160:取締役会
「腐れ縁です」
家事ヒューマノイド(まなみ)が一同に廻を紹介した。
「親友兼同じ人を愛する同志だよ!!
いたっ!?」
まなみからチョップを食らった廻を見て、彩は自分の同類が来たと密かに喜んでいる。
「で、廻ちゃんは持ち株会社に参加すんのか?」
その件でこの海鷹島までやって来たのだと思っている正義だったが、廻は否定した。
「参加と言われても、何も手伝える事はないと思うんだ。
侵略迷宮の拠点構築に掛かり切りになるからね」
「じゃあ何で来たんだ? 顔合わせだけか?」
正義にそう尋ねられた廻は、まなみへ抱き着こうとして、思い切り避けられた。
「ちぇっ。ボクはまなの水着を見に来たんだ。
さぁ、波打ち際できゃきゃうふふしよう!」
何故か手をワキワキさせながら叫ぶ廻だが、まなみはツッコミを入れる事すらせず放置している。
元々は持ち株会社に関する確認中だったので、代表して艦治が話を進める事にした。
「えーっと、一応これで声を掛けるべき人には伝えた形になりますね。
博務さん、あと何かこの場で決めておく必要がある事はありますか?」
話を振られた博務が雅絵に視線を送った。
雅絵は博務に小さく頷いてみせる。
「すでにある会社を三ノ宮伊吹という社名に変更する事は決まったけど、社長はどうするつもりかな?
ペーパーカンパニーとはいえ、実在する日本人が役員になっているはずだけど」
一同の視線が艦治の肩に座る、妖精ナギへと向けられる。
しかし妖精ナギが口を開くのではなく、家事ヒューマノイド(ナギ)が説明を始めた。
「仰る通り名義は実在する日本人のものですが、その人物は一切会社運営に関わっておりません」
ペーパーカンパニーだから、という事ではなく、名義人であるその人物は、自分が会社の役員であるという事すら知らされていない。
ナギが路上生活者を支援する代わりに、名義を貸してもらっているのだ。
まるで反社会的勢力のような事を、ナギは世界中で行っている。名義を貸している本人は何の不自由も不利益も被っていないので、問題として認識されていない。
ただし、その人物に成り代わったヒューマノイドが身分を偽って偽造の書類を作成し、国や機関に提出しているので、複数の法律に抵触している事は間違いない。
ナギはそんな裏の事情には触れず、この場において必要な事だけを話す。
「持ち株会社として運営するのであれば、こちらにおられるどなたかを役員登記する事をおすすめします」
株式会社の運営には、取締役という役員が必要となる。
規模や形態によって必要人数は変わり、監査役という別の役員も必要になる場合もあるが、会社の株式を所有する株主が取締役を指名するという事は変わらない。
株主からの指名を受けた取締役の中で話し合い、代表取締役を決める。例外はあるが、代表取締役イコール社長と考えて問題ない。
ちなみに、代表取締役は複数人いる場合もあり、必要に応じて任命される。
「艦治君の名前を極力伏せたいという理由から、本来であれば社会人である僕や雅絵が名乗りを挙げるべきだけど、残念ながら僕らは公務員なんだよね」
「すみません」
博務も雅絵も共に公務員なので、営利目的で運営される一企業の役員になる事は禁止されている。
なお、公務員が株式会社の株主になる事自体は問題とされない。
「いやいや、謝る事じゃないよ。
となると、ここは僕の名前にしておく方が……」
「俺がなろう」
艦治の言葉を遮ったのは、正義である。
「艦治が良いと言うなら、俺の名前を使ってくれや。
本当に役員として仕事をしろと言われると困るがな」
そう言って笑う正義に、艦治が頭を下げる。
「すみません、矢面に立たせてしまいます」
「気にすんな! お前らには散々世話になってるし、輝ちゃんと出会うきっかけまで作ってもらってんだ。
俺に出来る事なら何でもやるよ」
正義がバンバンと艦治の背中を叩く。そんな二人を優しい笑みを浮かべながら見つめる輝。
しかし、博務も雅絵も、どこか困った表情を浮かべている。
「えっと、まだ何か決めないといけませんか?」
二人の様子に気付いた艦治が声を掛ける。
雅絵が申し訳なさそうに口を開いた。
「はい。
上場企業であるサクセサー商事を買収出来るほどの資金力のある規模の大会社の場合、取締役は最低三人必要でして、なおかつ監査役が一人と、会計監査人を指名する必要があります。
監査役は知識や実務経験があれば問題ありませんが、会計監査人については公認会計士でなければなりません」
「つまり、正義さんだけじゃなくあと二人、いや三人か。
二人の役員ともう一人、監査役をお願い出来る人を探して、なおかつ公認会計士に依頼しないとダメって事か。
教えてくれてありがとう。助かるよ」
「いえ、とんでもございません」
艦治が雅絵に謝意を示す。
正義が漢気を見せた場面で、盛り上がっている一同に対し水を差すような事を言わなければならないという損な役割を演じた事に対する感謝だ。
「……パパとママ?」
まなみが艦治へ、穂波と真美の名義を使うかと問い掛ける。
この場の話し合いには参加しないが、名義ならいくらでも使えと言われていた。
「考えてたんだけどさ、伊吹様の名前の会社なのに、僕が名前を隠してるのはどうなんだろうって思って。
正義さんが手を挙げてくれて、すごく勇気を貰ったんだ。僕だけ裏で守られてるだけってのは違うだろって。
だから、僕も役員としてしっかり名前を出すよ」
「……じゃあ、私も」
艦治とまなみ、そして正義が三ノ宮伊吹株式会社の取締役となる事が決まった。
代表取締役社長は艦治。まなみは専務取締役で、正義は平の役員となった。
監査役には現在社長となっている人物の名義をそのままスライドさせ、会計監査人についてはナギが手配する。
その他、艦治とまなみの事情を知っている者達は、三ノ宮伊吹株式会社の株主として名を連ねる事となる。
「難しい話は終わったね!
さぁまな、今すぐ水着に着替えるんだ!!
いたっ!?」




