153:空を眺めて
一同はしばらく何も考えず、沈む夕日をただただ眺めて過ごした。
「夕日の次は満点の星空か……」
「ちょー素敵だねー」
亘と恵美が手を取り合って空を眺めている。
日が完全に沈み、空の主役は煌めく星々へと交代した。周りに光源がないので、星の輝きを邪魔するものが一切ない。
「あれ? そう言えば今日って夜から全国的に雨だって言ってなかったっけ?
本州から五百キロも離れてたら天気も違うのかな?」
望海は視界に常に天気予報を表示するよう、電脳OSで設定している。
そんな望海の疑問に対し、砂浜で待機していた家事ヒューマノイド(ナギ)が答える。
「せっかくのお出掛けですので、今日から月曜日までは雲がこちらへ来ないよう調節しております。
ただし、昼間は影がないと直射日光が強くなりますでの、この島の直上のみ適度に雲を発生させる予定です」
まなみと共に星空を堪能していた艦治だが、家事ヒューマノイド(ナギ)の発言を聞き逃す事はなかった。
「えっと、ナギは天気までコントロール出来る、って事?」
「はい、可能です」
ナギは艦治の質問に、端的に答えた。
「もしかして、艦治君はナギさんが出来る事、している事、しようとしている事、把握してない感じかな?」
艦治とナギのやり取りを眺めていた博務が、艦治へ問い掛ける。
「あ、はい。全く把握出来てません。
僕が三ノ宮伊之助さんと同じDNAの持ち主だと言われてから、詳しく知るべきだと思ったんですけど、知れば知るほど自分が手に入れた物が如何に自分の手に余るものかが分かっちゃうので、普段は意識しないようにしてます。
聞けばすぐに答えてくれるので、それで良いかなぁと」
「なるほどねぇ……」
博務が腕を組んで考え込む。
そんな姿を見せる博務に対し、雅絵が肘で小突く。
「ん? 何だ?」
≪艦治様が不安になるような態度を見せないで!≫
雅絵の指摘を受けて、ようやく艦治が自分の様子を窺っている事に気付く博務。
「おっと、すみませんね」
苦笑いを浮かべる博務に、艦治が問い掛ける。
「いえ、構いません。と言うよりも、気になった事があるのなら、考え込むのではなく言葉に出してほしいです。
色んな視点からの意見や質問があった方が、僕としては嬉しいですし」
「そうですか、それじゃあ……」
艦治の許しを得て、博務が気になった事を口に出す。
「まず、ナギさんが現在進行中である事柄について聞かせてもらっても良いですか?」
家事ヒューマノイド(ナギ)が艦治の了解を得た後、博務の質問に答える。
「近隣銀河系にて資源採掘。敵性生命体の排除。有用生命体の培養……」
「あ、ストップで。
えーっと、地球上で行っている事に限定してもらって良いですか?」
地球外で行われている事については規模が大き過ぎるので、博務は聞いても仕方がないと判断した。
この点については、艦治と考え方が一致した。
「地球へ墜落する可能性のある隕石の排除。世界各国の地質調査。世界経済の調整。要人・工作員等の監視。日本国への密入国阻止。各メディアの報道内容確認。日本国や企業への技術提供。産業スパイの排除。企業買収の準備。資産運用。天気の調整。皆様の夕食の用意……」
「あ、ごめんなさい。ちょっと抱え切れないって意味が理解出来ました」
ここまで聞いて、博務が艦治が言いたい事を理解した。
「過ぎたる力も、使い方を知らなければ思い悩む事はない、という事ですかね」
「そんな感じですね」
ナギという電脳人格は、人の形をしていたり人型妖精の形をしていたりするが、本体は鳳翔に格納されている。
電脳人格ナギを艦治という人間の生活を支援する為の道具だと捉えると、この道具は生活を豊かにする事も出来るし、他人の生活を終わらせる事も出来る道具なのだ。
実際に過去、ナギは神州丸を攻撃してきた国々に対して報復行動を取っている。
「うん、分かりました。この話題についてはペンディングする事にしましょう。
お時間取らせてすみませんでした。夕食の時間ですね?」
「ペンディングって何?」
彩が輝に尋ねる。
「保留って意味だぞ」
「保留? 何だ、下ネタかと思った。
いたっ!?」
彩が良光に頭を叩かれた。
なお、輝は何が下ネタなのかを理解出来ず、首を傾げている。
「って事で、この砂浜でいつも通りバーベキューにしようか。
博務さんと雅絵にはお酒も用意してあるんで、適当にどうぞ」
博務からの質問タイムが終了したので、艦治が家事ヒューマノイドに合図をしてバーベキューを開始した。
家事ヒューマノイド達がコンロやテーブル、椅子や投光器を設置し、肉を焼き始める。
「ナギさん、この周辺には魚はいんのか?」
肉以外に用意された野菜や魚介類を見て、正義が艦治の肩に座っている妖精ナギに質問した。
「はい。元々この岩礁の周囲は様々な魚介類が生息しておりました。
島の造成中は別の場所に隔離しておりましたが、現在は放流しております」
「そっか、じゃあ明日はシュノーケリングしながら銛突きでもしてみっかな」
「あー、良いですね!」
正義と輝の明日の予定が決まった。
「シュノーケリングとスキューバダイビングの違いって、酸素ボンベを担いでるかどうかかな?」
「……多分、そう」
艦治とまなみが電脳OSで検索する前に、ナギが二人へ声を掛ける。
「酸素ボンベを担ぐ必要はございません。口に専用マスクを咥えるだけで、気圧調整した空気を転移させて呼吸する事が可能になります」
「あー、空気を転移ね。なるほど」
ナギの話を聞いていた正義が、気になった事を質問する。
「今の話だと、シュノーケリングもスキューバも同じ機材で出来る事になるけど、スキューバのライセンスとかはどうなるんだ?
海中でのジェスチャーとか、緊急時の対応とか、色々覚えんとならん事があるだろう?」
ナギが答える前に、良光がツッコミを入れる。
「えっと、せーぎさん。海中でのやり取りは、電脳通話を使えば良くないですか?」
「……あー、電脳通話ね。なるほど」
現在、スキューバダイビングの資格取得に関して、インプラントを入れている者であれば取得条件を緩和しても良いのではないか、という議論が行われているが、海中での思わぬ事故に憂慮するインストラクター達が緩和に反対しており、法改正の目途は立っていない。
海中はコミュニケーションが取れれば安全である、とはとても言えないのだ。突然海流の流れが変化し、思わぬ事故に繋がったりする事もある。
「現行法的には、スキューバ出来る機材を使ってシュノーケリングをしているだけ、という解釈になるのか?」
「仰る通りです。ただ、この島は神州丸の駐屯基地と見做される為、治外法権ですので日本国の法律は適用されません。
必要であれば、インストラクターヒューマノイドを同行させます」
「……あー、インストラクターヒューマノイドね。なるほど」
ナギの守備範囲の広さに、博務が苦笑いを浮かべるのだった。




