155:タンデムサーフィン
艦治、良光、そして正義は、ほんの二・三回でサーフボードに乗れるようになった。
スキルのインストールのお陰だが、自動で身体が動いて波に乗っている訳ではなく、ちゃんと自分でバランスを取っている実感があるので楽しめる。
一方、まだインプラントを入れていない亘は、少しだけ苦戦していたのだが、それほど時間を掛けずに波に乗れるようになった。
これについてはサーフボードに秘密が隠されているのだが、博務以外は気付かなかった。
また、万が一の事態を想定し、海底付近に複数のインストラクターヒューマノイドが潜水して待機している。
「それにしても良い波だなぁ」
指導する事がなくなってしまい、博務が浜に上がって波に乗っている四人を眺めている。
そこへ、ダイビングスーツを着た雅絵がやって来た。
「恐らくナギ様が波を起こしているんでしょうね」
「そこは分かってても口にしない方が良いぞ」
ナギに確認しない限り、自然の波なのか人工の造波なのかは分からないままに出来る。
もっとも、造りものであるかもと思いつつも、心から楽しめるならその方が良い。
「ねぇ。大学の時にやってたあれ、今でも出来ると思う?」
「タンデムか? まぁ出来るだろうね」
博務と雅絵は学生時代、二人で一つのサーフボードに乗るタンデムサーフィンを楽しんでいた。
今でも出来るか確かめる事になった。
ロングボードの前に雅絵が乗り、その尻の上に顔が位置する形で博務が乗って、二人でパドリングして沖を目指した。
そんな二人を艦治と良光と亘が浅瀬から眺める。
「何するつもりだろう」
「雅絵さんに教えるとかか?」
「過去に付き合っていた期間があるのなら、雅絵さんも波に乗れるんじゃないかい?」
そんな三人が見守っている中、大きな波が来たタイミングで雅絵と博務が同時にサーフボードの上で立ち上がり、二人で波に乗った。
「あんな事も出来るんだなぁ」
艦治達が驚いていると、正義も波を乗り終えて浅瀬へと戻って来た。
「俺らが使ってんのよりもうちょっと長めのボードっぽいっスね」
「へぇ、そうなんだね」
良光が指摘したボードの長さについて、亘は海に入る為に眼鏡を外しているので、その違いを見る事は出来ない。
「ねぇ艦治。僕もインプラントを入れてもらったら、視力が回復するのかい?」
亘の質問に艦治が答える前に、正義が口を開いた。
「いや、普通はインプラントを入れたからといって視力が回復したりはせん」
艦治の視力が戻ったのは、あくまでナギがインプラント埋入手術とは別に視力回復手術を行ったからだ。
「ん?
って事はインプラント入れなくても視力を回復させる事は出来るって事じゃね?」
「……何で気付かなかったんだろう!?
ナギ、亘の視力を回復させる事は可能?」
良光の閃きを聞いて、艦治がナギへ確認し、ナギが端的に答える。
「可能です」
「よしっ!!
亘、視力回復させに行こう!!」
「えぇ!? そんな突然言われても……」
艦治に両肩を掴まれて、亘が困惑した表情を浮かべる。
自身が極端に低い視力に長年悩まされていた為、治るのであれば回復させるべきだと艦治は主張する。
「大丈夫、僕は何の違和感もないし治療された時も全く痛みを感じなかったから。
安心して受ければ良いよ!!」
「いやいやいや、お前と亘とじゃ視力低下の原因とか回復方法とか違うかも知れんし、一概には言えねぇんじゃねぇか?」
亘の肩を揺さぶっている艦治を良光が宥める。
「でもナギが出来るって言ったから出来るはずだよ!」
艦治としては亘の為を思っての行動だが、当の本人としてはいきなり目の手術を受けろと言われて、即答するのはなかなか難しい事だ。
「えー、何なにどうしたのー?」
艦治が亘を揺さぶり、良光と正義が艦治に止めさせようとしているところへ、ダイビングスーツに着替えた恵美達がやって来た。
「亘の視力を回復させられるんだ! 今すぐ手術するべきなんだ!!」
「どうどうどう」
興奮する艦治を、正義が羽交い締めにして亘から引き剝がす。
本人に全く悪意がない為、皆が戸惑っている。
「うーん。すごく良い話だけど、受けるかどうかは本人の問題だから、無理強いは良くないよー?
それに私、亘君の眼鏡掛けてる顔、好きだし」
「え? ……え?」
恵美の言葉を聞いた艦治だが、すぐにその意味を理解出来ず混乱してしまった。
そんな艦治を正義が解放し、そしてまなみが艦治の顔を自らの胸に誘う。
ちなみにまなみもダイビングスーツを着ているので、その柔らかさは堪能出来ない状態だ。
≪気持ちは分かるけど、亘君本人が決める事だから。ね?≫
≪…………そうだね。ちょっと押し付け過ぎたのかも。
あ、謝らないとだね≫
艦治はすぐに落ち着きを取り戻し、まなみの胸から顔を離して亘に向き直る。
「ごめん! つい自分の事を重ねちゃって、無理強いしてしまった。
目の手術なんて、普通は結構悩むよね。自分が知らない間に手術されてたから気付かなかったよ。
本当にごめん」
「いや、艦治が僕の事を思って言ってくれてるのはすごく理解してるから大丈夫。
それに、目なんて良く見えた方が良いに決まってるしね。
眼鏡は、伊達メガネでも掛ければ良いし」
亘は少し照れながら、恵美の方へ視線を送った。
恵美は笑顔で頷いている。
「じゃあ、医療用ポッドに行こうか」
「私が付き添うよ! 皆は遊んでてよ」
亘一人の治療の為に、全員で医療施設へ行く必要はないので、恵美が彼女として付き添うと名乗り出た。
「じゃあ、行って来る」
亘と恵美が家事ヒューマノイドに付き添われ、ワープゲートをくぐる。
「手術している間にその眼鏡のレンズを度なしに交換してくれるからね!」
艦治は手を振って二人を見送った。
「……ねぇ、あれ」
そんな艦治の腕を、まなみがくいくいと引っ張った。
「ん?」
まなみの視線の先には、タンデムサーフィンをしている雅絵と博務の姿があった。
「まなみ、サーフィンした事あるの?」
「……ない」
という事で、艦治はまずまなみが波に乗れるよう練習させる事にした。
そして他の皆も、サーフィンを続けたり、スキューバダイビングを始めたりと各自遊び始めるのだった。




