149:入学面接
七月十二日 金曜日
放課後、艦治と司(まなみ)は良光らに見送られ、足早に教室を出た。
校門前に停まったミニバンへと乗り込み、入学面接の予定が入っている付属の大学へと向かう。
「お供させて頂きます」
「よろしく」
車内には艦治とまなみの案内役として、雅絵が同乗していた。
いつも通りまなみの胸に顔を埋められなかった為、艦治は少しだけ落胆した。
≪雅絵ちゃんがいても別に良くない? だいたいマーシェだって雅絵ちゃんなんだよ? いっつも見られてんじゃん≫
≪それとこれは別なの≫
複雑な男心に触れ、まなみが若干口角を上げる。そして、艦治の肩を抱き寄せた。
付属の大学は二人が通っている高校から車で十分程度の場所で、位置関係で言うと高校の方が港に近い。
高校と大学を運営する私立の学校法人自体は、神州丸が墜落するより前から同じ場所に存在していた。
どちらも偏差値としては平均的なレベルの学校で、国公立や有名私立の滑り止め的扱いをされていたのだが、今では全国的に見てもトップクラスの名門校となっている。
神州丸の近くの高校・大学というだけで注目を集め、入学希望者が多い為にどんどんレベルが上がっていく。
初期の頃に経営母体が買収された事が功を奏し、様々な企業や研究機関などと提携して幅広い分野に卒業生を排出している。
ミニバンが大学の敷地へ入り、正面玄関に横付けする。
「お待ちしておりました」
ミニバンから降りる艦治とまなみに対し、待機していた博務が声を掛ける。
「わざわざ東京からお越し頂き、ありがとうございます」
「いえいえ、お気になさらず。リニアで二十分も掛かりません。通勤も可能なくらいですよ」
艦治が頭を下げると、博務は恐縮したような表情を浮かべて手を振る。
「山中さん、入学面接が終わった後にお時間を頂きたいのですが」
博務と雅絵は、電脳通話で神州丸や艦治らに関する情報などを、日々やり取りしている。
そんな雅絵からこの場で口頭で伝えられた意味を考えて、博務は返事をする。
「……分かりました。場所はどちらをお考えで?」
「こちらで用意しています」
博務の質問に艦治が答えた事で、博務の中での重要度がグンと上がる。
「分かりました。
面接後に理事長と学長との打ち合わせの予定が入っておりますが、早めに切り上げるように致します」
「山中さんの用事が終わるまで、構内の見学をしながら待たせてもらいますので、それほど急いでもらう必要はありません」
艦治の言葉に対して頷いて見せたが、博務としてはそういう訳にはいかない。
雅絵が艦治とまなみの後ろで、まるで秘書のように控えている時点で、雅絵の中での二人の重要度が、今まで以上に引き上がっているのを感じている。
そもそも、雅絵との電脳通話において、艦治とまなみ、そしてその周辺状況に対すて共有される情報のレベルが、あまりにも低い事を博務は疑問に思っていた。
まるで守秘義務があるかのような、そんな雰囲気を雅絵がわざと出しているような気がしていた。
お互い官僚として、仕事とプライベートの区別をしっかり分けなければならない立場ではあるが、それでも元恋人としてある程度感じ取れるものがある。
その博務の勘が、雅絵は心から艦治とまなみに付き従っているのではないかと囁いていた。
そしてこの場の三人を見て、博務はこの勘が恐らく正しいだろうと確信した。
博務は大学構内を先導しながら、雅絵に電脳通話を飛ばす。
≪用事があるなら昨日の時点で教えといてくれよ、何かしら準備出来ただろ≫
≪準備なんて必要ないわよ。ひーちゃんは言われた事にただ頷くだけで良いのよ≫
博務は雅絵が、付き合っていた当時の呼び名を使った事に内心驚く。
≪どういう風の吹き回しだ?≫
≪さぁ? どうかしら。お互い独り者なんだから、仲良くやりましょうよ≫
≪……何で俺が彼女と別れた事を知ってるんだ?≫
≪あらぁ? 独り者って独身って意味なんだけど?≫
≪調子狂うな……≫
そんなやり取りをしている間も、博務は艦治やまなみへ声を掛け続けている。
「あまり大きな声では言えませんが、今日の面接はお二人同時に行わさせて頂きます。
事前に成績表などの必要書類を頂いておりますので、今日の面接は本当に顔合わせ程度のものになります」
博務は艦治達のように並列思考のスキルを持っている訳ではないが、持ち前の頭の良さ、回転の速さで処理している。
「分かりました。聞かれた事に答える形で良いのでしょうか?」
「ええ。志望理由や自己PRなど、一般の面接時に聞かれるような試験的な質問はされません。
ただ、学園長と学長と少しの時間、お茶を飲む程度に考えてもらえれば」
学園長と学長が万が一艦治とまなみの入学を拒否してしまうと、日本にとってどんなデメリットが発生するか分からない。
そう考えた博務は、学園長と学長には懇々とそのリスクを伝えた。
政府が二人の学費を出す事、そもそも二人の成績は非常に良い事、この大学にとって二人を入学させる事に対して何のデメリットもない事を懇切丁寧に説明し、余程の事がない限りは入学を拒否する事がないよう言い含めいている。
「お茶を飲むだけで良いなんて、クラスメイト達に申し訳ないなぁ」
「艦治様。あなたが望まれるならクラス内の希望者全員を内部進学させる事も可能ですが」
何気なく零した艦治と言葉を受けて、雅絵がそう伝える。
「……いや、それは良くない、ですよ。ありがた迷惑になる。
いやいや、そもそも僕がこうして裏口入学みたいな事をしようとしているのがダメなのか」
話がマズイ方向に進みそうになり、博務は内心焦る。
≪不用意な事言うなよ! 話が拗れたら神州丸がどう出るか分からんだろうが!!≫
≪ちょっと黙って聞いてて≫
雅絵が博務を黙らせて、艦治へ向き直る。
「お二人を特別扱いするのは当然なのです。周囲全体まとめて特別扱いする事で、相対的にお二人が特別扱いを受けている訳ではないと見せる事は出来ますが、規模が大きくなってしまいます。
ですが今仰ったように、それでは周りに迷惑を掛けてしまう事も考えられます。
艦治様には、ご自身が特別である事を自覚して頂き、それが当たり前なのだと受け入れて頂きたいです。
お分かりですよね?」
博務は雅絵が誰かを特別扱いし、自分よりも上位の存在であると認めるような行動を取る事を、今まで見た事がなかった。
日本有数のお嬢様であり、今やキャリア官僚である彼女が、下の立場としての目線から諫めるような発言をする相手は、第三者から見たらただの高校生なのだ。
「……分かりました。わがままを言ってすみません」
そう謝る艦治が、博務の目には得体の知れない怪物のように感じられる。
博務はこの後、この怪物から何を言われるのだろうかと、一人恐怖していた。




