152:無人島へ
鳳翔にある応接室の一つ。
「いやぁ、どうも。初めまして。
私は山中博務と申します。
所属は文部科学大臣官房人事課なのですが、本来の業務としては主に全国の学校を回って過激な共産主義者や反神州丸派がいないかの調査、場合によっては内偵もしてます。
この度こちらの天辺雅絵の相手役としてこの秘密結社にお迎え頂きました。よろしくお願いします。
あ、内偵してるっていうのはここだけの話にしといて下さいね」
博務は明日から始まる三連休に、艦治がナギに指示して確保させた無人島へ遊びに行く為に集まった一同に向けて、自己紹介をした。
博務の隣には澄まし顔の雅絵が立っているのだが、博務の首筋に分かりやすくキスマークが付けられており、付けた人物と付けられた人物以上に、見ている一同が顔を赤らめたり指を差したりして騒いでいる。
「いたっ!?」
指を差していた彩が輝に頭を叩かれた。
「博務さんの本当の仕事って潜入捜査官だったんですね」
「いやいや、それほど大それた事でもないですよ」
艦治は博務へ敬語を使って喋る事とした。
雅絵に対しても、呼び捨てを止めて博務同様敬語に直して接すると伝えたが、どうか今まで通りでお願いしますと頭を下げられてしまった為、艦治の方が折れた。
「何にしても、博務さんには社会人として、年上の男性として僕を諫める役割を期待しているので、みんなもそのつもりでいてね。
雅絵はナギと一緒で何でもはいはい言いそうだからね」
「何でもという事はありません。
艦治様が至って常識的な思考の持ち主というだけです」
話を振られた雅絵は、あくまで艦治が無茶な事を言わないだけであるという訂正を入れる。
「親友である良光君がそばにいた事と、直後にまなみさんとの出会いがあった事が艦治君にとって幸運な事だったんだろうね」
「そうっスね。俺が抑えてやらなきゃ今頃何人孕ませてたか分かんないっスよ!
いてっ!?」
軽口を叩いた良光が、輝に頭を叩かれる。
「艦治君はそんな子じゃないだろう!」
「何だよ、ちょっとした冗談じゃねぇか!
姉貴、彼氏の前で手を上げんの止めろよ。振られるぞ!!」
「……えぇ?」
良光にフラれると言われて、輝が正義の顔色を窺う。
「……そんな事くらいで振ったりしねぇよ。
次からは俺が叩いてやるからそんな不安な顔すんな」
正義が輝の頭を撫でてやり、ようやく輝が落ち着きを取り戻した。
この二人も見事カップル成立している。
「はぁ、カップルばっかで居心地が悪い」
先日までフリーであった輝、そして雅絵にまで相手が出来てしまい、彩は一人むくれていた。
「お前は中学生なんだから子供らしくしてろ。
少しでも変な事しようとしたらすぐに追い返すからな!」
「はぁーーーい」
「お前!?」
「まぁまぁまぁまぁ」
気のない返事をする妹をさらに詰めようとした良光だが、望海が彩を庇ったので、今回は見逃す事にした。
「すみませーん、うちの両親に引率役でーすって連絡入れてもらっても良いですかー?」
「あ、僕もお願いします」
今回の無人島行きに関して、それぞれの親から外泊許可を得る際に、友達の別荘に宿泊するという説明で統一している。
恵美と亘の親達は、未成年だけでなく成人した誰かがいるのかを気にしており、当初は輝を引率役とする予定だったが、博務と雅絵がいるのでその役割を二人に任せる事となった。
子を持つ親としては、大学生よりも役所勤めの社会人の方が、安心出来るだろう。
ちなみに、正義は保護者になるのは構わないが、保護者として親に連絡をするのは嫌がった。どんな顔をして話せば良いか分からないからだ。
穂波と真美は無人島への同行を断っている。二人とも、探索活動以外で大人数の中に身を置くのを好まない。
「同性の引率役の方が安心されるだろうから、亘君の親御さんには僕から連絡を入れよう」
「うちの両親はインプラントを入れていないので、このタブレットでお願いします」
亘が博務へタブレットを手渡した。
「レウスの目から動画通話飛ばすのでー、雅絵さんは私と一緒に映ってもらって良いですかー?」
「分かりました」
恵美が親に電脳通話を入れて、雅絵が責任を持って面倒を見ると説明をした。
ちなみに高須家に関しては艦治の別荘に行く、という説明で了解を得ている。
昔は家族ぐるみの付き合いがあったので、親同士で連絡を取り合うのだと思われる。
艦治は治樹と治佳に無人島行きを説明しており、もし良光の両親から連絡があったら対応してもらうよう伝えてある。
「さて、ぼちぼちお腹が空いて来たし、無人島に移動しようか。
ナギ、よろしく」
「了解致しました」
艦治の指示を受けて、ナギが無人島へと繋がるワープゲートを開いた。
艦治とまなみがソファーから立ち上がり、ワープゲートをくぐる。ナギが繋げた先は、砂浜だった。
「「……うわぁ」」
二人の目の前は、水平線に沈もうとしている夕日があった。
二人に続いてワープゲートを出て来た一同も、あまりの絶景に言葉も出ない様子だ。
「ナギ、ここはどのあたり?」
「本州から南に五百キロほど離れております。
元々はただの岩礁だったのですが、少し手を加えて平らに均し、砂浜を造成しました。ここから少し離れますが、クルーザーなどが係留出来る港もございます。
この島は外周が十キロほどで、宿泊施設として、皆様の背中側に十棟ほどコテージをご用意致しました。
各コテージに専用露天風呂があり、それとは別に大人数で入れるよう大きな露天風呂を二つ設置しております。本土で確保している源泉から天然温泉を引き入れておりますので、いつでも入浴を楽しんで頂けます。
もちろんダイビングスポットも用意致しました。
その他ご要望がございましたら、すぐにご用意致します」
「一から作ってくれたんだ……」
艦治がナギに無人島を買うよう指示してから、それほど日が経っていない。
すでに設備が整っている無人島を買うのだろうと思っていた艦治にとって、ナギの行動は予想外だった。
「えっと、大丈夫? 万が一誰かに見られてたら、神州丸が何かしてるって騒がれない?」
周りには遮る物が何もなく、一見無防備に思える。
「いえ、その懸念はございません。
人工衛星からは捕捉出来ませんし、付近を船舶や飛行機が通らないよう日本政府に通達を出しております。
万が一通ったとしても、すぐに排除可能です」
「あ、そうなんだ。
……通らない事を祈るよ」
ここは外界から遮断された、世界一平穏な島だった。




