサクセサー商事の買取店に卸すとかか」
「ただ、それだけで三千億円以上の価値になるかどうかって話だな」
「今は時価総額一兆円に戻ってるがな」
「それも三ノ宮伊吹の買収時点で逃げられなかった空売りの買い戻しが大半だ。
もしサクセサー商事が神州丸から許されたとすれば、元の時価総額に戻ってもおかしくはない」
「脱税やら何やらの不法行為についてはすぐに修正申告してたしな」
「上場廃止にならなかっただけマシだと思ってたら、こんな展開になるとはな」
「何にしても、ここは当分手を出さん方が良いな」
「間違いない」
【財務省】
「株主が探索者ばかりだな」
「加見里夫妻にその娘、<恐悦至極>の団長、<堅如盤石>の団長、新人探索者数名……」
「気になるのが、山中博務と天辺雅絵の二名だ」
「この二人も探索者なのか?
ん? 天辺?」
「あぁ、あの天辺商事のご令嬢だそうだ。
ちなみに彼女は内閣国家安全保障局迷宮対策室所属で、山中の方が文部科学大臣官房人事課所属だ」
「迷宮対策室と大臣官房人事課……」
「背後で天辺商事が噛んでいるのか、それとも内閣なのか」
「まぁ内閣ではないだろうがな。
問題なのは、二人ともエリートで簡単にここに呼びつける訳にはいかんと言う事か」
「ここに来たとして、何を聞くつもりだ?」
「他の株主との関わり、そしてサクセサー商事の使い道についての確認、だな」
「それを聞いてどうする? 彼らの動きは全て合法的なものだ。
凄まじい資金力があるのには驚くが、金さえあれば他の者でも同様の事が出来る」
「国家存亡の危機、という訳でもないか」
「あぁ。私はこの情報を内閣官房にも大臣官房にも回さん。
あくまで私の職責の上で知り得た事だ」
「余計な事をすれば、首が物理的に飛ぶかもな」
「……念の為、上にも聞かれるまでは報告しないでおこう」
「それが良いな」
プルルルル♪
プルルルル♪
「二人同時にケータイが鳴るなんて珍しいな」
「ふむ、そうだな。知らん番号だが、とりあえず出るか」
「もしもし」
「もしもし」
『我ら神州丸は貴方達お二人が素晴らしいご判断をされた事、心より安堵致しました。
お二人のさらなるご活躍を祈念致します』
「「………………」」
『何かお困りごとがあった際は、私ナギまでご連絡下さいませ。
こちらの番号に掛けて頂ければすぐに対応させて頂きます』
「「…………はぁ」」
『それでは失礼致します』
「………………ふぅ」
「……危うかったな」
「ナギ氏の目的は何だと思う?」
「我々に余計な事をさせないのが目的だな」
「そうではなく!!」
「我々が何もしなければ、それで良いんだ。
この先もし何かが起きて、上から問い合わせがあればこの資料を提出する。
ただそれだけで良いんだ」
「…………やむを得ないか」
「お互い、寿命で死にたいもんだな」
【国内企業】
「外部からうちのPCを操作していたのは誰だったんですか!?」
「君が知る必要のない事だ」
「またそうやって……」
「上に通報はしたんだろう?」
「しましたが、誰も取り合ってはくれませんでした。
それどころか、部署も異動させられて……」
「でも今は元の部署に戻っただろう?」
「そういう問題ではないと思います!
サクセサー商事の株も全てなくなっていますし、不審な点だらけです!!」
「元の部署に戻って早々、その後どうなったのかを確認したのか」
「当たり前じゃないですか!!」
「君の行いは決して否定されるものではない。むしろ、賞賛されるべき行いだと思う。
だからこそ、元の部署に戻されたのだと思ってくれたまえ」
「それでも納得出来ません!」
「出来なくても良い。そのまま飲み込む事をオススメするよ」
「……公益通報を考えています」
「やれば良い」
「……やはり、相手は神州丸ですか?」
「勘は良いようだね。それともカマかけかな?」
「…………」
「私も昔、君のように公益通報した事があったんだ」
「……!?」
「どうなったか知りたいかい?」
「……いいえ」
「君の気持ちは痛いほど良く分かる。
でもね、この国に生きている以上、従わなければならない事はあるんだ。
話ならいくらでも聞こう。けど、君の思うような結果にはならないよ」
「それでも私は……!!」
「若いねぇ。
まぁ、無理せずに頑張りたまえ」
「…………こんなの絶対におかしい!!」




