015:期待の超大型新人探索者
六月八日 土曜日
「こんな特別な妖精を連れてたらめちゃくちゃ注目されるじゃん!
だいたい喋れる支援妖精なんていないでしょう!?」
艦治が手を叩いて笑う良光を睨む。
良光が笑うのを止め、再びテオを撫でながら答える。
「いや、支援妖精は普通に喋るよ。声に出さないだけで」
「インプラントを介して常時意思疎通が可能です」
≪インプラントを介して常時意思疎通が可能です≫
人間大のナギが話し、妖精大のナギがインプラントを介して直接脳内へ語り掛ける。
艦治は初めて経験する違和感に晒され、身震いする。
「艦治、注目される事を気にしてんならもう手遅れだ。
電脳掲示板や|YoungNatterなんかでお前の目撃情報が飛び交ってる。
ナギさんに手を引かれて案内されるほどのVIP待遇を受けてる高校生は誰だ? ってな。
実は一昨日連絡先を交換した沢渡さんから、噂になっているのは俺達じゃないかって聞かれてて、俺も混乱してるからって有耶無耶にしてんだ。
それに表の警備ヒューマノイドもいるし、もう何もなかったかのようにするのは難しいだろ」
良光は内心、艦治が後に引けないようにナギが外堀を埋めているのではないかと疑っているが、今更指摘しても手遅れである事に変わりがない為、口にはしなかった。
「じゃあ僕はどうすれば……。注目されながら生きて行く運命って事!?
たまたまこの身に降りかかった偶然なのに、まるで自分の手柄みたいな顔しなきゃならないの!?」
人によっては超高額宝くじに当たったようなものだと喜ぶかも知れない状況だが、艦治はそう受け取れなかった。
昨夜良光が言ったように、自分の気分次第で誰かの人生を左右出来るような大それた立場になるなど、艦治にとってはストレスでしかない。
「じゃあ、お前の手柄を作れば良いんじゃないか?」
妖精大のナギから距離を取るかのように、ソファーへもたれ掛かる艦治へ、良光が目を閉じながら提案する。
「手柄を作るって、どういう事?」
艦治へと手のひらを向けて、良光が少し考え込む。そして考えならが口にする。
「神州丸が探索者を受け入れる理由は、表向きは船内探索をさせる為。
自己防衛機能で迷宮化してしまった船内を探索させ、艦橋に入り自己防衛機能を停止させたい。
つまり……、探索者として活躍するかもと期待出来る人物ならば、ナギさんが特別扱いしててもおかしくないんじゃないか!?」
とても良いアイディアが出たと、良光が立ち上がってガッツポーズを決める。
「えっと、どうやってナギさんは僕を探索者として活躍すると判断した事にするの?
ナギさんが対応してくれたのって、僕らが入国審査を受ける前からだよ?」
「そんなん知らん!」
「えぇ!?」
突然投げやりになった良光に驚く艦治。
「整合性とか時系列とかどうでも良いんだよ! 聞いた人間が納得すれば良いんだ。
ただの高校生の俺にそこまで求めんな!!」
そこまで言って、良光が大きく息を吐き、ソファーへと座り直す。そして人間大のナギへと目線を送る。
「分かりました。そのように情報を多方面から流しておきます」
神州丸からの公式発表ではなく、あくまで個人間の噂話として浸透させれば、違和感のある話でも整合性を保つ為に尾ひれはひれが付いて、さもそれが事実であるかのように受け取られていくだろう。
「結局僕はどうすれば……?」
「お前はナギさん期待の超大型新人探索者として迷宮で活躍すれば良いんだよ。
バンバン妨害生物を倒してバンバン戦利品を獲得してバンバン稼げば良い。そんで困っている人を助けたり、怪我してる人を救助したりすれば後ろめたさも減るだろ?
世界一の権力者としての注目より、そっちの方がよっぽどマシじゃね?」
提示された二択がどちらも非現実的過ぎて、艦治は眉間に皺を寄せる。
「でも、迷宮探索なんて出来るかどうか分かんないよ……」
「何言ってんだよ、その為の支援妖精だろ?」
「はい。全力で支援させて頂きます」
妖精大のナギが艦治の肩に腰掛けて、力こぶを作って見せる。
それを目にし、良光はとんでもない茶番だなと思ったが、もちろん口にはしない。
迷宮を制御しているのはナギなのだから、艦治が迷宮内で困る事などあるはずがないのだ。
「えっと、よろしくお願いします」
究極のチート探索者誕生の瞬間である。
「これは一体どういう状況だ……?」
「あらあらあら、これはちょっと予想外だわ」
そんなタイミングで、艦治の両親が帰宅した。二人はナギの存在が目に入り、戸惑っている。
家事ヒューマノイド達が父親である治樹と母親である治佳の荷物を受け取る。
「父さん、母さん。お帰りなさい」
「お久しぶりっス。お邪魔してます」
「おぉ! 良光君。大きくなったね。いつ以来だろうか」
「ご近所さんから連絡が来て、家で何かあったんじゃないかって言われて慌てて帰って来たのよ」
動揺を隠すかのように、二人は立ったまま良光と会話しようとするが、家事ヒューマノイドに促されてソファーへと座った。
「「初めまして。この度艦治様の支援妖精に就任しました、ナギと申します」」
二人へと深々としたお辞儀をして見せるナギ大とナギ小に、治樹も治佳は口をあんぐりと開けて固まってしまう。
「艦治様のご両親にはお伝えしなければならない事がございまして……」
そんな二人へ、ナギ大が詳しい説明をしようとするが、それを良光が止めた。
「あー、ナギさん。ここは俺が説明しても?」
「そうですか、それではお願い致します」
良光が申し出て、二人へこれまでの経緯を説明するのだった。




